特訓の成果
コレットに励まされて続行することになったが、漠然と魔法を発動しても初撃以上のことができそうな感覚ではなかった。
苦し紛れに火球を放ってみても、そこまでの威力は出ていない。
「何ていうか、もっとこう? いや違うかな?」
「ええと、こう? どう?」
「こう、ふっと出す感じで、ファイア・ボールって――」
コレットは彼女なりに説明しようとしてくれたが、彼女の手の平から勢いよく火球が飛び出てきた。
「……あっ、やっちゃった」
「これはすごい!?」
それは俺が標的にしていた岩に直撃すると、爆発するように弾けた。
時間差で破片が飛んできたので、俺とコレットは急いで回避した。
「なかなかやりますね」
「教えるつもりだったのに、やっちゃった」
コレットはてへぺろと言いかねない調子で、うっかりミスに照れ笑いを浮かべた。
飛ぶ方向が間違っていたら大惨事だったと思うと、背筋に冷たいものを感じた。
「魔法はね、あんまり考えすぎちゃダメなんだよ」
「えっ、そういうものなんですか?」
「そう、そういうものなんだよ」
コレットは話し終えると、今までよりも少し真面目な顔になった。
それから、別の岩が次の標的であると指定した。
「早速、やってみます」
「うん」
考えるなと言われると、むしろ考えてしまう。
魔力を集中させる過程、打ち出す方向などなど。
気づけば今まで通りの手順に戻っていた。
「うーん、一時中断」
「あっ、はい」
俺は集中を中断して、コレットの方を向いた。
彼女は少し離れていたが、こちらに歩いてきた。
「とりあえず、構えてからの時間が長すぎだよ」
「……えっ、そうですか。普通ぐらいだと思うんですけど」
「ちょっと見本を見せるね」
コレットはそう言って、標的の岩へと向き直った。
そして、手の平をかざして――。
待機時間ほぼゼロで火球が飛んでいった。
「あんなに速く出せるものなんですか?」
俺の中で魔法に対する概念が揺らぎ始めていた。
アデルやハンクの様子を見ていたが、二人の発動までの時間は短かっただろうか。
特にアデルはエルフであるため、コレット方式で短時間だったかもしれない。
思い返せば、威力を高める時以外は自分のように時間はかけていなかった。
「魔力の感覚に気を取られすぎないで、手の平から魔法が出てくる感覚にだけ集中。あとはバーンと出すだけ」
「……バーンとですか」
コレットは感覚的な説明が多いので、少し理解が難しい面がある。
その一方で、彼女の言っていることは間違っていないということも直感していた。
「見ていてあげるから、やってみなよ」
「そうですね」
コレットの屈託ない笑みに励まされた。
魔法の技術が高まれば、アデルたちの役に立てるようにもなるだろう。
本業は焼肉屋の店主だとしても、冒険者気質は残っているのだ。
コレットは溜めて撃つことはするなと言っている。
狙いを定めて短時間で魔法を発動するということだ
俺は岩に向けて手の平を掲げた後、一気に放つ感覚で発動した。
「――ファイア・ボール」
勢いだけで放ったわりには、なかなかの威力だった。
だがしかし――。
「あれ、どこへ飛んでいくんだ!?」
「はい残念」
火球はあらぬ方向へと飛んでいった。
コレット流瞬間射出方式は威力を落とさずに発動できても、精度を高めるのが難しいことが課題のようだ。
「まだ身体が慣れてないから、そんなものだよ」
「次、頑張ります」
まだまだ、魔力に余裕があったので、引き続き練習するつもりだった。
偶発的な出来事とはいえ、元気の出るスープを作ってくれたアデルに感謝しなければならない。
俺は待機時間をゼロにするようなつもりで、連続して火球を放っていった。
「……や、やった」
粘り強く続けていると、まずまずの威力の魔法を岩にぶつけることができた。
途中で森の方角など、飛んで行ったらまずい方へ向かったこともあったが、そうなりそうになった時はコレットが魔法で相殺してくれた。
「言われたことを理解してくれたみたいだね。お姉さんは満足、満足」
「シンプルな手順で発動できるというのは新鮮でした。威力と精度の両立に関してはもう少しといったところです」
「続けるうちになじんでくるから、あんまり気負わないようにしよう」
「ありがとうございます。こんなふうに魔法が使えるなんて想像もつきませんでした。短い時間で成長できた感じがします」
俺が感謝の言葉を伝えると、コレットはうれしそうに笑みを浮かべた。
「さてと、何だかお腹が空いてきたから、わたしはおうちに帰るよ」
「おやっ、もう夕方か」
コレットと特訓を始めたのは昼をすぎた辺りだと思っていたが、すでに日が傾いている。
無我夢中で魔法を放っていたので、あっという間に時間が経過していたようだ。
「さあ、ついてきて。帰り道はこっち」
「今、行きます」
コレットは奔放かつマイペースで、どこかアデルに似ている気がした。
エステルも我が道をいくようなところがあるので、エルフは同じような気質になりやすいのだろうか。
俺はコレットに遅れないようについていった。
日暮れが近づき、ところどころ木々から伸びた影で、前方の視界が不十分だった。
幸いなことに来た時と同じ道だったので、迷わずにコレットを追うことができた。
コレットと合流した小川の近くを通過して民家があるところまで入ったところで、彼女は歩みを緩めた。
「じゃあ、またねー」
「はい、また会いましょう」
コレットはご機嫌な様子で去っていった。
その背中を見送った後、宿に向かって歩き出した。
彼女の設定した水準は高いものだったが、充実感や手応えを感じていた。
一日にあれだけたくさんの魔法を発動したのは初めてだった。
「……それにしても」
魔力を使いすぎた時に生じるような疲労感はないに等しい。
アデルのスープだけが理由とは考えにくい気がする。
「……もしかして、この場所の影響?」
宿にいた時に感じた包みこまれるような感覚。
それも不思議であるし、結界で守られた場所というのも珍しい。
エルフの村には俺の知らないことが多いみたいだ。
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