国境での遭遇
「初めて来る町だと気になるよな」
「……あっ、そうですね」
俺が周囲を見回しながら歩いていると、ハンクが声をかけてきた。
幻覚魔法の影響でリムザンと思われる町に行ったことを彼は知らない。
同じ名前の町を垣間見て、実物は違うことに驚いているとは言えなかった。
周囲の様子に気を取られながら歩くうちに、馬が係留された場所に到着した。
こちらも夢の中とは異なり、町の入り口近くに設置されていた。
自分が乗っていた馬に近づくと、こちらを心配するように顔をすり寄せてきた。
「お待たせ。元気そうでよかった」
その気遣いに感謝するべく、しっかりと撫でてやる。
賢くてよく懐く動物の筆頭は犬だが、馬も人間からの愛情を理解している節が見られる。
各自、それぞれの馬に乗って街道に出る。
今回も周辺地理に詳しいアデルが先頭だった。
ハンクはこちらの体調を気遣うように、いつもよりも近くを並走するような位置で馬を走らせている。
「移動は大丈夫そうか?」
「はい、問題なさそうです」
アデルとハンクの心配はありがたかったが、そこまで体調に違和感はない。
国境を見てみたい気持ちが高まり、気力に至っては充実さえしていた。
馬を走らせると初めて目にするタイプの建物が前方に見えた。
転生前の記憶が想起されたことで、それが関所のようなものであると理解した。
「すぐに着くわね。例の魔法使いがすでにいる可能性もあるし、慎重に近づきましょう」
「はい、気をつけます」
俺が魔法使いにやられたのはつい昨日のことだ。
元冒険者として、二度も同じ攻撃に引っかかるわけにはいかない。
気を引き締めるように手綱を握る手に力をこめた。
三人で周囲を警戒しながら、国境の建物へと近づいていく。
ランス王国側の関所には兵士が二人立っていた。
通行人の少なさにあくびの一つでもしていてもおかしくないのだが、彼らの目には生気の宿った鋭い眼光が窺えた。
「とりあえず、兵士の人たちは無事みたいですね」
「この感じではまだ来ていないみたいだから、しばらく待ち伏せましょう」
ひとまず、不審な点はなさそうだという流れになり、俺たちは馬から下りた。
情報収集も兼ねて、関所を守る兵士たちに話しかける。
「おはようございます。厳重に見張られているみたいですけど、もしかして暗殺機構の影響ですか?」
一人でも間に合いそうなところを二人で番をしている。
そう思った俺からの素朴な疑問だった。
「おやっ、旅の方ですか? 重要なことはお答えできませんが、その質問にはそうであるとお答えします」
二人のうちの一人が気さくな態度で答えてくれた。
大臣のカタリナ、城仕えのブルームと顔見知りであると話せば、詳しいことが聞けるかもしれないが、こんな辺境で気を遣わせたくはなかった。
「確信はありませんけど、厄介な魔法使いがここを通る可能性があるので、注意してもらった方がいい気がします」
「情報提供をありがとうございます。相手が誰であろうと迎え撃ちます」
兵士は自信ありげに剣を鞘から抜いて、ぶんぶんと振り回した。
いまいち伝わっていないと思ったようで、ハンクが身を乗り出て話し始めた。
「ちょっとばかし気の抜けない相手でね。ここは魔法が得意なおれたちに任せてくれないか」
「冒険者、とお見受けしましたが」
「おれはハンクだ。元々はSランク冒険者で仲間たちと旅をしている」
「私はアデル。見た目通りエルフだから、魔法の扱いに長けているわ」
「俺はマルクです。二人ほどではないですけど、魔法は一通り使えます」
兵士は、ほほうと感心するような反応を見せた。
俺が知る限りでは兵士たちは武術に長けているのだが、魔法がそこまで使えるわけではない。
そういった背景も影響しているのだと思った。
「私たちがいると目立つし、警戒して魔法使いが近づかない可能性もあるわ。その建物に馬をしまうことはできるかしら?」
「兵士用に馬を収める場所があります。こちらへどうぞ」
後ろに控えていたもう一人の兵士が会話に加わった。
俺たちは馬を引いて、建物の中にある土間のようなところに馬を繋いだ。
どの馬たちもおとなしいので、その存在が目立つ可能性は少ないはずだ。
建物の前に戻ったところで、ハンクがまるで踊るようにステップを踏み始めた。
この状況で踊るわけはないが、何をしているのだろう。
「ぬかるんだところで馬の足跡が目立っていたから、適当に誤魔化しておいた」
「なるほど、さすがですね」
ハンクは誇らしげな顔を見せながら、こちらへ戻ってきた。
「それじゃあ、私たちは隠れているわ。あの魔法使いは距離が離れていても、あまり関係ないみたいだから十分に注意して」
「はっ、気をつけます」
アデルの真剣な表情を見て、兵士は背筋を伸ばした。
それから、俺とアデルは関所の建物に身を潜めた。
身のこなしが軽いハンクは壁をよじ登って、上から監視するつもりのようだ。
三人で監視を始めていくらか時間が経過した後、涼しげな表情の男が建物に近づいてきた。
その風体や荷物から旅人のように見えた。
アデルとハンクに大きな反応がないため、俺に幻覚魔法をかけた者ではないと判断した。
……だが、妙な胸騒ぎがしている。
俺は幻覚魔法を受けた後、ローブ姿の男が犯人であると認識してしまった。
しかし、それは魔法の影響、あるいは無意識が見せただけのものならば、本当はどんな姿をしているのか。
「――あの男、もしかしたら怪しいかもしれません」
「この距離だと確認が難しいのよね」
アデルは特別な目を持っているわけではないので、男がそうであるかは見極められないという様子だ。
ハンクも動いていないことから、彼も同じような感じだろうか。
「先制攻撃、お願いできますか?」
俺の魔法では拘束力、威力の両面で力が足りない。
アデルならば、高い精度で先手を打てるだろう。
「人畜無害な旅人だったら、二人で……主にあなたが謝るのよ」
アデルは冗談めかして言った後、魔法の詠唱を始めた。
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