エルフの村を散策
「ベヒーモスの封印破りをするような者がいるということは、今の社会は混沌とした状況なのかな。まともな人間のやることとは思えないけど」
「兄さんは相変わらずみたいね」
ソラルの世捨て人のような発言に対して、アデルが呆れたように言った。
身内相手で遠慮がないということもあると思うが、優雅なイメージの彼女がずけずけとした物言いをするさまは新鮮な感じがする。
「さすがに乱世ってことはねえよ。きな臭い国が一つだけあって、そこが崩壊した余波が出たんだ」
「ふむ、なるほどね」
「そういえば、ここに入ってくる時に妙な感じがしたが、何か仕かけがあるのか?」
「村の周りには認識をかく乱する結界が張られているから、人間が攻め入ることは不可能。それでも、旅人の出入りは歓迎していて、エルフの紹介があれば中に入ってこれる。ちなみに僕はほとんど外に出ないから、ランス王国の情勢もよく分かっていないよ」
少なくともソラルが引きこもりに近い状態なことは分かった。
ソラル、アデル、エステルが三兄妹として、一つの疑問があった。
エステルと出会ったのは王都方面だったが、この村はメルツ寄りに位置している。
アデルの故郷はどちらなのだろう。
「そういえば、エステルが見合い話をしていたことがありましたけど、彼女が来たのはこの村と別の方向でした。エルフの村は複数あるんですか?」
「私たちの両親は別の村に住んでいて。エステルも同じ村に住んでいるの。私が生まれたのはこの村で、事情があって両親とエステルは他所へ移ったのよ。どちらも故郷だと思っているわ。それに他の国もエルフの住んでいる場所はあるわ」
「そういうことだったんですね」
妹の名前が出たからなのか、ソラルがうれしそうな顔になっていた。
急に明るい様子になって口を開いた。
「久しぶりに聞いたな。エステルは元気にしてるのかな?」
「まあ、元気にしてるわ」
「バラムに来てからは急激に俗物化してますね」
「ああっ、焼肉をよく食べにくる印象だな」
俺たちのコメントを聞いたソラルは目が点になっていた。
身内の変化に驚いているのだろうか。
「アデルはともかくとして、エステルがそんなことに……何ということだ」
「私も妹なのだから、もう少しいたわってもいいんじゃないの」
「……やはり、エルフは下界へ出るべきではないということか」
ソラルは神妙な面持ちで引きこもりエルフらしい発言をした。
エステルの変化は衝撃が大きかったようで、アデルの声は届いていない様子だ。
「昔からこんな感じだから、兄さんは無視して出ましょう」
「お邪魔しました」
「助かったぜ、アデルの兄貴」
「……あ、ああっ。よかったら、また来てくれるかな」
意識を取り戻したソラルは気を取り直したように言った。
元から白い顔色がさらに白くなった彼に見送られて家を出た。
「ふぅっ、兄さんと話すと疲れるわ」
開口一番、アデルはそうこぼした。
「なあ、さっきのは治癒魔法か?」
「ええ、そうよ。兄さんは引きこもりだけれど、腕は確かなの。外に出れば引く手あまたでも、本人がエルフの村を出る気がないのならしょうがないわね」
「あれだけ魔法を使いこなせるなら、攻撃魔法はどうなんですか?」
「そこは適性の問題で、私は攻撃魔法が得意だけれど、兄さんは大した力はないのよね。性格が関係あるのかしら」
魔法に精通しているアデルでも明確な答えはないようだった。
彼女の言葉通り、適性という見方が妥当な気がした。
「飛竜を探すのが目的だったと思うが、おれはもう少し休まないと戦力にならねえ。この村に滞在することはできるのか」
「ええ、もちろん」
俺たちは立ち話をしながら、馬のところへと近づいていった。
するとそこへ、魔石を回収した時に話しかけてきたエルフが歩いてきた。
「あっ、アデル様!」
「あら、コレット。久しぶりね」
「ここに来るなんて、何か用事があったの?」
コレットは無邪気な顔でアデルにたずねた。
ソラルも似たような雰囲気だったが、この村のエルフたちは浮世離れしたような、例えるなら妖精のような喋り方をしている。
「たまたま近くを通りがかったのよ」
「へえ、そうなんだー」
コレットは人懐っこい性格のようで、目をキラキラさせながらアデルと話している。
「ねえ、コレット。村を訪れた旅人が泊まるための宿があったと思うけれど、そこは使えそうかしら?」
「うん、使えるっ」
「よかった。私たちを案内して」
アデルの呼びかけに応じて、コレットはどこかへ歩き出した。
初めて訪れる場所なので、案内があるのはありがたかった。
のんびりと歩きながら村の様子を眺めた。
人里の町に比べて家々の距離が離れており、どの建物も無駄が削ぎ落されたようなシンプルな見た目だった。
白い外壁と灰色の屋根――それだけでは暗い印象になりそうだが、合理的にそうしているような知性めいたものが感じ取れた。
アデルやエステルと接することで忘れがちだが、そもそもエルフとは賢き者である。
「そういえば、あの女の子はアデルに様をつけてましたけど?」
「私の父がエルフの長だからね。ただ、この村の長は別にいるわ。父は別の村に引っ越してしまったし」
「……そうなんですか」
俺の知らない事情が色々とある気はしたが、複雑なことを根掘り葉掘りたずねるのも気が引けた。
そんなこちらの気遣いとは関係なく、アデルは何ごともないような顔で歩いている。
村の中を移動していると、一軒の民家の前でコレットの足が止まった。
ここがそうだということだろう。
「到着! アデル様、また遊んでねー」
「ええ、いいわよ。私たちはここを使わせてもらうから」
「うん、分かった」
コレットはあどけない様子を見せていたが、アデルの意図をしっかりと把握したような頷き方だった。
おそらく、村の誰かに伝えておいてくれるのだろう。
「コレット……さんと呼んだ方がいいのかな。彼女は何歳ぐらい何ですか?」
「まさか、乙女の年齢を知りたいの?」
「下世話な質問ですいません。若く見えるなと思って」
「あなたよりも年上よ」
「ああっ、なるほど」
アデルが少し不機嫌になった理由が分かった。
年齢の話題になると、自分にもそれが降りかかることを予想したということだ。
これまでも気をつけてきたつもりだが、なるべく年齢の話はしないようにしておこう。
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