飛竜探しの足がかり
コレットとの特訓を終えた俺は宿に戻った。
壁際のランプが灯り、温かな雰囲気を感じさせた。
アデルは珍しく読書中で、ハンクはベッドに寝そべって休んでいる。
「戻りました」
「散歩にしては長かったわね」
アデルは読んでいた本を閉じて、椅子に腰かけた状態でこちらを向いた。
テーブルの上にはその本だけでなく、他にも数冊置かれていることに気づく。
「コレットに魔法の特訓をしてもらって、時間がかかっちゃいました」
「私が手を離せなかったから、マルクに声をかけたのね」
「彼女はとても無邪気ですけど、同年代のエルフはあんな感じなんですか?」
「うーん、コレットは少し特別ね」
アデルは何かを考えるような間を置いた後、マルクになら話しても大丈夫よねと独り言を口にしてから話を続けた。
「あの子は村の周りの結界の維持をする役目なの。村の外に出ることが難しくて、振る舞いが幼く見えてしまうのかもしれないわ」
「不思議に思いましたけど、自然現象ではないんですね」
「結界の構造自体が完成したのは大昔で、代々適性のある者が受け継いで、結界を維持するために魔力で調整をしているの。仕組みは魔法と大きく変わらないはずよ」
さすがのアデルでも、結界の全容を把握しているわけではないようだった。
断定するような言い方を避けているように聞こえる。
「ちなみにコレットの両親は?」
「エステルがいた方の村に移り住んだと聞いたわ。彼女の両親は何か理由があって、しばらく向こうにいるはず」
「まさか、そんな事情があったとは。何だか気の毒に思ってしまいます」
「なるほど、人の感覚だとそうなるのね」
アデルは不思議そうな表情だった。
コレットの事情に関して、俺とは違う印象を抱いているように見えた。
「もしかして、エルフにとっては違うんですか?」
「たしかに両親と離れて暮らしていることはかわいそうに思う面もあるわ。ただ、そうだとしても、結界を守る役目は重要なの。誰にでも担えるわけではないから」
「自由が制限されたとしても、誇りある役割ということですか。結界がなかったら、誰でも入れてしまいますし。彼女の役目が重要なことは分かりました」
俺が理解を示すと、アデルは大きく頷いた。
今までは価値観に関することを話す機会が少なかったので、人とエルフの違いを意識することはほとんどなかった。
彼女との関わりを大切にしていくつもりなら、こういった対話も必要なことだと思った。
「コレットの話はこの辺にして、飛竜について話してもいいかしら?」
「はい、もちろん」
「あっ、椅子に座ったら」
「そうですね」
俺はテーブルを挟んでアデルと反対側の椅子に腰を下ろした。
アデルは本をぱらぱらとめくりながら話を続けた。
「村に詳しい人はいないから、飛竜について書かれていそうな本に目を通してみたわ」
「ちなみに実物を見たことはないんですか?」
「あるにはあるけれど、その時々で見かける場所が変わるから、そこまで再現性が高くないのよ」
「それで書物に目を通したと」
こちらから見える限りでは、その本はエルフの言葉で書かれているようだった。
この世界共通のコモン語以外の文字が使われている。
「肉食かと思いきや雑食みたいで、植物もよく食べるみたいなのよ」
「それは意外ですね。生肉をばくばく食べてそうなイメージです」
「うん、それで飛竜の好む草が書いてあるから、そこを中心に探せば見つけやすいはずよ」
アデルは本に目を向けながら話していた。
飛竜の生態について書かれたページなのだろう。
「夜が明けたら調べに行きたいですけど、ハンクはもう少し休んでもらった方がいいかもしれませんね」
「そうね、その方がいいかも。兄さんもそれっぽいことを言っていたものね」
俺はアデルと話しながら、部屋の奥のベッドに目を向けた。
ハンクが気持ちよさそうに寝息を立てている。
「とりあえず、明日の朝に二人で探しに行くということで」
「それで問題ないわ」
ここに来るまで色んなことがあって後回しになっていたが、本題の飛竜探しが近づいてきた。
期待が高まる一方で不安な気持ちもある。
飛竜とてドラゴンの系譜にある、竜種なのだ。
「捕獲できたら最高ですけど、難しい場合はハンクが復活してからにしましょう」
「その方が賢明ね。攻撃的なドラゴンに比べたらおとなしいけれど、家畜のように従順というわけではないもの」
「そういえば、今日の夕食はどうしますか?」
飛竜のことも大事だが、そろそろ時間的に確認しておきたかった。
魔法の連続使用はともかく、野生児コレットに付き合ったことで空腹だった。
「本に集中していて、うっかりしていたわ。私はコレットのところで食べるから、マルクは兄さんのところにでも行ってみて」
「えっ? ずいぶん急ですね」
「飛竜について調べておいたんだからいいじゃない」
「まあ、それはそうですね」
アデルのペースに巻きこまれている気がするものの、こちらのために調べてくれたのは事実である。
食材の残りがあればハンクの分も含めて二人分を作るつもりだが、見た感じでは一人分がやっとの量だった。
俺が食事に出れば、ハンクの分の食材を残すことができる。
「アデルのお兄さん、ソラルは急にたずねても大丈夫なんですか?」
「ああ見えて人恋しい性格だから、今日の夕食は多めに作っている気がするわ」
「少し意外ですけど、そんな性格なんでかすね」
また会おう的な発言をしていたものの、そこまで会いたがっているのか疑問が残る。
「それじゃあ、私はコレットのところに行くわ。ハンクはまだ回復の途中だと思うから、そのまま寝かせておいて大丈夫よ」
二人で会話を続けていてもハンクが目を覚ますことはなかった。
声をかけて起こしてしまうより、そのままにしておいた方がいいだろう。
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