本日の料理当番はアデル
アデルの話では旅人が泊まれるらしい宿は、他の民家と変わらない見た目だった。
特徴があるとすれば、一回り大きいぐらいだろうか。
コレットが使えると答えたことを表すように、宿の前の生け垣は整っていて、芝生は刈り揃えてある。
ソラルと会った時は意識しなかったが、エルフはまめな性格できれい好きが多いのかもしれない。
アデルが先んじて扉を開くと鍵はかかっていなかった。
不用心のようにも見えるが、バラムの治安がよいことを考えれば、ど田舎のここでは防犯を意識する必要もないと思った。
「これで休めそうですね」
「見た感じ宿屋なんかなさそうな村だからな。便利なもんだぜ」
玄関を通り抜けると、木製のテーブルと椅子が置かれていた。
その隣にキッチンが設置されているので、ダイニングなのだろう。
そこから奥へ足を進めると、ベッドが並んでいた。
とりあえず、三人か四人は泊まれるような造りだった。
「この村の規模だと食事ができる場所はなさそうですか?」
「残念だけれど食堂はないわ。食材を分けてもらってくるから、適当にくつろいでいて」
「手伝いましょうか?」
「昔なじみへの挨拶も済ませてくるから、私一人で行かせてもらうわ」
「それじゃあ、お願いします」
アデルは小さく頷くと、宿の中から出ていった。
「それにしても、あいつは何だったんだろうな」
「魔法使いの男のことですか?」
「そうそう」
ハンクは気だるげに椅子に腰を下ろしていた。
呪詛の傷が癒えたばかりなので、本調子ではない様子だ。
「素性が明らかになる前に死んでしまいましたからね」
「ベルンの関係者で間違いないと思うが、自暴自棄の旅に他人を巻きこむんじゃねえっての」
ハンクの言葉には強い嫌悪感が混ざっているように感じた。
彼にしては珍しいが、暗殺機構に対しても同じような節があったので、ある意味自然なことだと思った。俺も椅子に腰かけて会話を続ける。
「それにしても、ハンクでもダメージを食らうんですね」
「一応、生身の肉体だからな。防御できずに食らえば普通に負傷するって」
「まあ、そうですね。野暮な質問でした」
「アデルはともかく、マルクも呪詛を食らったらまずいだろうから、これからはお互い気をつけような。そんなことをしてくるやつは滅多にいないだろうが」
「今後は現れないことを願います」
そう言い終えた後、ふっと息をついた。
ハンクの負傷は俺の内面に動揺をもたらしたことを実感する。
身体はともかくとして、心理的な負担が大きかったようだ。
「マルクも少し休めよ。ワイバーン、ベヒーモスときて自爆攻撃だ。短い間にきつすぎるっての」
「飛竜のことは何も分からない状態ですし、急いでもしょうがないかもしれません」
エルフの村に入ってから、どこか落ちつくようであり、包みこまれるような空気を感じていた。
静かで穏やかな環境がそうさせるのか、理由は分からないままだった。
二人で会話を続けていると、アデルが宿に戻ってきた。
「食材を分けてもらってきたわ」
「おおっ、助かる」
「ありがとうございます」
アデルは白く細い腕で、大きなカゴのようなものを抱えていた。
彼女はそれをテーブルの上に置いた。
「鳥の肉、野菜、果物、ハーブ……だいたいこんなところね。あと、私は同じ部屋で寝るつもりはないから、コレットのところに泊まるわ」
「いいんじゃねえか」
「俺もいいですよ」
この宿は広くて快適だったが、寝室は一部屋のみだった。
現実世界のアデルが相部屋で寝るはずないのだ。
さて、今は昼をすぎた辺りの時間。
食材が揃ったので、何か作ろうと思い立つ。
「よかったら、何か作りましょうか?」
「そいつはいい! 回復にエネルギーが持ってかれたみたいで、大して動いてないのに空腹なんだよ」
「今日は私が作ってもいいわよ」
「「――えっ?」」
俺とハンクは同時に声の主を振り向いた。
アデルはその反応がお気に召さないようで、険しい表情になった。
「何なのよ! 私だって料理ぐらいできるわ」
「い、いや、何だか……わりぃな」
「すいません、善意で引き受けてくれようとしたのに」
「そういうわけで、たまには任せて」
「「はい」」
昼食当番はアデルに決まった。
不安がないわけではないが、初めて目にするような食材もあるので、彼女に任せるのが無難だと思い直した。
アデルは意気揚々と食材を並べて、順番に調理していった。
キッチンには調理器具が完備されており、料理すること自体は不便しないようだ。
俺とハンクが他愛もない話をして待っていると、キッチンから美味しそうな匂いが漂ってきた。
さすがにこんな匂いで、とてつもなくまずいということはないだろう。
よく分からないドキドキ感を抱いたまま、完成の時を待った。
「――はい、お待たせ」
「こ、これが……」
「エルフ秘伝の……味!?」
「よく分からないこと言ってないで、早く食べたら?」
「はっ、すいません」
俺とハンクはテーブルに用意された、鳥の肉が入ったスープを食べ始めた。
スプーンで汁をすくって、ゆっくりと口に運んだ。
まだ熱が残っているため、少しずつ味わう。
「これは……美味しい」
「……なかなかの完成度じゃねえか」
「どんな想像をしていたのよ」
アデルは呆れ気味な表情で言った。
食べるところばかり見てきたが、彼女にすれば大したことではないのだろう。
実際のところ、アデルの手つきは慣れた者のそれだった。
「いやー、本当に美味しいですね……うっ」
「どうした、マルク……はっ!?」
「急に大げさな反応して、どうしたっていうのよ」
スープを飲み進めて、鳥の肉を少し食しただけなのに、体内に異変を感じていた。
身体からこみ上げる力――この源は何なのだろう?
「アデル、味は申し分ないんだが、何か特殊なものが入ってないか?」
「特殊? 肉と野菜、香りづけのハーブだけ……はっ」
「どうした、心当たりがあるのか」
アデルは何も言わずに席から立ち上がり、使い切らずに残った食材を確かめた。
そして、戸惑いがちな表情で戻ってきた。
「ごめんなさい。人間には滋養作用が強すぎるハーブを入れすぎたわ」
「それでか。急に元気が出てきて驚いたぜ」
「理由が分かってよかったです。何か毒だったら、どうしようかと思いました」
ハーブの成分がしみ出した汁を飲むと元気が出すぎるということで、その後は具だけを食した。
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