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ソラルとの夕食

 俺とアデルは同じタイミングで宿を出て、それぞれに夕食を食べるために歩き出した。

 今日会ったばかりで気が引ける面もあるが、夕食抜きは避けたいので、ソラルに頼んでみようと思った。

 日没が近づいてきて、徐々に辺りは薄暗くなっている。

 

「アデルの無茶ぶりも役に立つことがあるんだな」


 ソラルはさばさばした性格に見えたが、人を嫌うような様子はなく、本人もそう口にしていた。

 とにかく、アデルの言ったように歓迎してくれるといいのだが。


 一軒ごとの距離が離れていても、そこまで広い村ではない。

 出発してすぐにソラルの家の前に到着した。

 様子を探ってみると窓の向こうにランプのような照明が見えた。

 とりあえず、家の中にいるみたいだ。


「……どうやって、説明すればいいんだ」


 俺の中の常識が足を止める。

 素朴な人の多いバラムでさえ、出会ったばかりで飯を食わせてくれというのは勇気がいる。

 本当に突入していいものだろうか。


「――あっ」


 玄関の前で踏み出せずにいると、目の前の扉が開いた。

 当たり前のことだが、中から顔を出したのはソラルだった。


「おやっ、アデルの連れの……」


「マ、マルクです」


「何か用かな? 呪詛を食らった彼の調子がいまいちとか?」


 ソラルはそう口にしているが、その可能性が低いと考えるように落ちついている。

 彼の中で治療が完了しているように受け取れた。


「いえ、それは大丈夫です。今は宿のベッドで熟睡しています」


「それなら問題ないだろうね。それ以外で何の用事だったかな?」


 ソラルは淡々とした口調だった。

 彼が歓迎モードなのか確信が持てず、本題を切り出すのに二の足を踏んでしまう。


「……実は村に食堂がないので、夕食をどうするか悩んでまして」


「それならうちで食べていくかい? 今から食事を始めるところだから、一人分追加するのも大して変わらない」


「いいんですか? 突然お邪魔したのに」


「普段はエルフ同士でしか話さないから、人の話というのも聞いてみたいな」


「もちろん、俺でよければ」


「じゃあ、どうぞ」


 ソラルに促されて、家の中に足を踏み入れた。

 入ってすぐがハンクを治療した診療所のような一画なのだが、彼はそこを通過して奥へと進んでいった。

 手前の部屋と奥の部屋を区切る扉を通過すると、そこは生活空間だった。

 ダイニングとリビングがあり、テーブルの上にランプの灯った小ぶりのシャンデリアみたいなものがぶら下がっている。


「適当に座っておいて」


「ありがとうございます」


 俺はテーブルとセットになっている椅子の一つに腰かけた。

 室内の家具はいい素材が使われているようで、木目と光沢が美しく感じた。

 時折、アデルから見て取れることもあったが、エルフたちは美的感覚が洗練されているような印象を受ける。


 座った状態でテーブルに肘を乗せた。

 少し離れたところにキッチンがあり、ソラルは食事の準備をしている。

 鍋で何かを煮ているようで、食欲をそそるような匂いがこちらまで漂った。


 ソラルが俺の分の食器を運んできたところで声をかけた。

   

「何か手伝いましょうか?」


「ほとんどやることはないから、座っていてよ」


「あっ、分かりました」


 アデルの話は半信半疑だったが、ソラルは少し上機嫌な様子だ。

 外界との交流が少ないのならば、来客はうれしいものなのかもしれない。

 とはいえ、料理を作って待っていたということはないように見えた。


「お待たせ。まだ熱いから気をつけて」


「はい、ありがとうございます」


 ソラルは俺の前にスープの入った器を置いた。

 湯気が浮かび、何だかいい香りがする。

 ふと、アデルの作ったスープのことが脳裏をよぎった。

 

「ちなみにこの中にハーブって入ってますか?」


「ハーブ? 風味をつけるために少し入っているね」


「……そうですか」


「もしかして、ハーブの香りが苦手だったり?」


 ソラルは心配そうにたずねてきた。

 せっかくごちそうしてくれているのに、何だか申し訳ない気持ちになる。


「実はアデルが――」


 俺はアデルのスープの件をざっくりと説明した。

 それを聞いたソラルは愉快そうに笑った。

 こんなふうに笑うのだと少し驚いた。


「あの子が料理をするなんて珍しいこともあるもんだ。それにしても、人間には強すぎるハーブを入れてしまうとは。ふふふっ」


 ソラルは笑いながら、冷めちゃうから食べてねと付け足した。


「元気が出すぎてしまったので、何か反動が出ないか心配でした」


「それはないと思うけど、胃が荒れたりすることもあるだろうから、あまり食べない方がいいかもしれないね」


 俺たちはソラルの作ったスープを口に運びながら、ゆっくりと会話を進めた。

 彼は落ちついた環境で生活していることもあり、のんびりした雰囲気だった。

 最初に想像していたよりも、肩の力を抜いて話せることに気づいた。

 

「そういえば、君はどこの出身なんだい?」


「ランス王国のバラムという町です。規模はそこそこなんですけど、王都からずいぶん離れているので、辺境に入ると思います」


「ほう、バラムね。僕はあんまり旅に出たことがないから、フェルンとリムザン、あとはメルツ国内の町しか土地勘がないんだ」


 こういった話題の時、遠くに行けぬ我が身を儚むというのは人間的な発想のようで、ソラルからはそういった雰囲気は感じられなかった。

 バラムのことは、どこか遠い国のように捉えているようにも聞こえた。


「素朴な疑問なんですけど、村の生活は退屈になったりしませんか?」


「退屈、ね。長すぎる寿命のせいかもしれないけれど、人間のように生き急ぐ感覚はないからね。特に僕の場合は多少のケガや病気は自分で治せてしまうし」


「そういうものなんですね。少し羨ましい気がします」


「羨ましいか……新鮮に聞こえるよ。ありがとう」


「何か役に立ちましたか?」


「うん、まあね」


 ソラルは外界との交流が少ないと言っていたので、俺の言葉が何か参考になったのならよいと思った。

 それと途中で補足されたのだが、治療希望者は種族を問わずに来るそうなので、全く誰とも会わないわけではないことを知った。


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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