コレット師匠の魔法訓練
アデルが作った食事を食べ終わった後、食器の片づけを手伝った。
もちろん、ハンクは安静するために休んでいてもらった。
それから各自自由時間ということになり、何をしてすごすか考え始めた。
「……これはどうしたらいいんだろう」
アデル特製「元気が出るスープ」の影響がまだ残っている。
馬に乗ってどこまでも行けそうな感覚だが、村の周囲は結界が張られているので、一人で遠くに行くことはできない。
飛竜探しに関してはハンクと話した通り、焦るつもりはなかった。
活力を持て余すような状態ではあるが、エルフの村を歩くのは気分転換になっている。
静かで閑散としており、周囲の自然は豊かなので、心洗われるような感じがした。
歩きながら村の様子を眺めていると、木陰に腰を下ろして本を読むエルフがいた。
「……邪魔しない方がいいか」
声をかけようと思ったが、読書の妨げにならないように通りすぎた。
田舎に住むエルフがどんな本を読むのか、少し興味が湧いた。
宿を出てしばらく歩いているが、この村は思っていたよりも広かった。
歩き続けるうちにせせらぎの音が聞こえてきた。音のする方へ足を運ぶ。
そこには澄んだ流れの小川があった。
「疲れはないけど、少し休憩するか」
俺はちょうどいい大きさの石に腰かけた。
川の近くはさわやかな空気が流れていて、とても心地よい感じがした。
鳥の鳴き声がどこからか聞こえてくる。
「人口が少ない分、自然も豊かなんだな」
バラムでも市街地を離れれば、十分に自然は多かった。
ただ、この辺りの雰囲気はそれ以上だった。
原初の自然、人の手が入るまでの環境はこうであったのではと感じさせる。
種族の違いだけでなく、自然の多い環境で生まれ育つことが人とはかけ離れた魔力を有する下地になっているのかもしれない。
俺は小川を離れて、再び歩き始めた。
道の脇には木々が伸びており、葉の隙間から木漏れ日が差しこんでいる。
快適なウォーキングを満喫していると、どこからか視線を感じた。
「……んっ、何だ」
不安を覚えて周囲を見回すが、何も見当たらない。
こんなところに不審人物がいるとは思えないので、野生動物なのかもしれない。
気を取り直して、そのまま歩き出した。
「――はっ」
再び視線を感じて、反射的に振り返った。
これでも元冒険者なのだ。
そこまで鈍いわけではない。
「わわっ」
木の幹に隠れる姿が目に入った。
誰か身を潜めているのだろうか。
気配を悟られないように注意しながら、慎重に接近を試みる。
視界に捉えた影は一際大きな木に隠れたはずだ。
「……あれ、コレット?」
「てへっ、見つかっちゃった」
そこにいたのはエルフの少女――だが年上らしい――がしゃがみこんでいた。
いたずらっぽい笑みは愛らしく見えるものの、俺にそういう趣味はない。
「こんなところでどうしたんですか?」
「アデル様と遊ぼうと思ったけど、今は忙しいみたいなの」
「ああっ、それで俺についてきたと」
「うんうん」
コレットは素直に頷いた。
自然に囲まれた環境で生活しているせいか、とても純朴な印象を受ける。
悪い大人にだまされないか心配になるが、結界で人間は立ち入れないようなので心配無用なはずだ。
「うーん、俺は散歩しているだけだから、ついてきても退屈ですよ」
「ええっ、そうなの?」
「うん、そうです」
コレットの無邪気さに触れていると、精神年齢が下がりそうになる。
遊ぶといっても、彼女がどんなことをすれば楽しめるのか想像するのは難しい。
「あっ、名前……」
「まだ名乗ってなかったですね。マルクです」
「わたしはコレット」
お互いによろしくと目を合わせる。
薄い緑色の瞳が美しい輝きを見せていた。
「マルクは魔法使えるでしょ」
「んっ? たしかに使えます」
こちらの目を見て、それが分かった?
アデルは魔力感知が可能なので、コレットができたとしておかしいことではない。
「よしっ、お姉さんが特訓してあげる」
「俺の方が年下だと分かるんですね」
「それじゃあ、ついてきて」
コレットは年齢の部分を華麗にスルーして、どこかに向かって歩き始めた。
小柄なわりには足取りはしっかりしており、ハイペースで進んでいく。
アデル特製スープの力がなければ、追いつくのは難しいかもしれない。
コレットに遅れないようについていくと、村外れのどこかに到着した。
資材置き場のように、丸太やら大きな岩が転がっている。
あるいはここが戦士の特訓場と説明されても、違和感のないような場所だった。
「人間はエルフよりも残された時間は短い。すぐに始めよう」
「よく分からないですけど、いたわってくれてるんですかね」
コレットは岩の転がる辺りを眺めた後、一つの岩を指先で示した。
両腕を広げたぐらいの大きさがあり、簡単には削れそうにない固そうな岩だった。
「あの岩を魔法で壊せるぐらい頑張ってみよう」
「いきなりハイレベルですね」
最大級の火球で多少は吹き飛ばすことができそうだが、完全に破壊することは難しいと思われた。
他の魔法では威力が分散しそうなので、炎の魔法以外は選択肢から外れる。
無理難題ではあるのだが、せっかくの機会なので付き合ってみよう。
呼吸を整えて指先まで集中力を高める。
体内の魔力を一カ所に集めるようにして、手の平から魔法を放つ。
「――ファイア・ボール」
いつもより何割か増しの威力になっていた。
驚きながら行き先を見ていると、火球は勢いよく岩にぶつかった。
周囲には砂煙が舞い上がり、砕けた破片が飛び散った。
「……わりと上手くいったと思うけど」
衝撃の余波が収まった後、岩は健在だった。
焦げたり、砕けたりした痕跡はあっても、破壊できたとまでは言えない状態だ。
「はい残念ー」
コレットは参加賞でも渡してきそうな調子で言った。
俺という遊び相手がいることで、ずいぶん楽しそうだ。
「個人的には今までの中で、上位に入る出来でしたよ」
「ノンノン、マルクはやればできる子。もう少し頑張る」
コレットは首を横に振った後、励ますような言葉を向けていた。
遊びの一環だとは思うものの、彼女なりに熱意を持っているのかもしれない。
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