魔法使いの捕縛
白く透き通るような手が掲げられると、その先からバチバチと圧縮された雷光が放たれた。
アデルは雷魔法で動きを止めるつもりのようだ。
――ライトニングに始まるこの手の魔法は予測でもしない限り、常人には回避することはできない。
魔法が直撃すると、関所へ近づいてきた旅人風の男は感電したような反応を見せた。
自分の直感は杞憂で、男はただの旅人だったのだ、そう安心しそうになったところで思いもよらない光景を目の当たりにした。
男は突然の出来事に周囲を確かめた後、そのまま直進している。
進行方向にはランス王国の兵士が立っている。
……まずいことになった。
俺とアデルが見つからなかったことで、兵士たちが魔法を放ったと認識されてしまっている。
「このままだと兵士の人たちが狙われます。行きましょう」
「そのつもりよ。反撃してくるかもしれないから注意して」
俺とアデルは建物の陰から飛び出して、今度も先制攻撃を仕かけた。
早口に詠唱を済ませて、二人同時に攻撃魔法を放つ。
申し合わせたわけではないが、二つの火球が男に向かう。
しかし、待ち構えていたようで魔法で相殺された。
続いて、俺たちの動きに連動するようにハンクが下りてきた。
「おれは間合いを詰めて、物理攻撃を食らわせる。二人は離れたところから、魔法で援護してくれ」
「はい」
「分かったわ」
ハンクは手短に話し終えると、男との距離を詰めていった。
男は俺たちの隙を突くように氷魔法を放ってきたが、こちらに飛んできた氷柱をアデルが魔法の壁でブロックした。
「なかなか手強い相手だけれど、この程度なら防御できるわ。あなたはハンクの援護に集中して」
「助かります」
アデルの言葉は心強かった。
俺の実力では、あの男の魔法を防御することは難しい。
幻覚魔法を扱えるだけあって、魔法使いとしての技量は高いみたいだ。
ハンクの接近を手助けしようと思ったが、すでにだいぶ近づいていた。
男は両手で魔法を扱えるようで、ハンクを牽制しながらこちらへの攻撃も続けている。
アデルは攻撃と防御の両方に意識が向くため、十分な攻撃ができない。
攻撃に専念できる自分の役割は重要だった。
前提条件として、ハンクほどの実力者を前にプレッシャーを感じないはずがない。
男は接近されないように注意が傾いているだろう。
そこを上手に突けないだろうか。
――ガシャンっとガラスが砕け散るような音がする。
俺が策を練る間にも、アデルの防御壁に氷柱がぶつかっていた。
連続してこれだけの攻撃魔法が放てるのだから、やはり男はただ者ではない。
俺はアデルほど強力な魔法を扱えないものの、魔力を溜めて集中を高めれば、多少は威力を上げることは可能だ。
力をこめた一撃を放つことで男の注意を逸らしたい。
「……うんっ、それでいこう」
頭の中で作戦が固まると、自然と集中できるような気になった。
魔法使いの男が俺を警戒していないことを利用して、最大限の一撃で不意を突く。
全身を流れる魔力が手の平へと集まっていく。
連続して打てるわけではないので、自然と緊張が高まっていた。
「――今だっ、ファイア・ボール」
決意をこめたような魔力の放出。
無意識に二人の役に立ちたいという思いがあったのかもしれない。
自ら掲げた手の平から、大きな火球が放たれる。
魔法を行使した本人が驚くほどの一撃。
狙いすましたそれは男に一直線に向かう。
「――っ!?」
その瞬間、男の顔に明らかな狼狽が浮かんだ。
相殺すべく魔法を放つが、周囲への注意が逸れたのが見て取れた。
Sランク冒険者――ハンクという男にはこのわずかな隙で十分だった。
時が止まったかのような刹那。
ハンクは男の懐に接近して、手の平を接触させた。
スタンガンを向けられたように激しく痙攣して、男はその場に倒れこんだ。
人気のない国境地帯に静けさが訪れた。
それは戦いが終わったことを示していた。
俺とアデルはハンクのところへ駆け寄った。
どんな魔法かは分からないが、先ほどの一撃は強烈だったようで男は動かない。
「なかなかやるじゃねえか」
「アデルが反撃を防いでくれたおかげです」
「久しぶりに魔法を防御したから、何だか疲れたわ」
そう言いながらも、アデルは涼しげな顔だった。
ハンクは男をよっこらせと肩の上に担ぐと、兵士たちのところに向かった。
俺とアデルもその後に続いて歩いた。
「お見事でした! 感服しました!」
兵士の一人がまるでファンの一人のように言った。
もう一人の兵士も尊敬するような眼差しを俺たちに向けている。
「こいつは各地でやらかしたみたいだから、あんたらに身柄を任せようと思う。まだ気を失ってはいるが、そのうち目を覚ますだろう」
「……あの、意識が戻れば魔法を使うのでは?」
「両手を後ろ手に縛って、口さえふさいでおけば問題ねえよ」
ハンクが気軽な様子で説明すると兵士の一人が縄を取ってきますと言って、建物の方に駆けていった。
それから、ハンクと兵士が力を合わせて男を縛り上げた。
「お三方のご活躍、必ず王都に報告させて頂きます!」
「礼ならいらねえよ。その魔法使いには借りがあったからな」
ハンクはそう言って、俺の肩を軽く叩いた。
彼が仲間として扱ってくることはありがたい限りだった。
「……ねえ、男が目を覚ましそうよ」
「ちっ、魔法への耐性が予想以上だったな」
ハンクが苦々しい表情で言った。
彼の想定外だったのだろうか。
もはや、無抵抗になっているのだが、男への警戒心から距離を詰めた。
その顔を覗き見た瞬間、無害な旅人を装っていただけだと思い知らされた。
ここにいる全員を睨みつけるように、ぎょろりとした目を向けた。
その瞳から窺い知れるのは怒り、あるいは憎しみだろうか。
負の感情を隠そうとしないことに脅威を感じた。
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