マルクの変化
「こんな時間に運動はしないと思うけれど、明日の朝まではゆったりすごすように。表面的に変化が感じ取れなくても、内面に変化は起きているから」
「分かりました。注意します」
俺はソラルに見送られながら、彼の家を後にした。
村の中は部分的にかがり火が焚かれているだけで、全体的に暗かった。
足元が心配になり、ホーリーライトを使って照明代わりにした。
「――戻りました」
用意された宿に戻るとアデルの姿はなかった。
夕食を済ませたら、そのままコレットの家に泊まるのかもしれない。
ベッドの方に足を向けると、ハンクは眠ったままだった。
通常であれば声をかけて何か食べてもらうところだが、回復のために眠っていることを考えた場合、寝ていてもらった方がいいと判断した。
いつもより眠るには早い時間だが、身体を清潔にしたら眠りにつこうと思った。
浴室について説明を受けていなかったので、室内の扉を順番に調べた。
その中の一つに浴室があった。
さすがに水道水ということはないが、湧き水が引いてある仕組みだった。
そのまま使用すれば冷水になると思い、構造を確認したところで魔法で加熱できることに気づいた。
魔法が得意なエルフの村だけあって、便利になっていると思った。
俺は入浴を済ませると、服を着替えてベッドに入った。
コレットとの特訓の影響もあるようで、すぐに眠気を強く感じた。
今日はなかなかに濃密な一日だった。
それにソラルが俺にしてくれたことがどんな変化をもたらすか興味が湧いている。
効果は徐々に出ると説明していたから、気長に待つことにしよう。
翌朝。特にきっかけもなく、自然と目が覚めた。
窓の外は明るくなっているので、すでに夜は明けているようだ。
横になってからは寝つきがよく、いつの間にか眠っていた。
ソラルが説明したように内面の変化が起きているようで、不思議な夢を見たような気はするものの、具体的な内容までは思い出せなかった。
ベッドの上で身体を起こした後、目覚めの儀式のように伸びをした。
今日は活力がみなぎるような感じがする。
差し当たり思い当たる節はないが、アデルのスープの影響がまだ残っているのだろうか。
俺はベッドを出て、身支度を始めた。
顔を洗い、着替えを済ましてから、宿の外に出た。
流れる空気はさわやかで心地よく感じた。
「あれ、朝は涼しいんだな」
エルフの村はバラムから離れているため、気候にも違いがあるようだ。
相変わらず人通りはなく、貸し切り状態である。
動いていないと消化不良な感じがしたので、手始めに村の中を歩き始めた。
お気に入りの場所があるわけではないので、すぐに周辺を一周してしまった。
こんな時はコレットと特訓した場所で魔法の練習をしよう。
「……おかしいな。俺はこんなアクティブな性格だったか」
わずかな違和感を抱きながら、コレットの特訓場へ足を向けた。
昨日は彼女を追いながらで余裕がなかったものの、一人で歩いたら普通にたどり着いた。
「さてと、手近な岩はどれかなっと」
コレットが教えてくれたのと同じ感覚で狙いを定める。
ちょうどいい大きさの岩が目に留まり、その岩めがけて魔法を放つことにした。
「できる限り待機時間を縮めて……放つ」
昨日覚えたばかりのイメージは身体に残っていた。
やはり、努力は裏切らないみたいだ。
「よしっ、早速――」
俺は右手を掲げて、手短に詠唱を済ませた。
手の平の先から火球が勢いをつけて飛んでいく。
ファイア・ボールは岩に直撃すると、予想以上の威力で炸裂した。
「……えっ、何が?」
発動した本人が戸惑いを隠せなかった。
コレットに教わった通りに魔力を溜めずに放った。
そのはずなのに……。
と、そこでソラルにしてもらったことを思い出す。
彼は傷を癒すと言っていたが、その傷には自分の中で生じた制限や思いこみも含まれているのではないか。
そして、それを解放したことで、使える魔力が増幅した。
「……いやっ、そんな少年マンガみたいなことがありえるのか」
転生前にマンガをよく読んでいたせいか、そういった記憶は思い出しやすい。
とはいえ、あれは夢と希望を描いた偶像にすぎない。
「うーん、でもソラルの腕は確かだし」
一つ目の岩はだいぶ崩れているので、別の岩で確かめることにした。
もう一度同じことができたのなら、アデルやハンクと肩を並べるまではいかなくとも今までよりも役に立てるはずだ。
「ふぅっ、もう一度……」
今度は別の岩に一度目と同じようやり方で火球を放つ。
魔力を溜めずに即座に、迅速に。
「――ファイア・ボール」
同じことが二回起こり、今度は冷静に確かめることができた。
一度目と同じぐらいの威力で岩は砕れていった。
「……これは」
偶然やまぐれではないことを確信した。
魔法に精通したアデルに比べればまだまだではあるが、確実に底上げされている。
慣れるまで多少の調整は必要だとしても、飛竜探しを前に大きな収穫だった。
「あんまり遅くなるとみんなが心配するから、そろそろ宿に戻ろう」
俺は特訓場を後にして、来た道を引き返した。
民家が建つ辺りまで戻ると、アデルとコレットが二人で歩いていた。
「おはようございます」
「おはよう。朝から散歩かしら?」
「はい、少し身体を動かしたくて」
ソラルとのことや魔法の威力が上がったことはいずれ話そうと思った。
だがしかし、野生児コレットの目は何かを察知したようにこちらを見ている。
「んっ? うーん?」
「コレット、どうかしたの?」
何かに疑問を抱くようなコレットの様子を見て、アデルは彼女にたずねた。
「マルクの魔力が上がったように見えるけど、一日でそんなことが起きるはずないよね」
「エルフの村はのどかで空気がきれいだから、元気が出たんですよ……きっと」
「ふーん、そうかもね」
コレットは難しいことを考えるつもりはないようだ。
気のせいの一言で済ませていた。
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