エドワルドの情報
料理の説明が終わった後、隣で使用人が大皿から料理を給仕し始めた。
メインはマスだけでいいと伝えると、シカも美味しいから食べた方がなどと野暮なことを言うこともなく、手慣れたメイドのように小皿に取り分けてくれた。
自分の分が用意されて、すぐに食べ始めた。
どの料理も手をこめて作られたことが分かり、イザックたちのもてなそうとする姿勢が伝わった。
温かい気持ちで食事を味わっていると、アデルが口を開いた。
「直接関係のない使用人に聞かせるような内容ではないから、食事の後で話すわ」
「はい、承知しました」
彼女の言葉は同席したイザックに向けられたものだった。
俺はさほど気に留めることなく、食事をじっくりと味わった。
それから、食後のお茶が出された後、使用人たちは席を外した。
「……それでお話というのは」
「ベヒーモスの封印だけれど、人為的に封印が壊されていたわ」
「やはりそうでしたか。そう易々と破れるはずがないとは思っていましたが」
イザックは苦しげな表情を浮かべた。
人為的であることは複数の可能性を指すため、町の代表者としては頭を悩ませられる情報だろう。
重苦しい空気が流れたところで、部屋に誰かが入ってきた。
視線を向けるとエドワルドの姿があった。
「お話し中、失礼します」
「これは王都の兵士様。よろしければ、同席してください」
エドワルドは軽く一礼した後、空いた席についた。
「この様子だと議題はベヒーモスといったところでしょうか」
「その通りです」
「封印を施すための石が人為的に傷つけられていたのよ」
「なるほど、こちらの情報も共有した方がよさそうですね」
エドワルドは神妙な表情だった。
俺たちの知らない何かを知っているのだろうか。
「ベヒーモスの封印を破るなんて、まともな人間のすることじゃねえ。地元民がやるとは思えねえから、何かあるなら教えてくれ」
「はい、それはもちろん。今回の件は暗殺機構解体以降のベルンの動向と関係があると思われます」
「なっ――」
思わず動揺を漏らしてしまいそうだったが、話の腰を折らないように口を閉じた。
エドワルドは続けますという視線を向けた後、再度話し始めた。
「暗殺機構という力がなくなった今、ベルンは混乱を極めています。上層部には魔法が使える者がいて、各地で嫌がらせを続けているそうです。おそらく、封印を破ったのも一連の行動に沿ったものかと」
「……どうして、そんなことを?」
「まだ調査中ではありますが、ベルンの国力が著しく落ちたことで自暴自棄になっているという見方が妥当だと思われます」
室内には何とも言えない空気が流れている。
俺自身はそんな理由で短絡的な行動に出ることが理解できなかった。
「そういうことだったのね。ベヒーモスの封印が自然に破れるはずがないもの」
「お役に立てたなら何よりです」
「それにしても、封印破りとは厄介ね。他の場所にも同じような封印があるはずだから、警備を配置した方がいい気がするわ」
アデルの言葉にエドワルドは頷いた。
「ここはベルンから遠からぬ距離にあることが災いしましたが、ランス王国内のそういった場所を国外の者が容易に発見できるとは考えにくいでしょう。それに私の知る限り、そこまで多くありません」
エドワルドの意見は妥当なものだった。
少なくともバラム周辺でそんな封印があれば、冒険者だった自分の耳にも届いたはずだ。
しかし、そんな話を聞いたことはない。
「おれの経験からすれば、そんなところがそう簡単に見つかるとは思えねえな。むしろ、封印破り以外の警戒をした方がいいんじゃないか」
「冒険者殿もご意見をありがとうございます。可能性が低いとはいえ、封印破りは厄介です。ランス城は兵士が中心で魔法使いはそこまでいません。物理攻撃で御せないモンスターが封印から出てきたら、不利な状況になります。王都に戻り次第、情報を共有して、各地の封印を破られない対策も検討します」
ランス城にいた経験がある俺としては、ブルームたちが話し合う様子が想像できた。
エドワルドの役目はこの情報を城に持ち帰ることだろう。
「俺たちとの情報交換はこの辺で切り上げて、早く城に戻った方がいいですね」
「ご進言ありがとうございます。そうですね、すぐに引き返したいと思います」
エドワルドは椅子から立ち上がり、深く一礼した後、足早に部屋を出ていった。
「ベルンはすごいことになってますね」
「暗殺機構が生まれるような国だからな」
「あら、ごめんなさい。町長が置いてけぼりになっていたわね」
アデルが悪びれた様子で言うと、町長は恐縮したように頭をかいた。
「いえいえ、とんでもない。わたしなどが王国単位の重要事項を耳にしてしまい、何とも恐れ多いことでした」
「話が逸れたけれど、ベヒーモスは消滅したから封印がなくなっても問題ないわ。人為的に破られたとしても、さっきの彼の話で町の人を疑わずに済むわね」
「その可能性は低いと思いましたが、これで安心です。それにしても、我々としてはいい迷惑でした。兵士様が話したような理由でベヒーモスの封印を破るなど……」
イザックは疲れた様子でこぼした。
今回の件でそれなりに消耗させられたのだろう。
「そうそう、ベヒーモスとその子分たちを倒した時、魔石が出たんだが、おれたちでもらってもいいか?」
「……はい、魔石ですか?」
イザックの疑問に応じるように、アデルがテーブルの上にベヒーモスの魔石を出した。
同じく俺も黒い犬たちの小ぶりな魔石を取り出した。
「わたしでは価値が分かりかねますので、持ち帰って頂いて問題ありません」
「では、ありがたく受け取るわ」
俺もイザックと同じように価値が分からないのだが、アデルの微笑みで一定以上の価値があることは予想できる。
「アデル、これがあれば報酬はなくてもいいよな」
「ワイバーンの件で受け取った分もあるし、魔石がもらえるなら気にしないわよ」
普通の冒険者ならともかく、無欲なハンクならではの発言だった。
それを聞いたイザックはふるふると肩を震わせている。
「お気遣いありがとうございます。ワイバーンの時に報酬をお支払いしたため、ベヒーモス討伐に見合った報酬は厳しいところでした。本当に助かります」
「そんな泣きそうになるなって」
「今回は災難だったわね。短期間にワイバーンとベヒーモスが現れるなんて。もっとも、私たちが来たことは幸運だったんじゃないかしら」
イザックは、はい、はい、その通りですと言って、やはり泣きそうだ。
町長という立場は大変なんだと思わされる場面だった。
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