魔石の存在
二人が同じ場所に注目していたので、そこに何かがあることは明白だった。
状況を見守るまでもなく、ベヒーモスが消滅した場所へ移動した。
俺が近づいた瞬間、アデルは立ち上がったかと思うと、その手には黒い犬のものよりも大きな宝石のようなものが握られていた。
傍らに立つハンクもそれをじっと見つめている。
「ええと、それは何ですか?」
「あっ、これな。魔石だ」
「魔石って実在するんですか?」
「そりゃ、ここに実物があるだろ」
「まあ、そうですね」
再び、自分が手にしたものに目を向ける。
たしかにただの宝石には見えない。
詳しいことはよく分からないが、何らかの力を感じるような気もする。
「遠い昔、この近くでベヒーモスと戦った誰かがいて、倒しきれずに封印した、そんなところかしらね」
アデルが大きい方の魔石に目を向けながら言った。
魔石に魅了されたというよりも、価値を見定めているようにも見える。
――この人、売ろうと思っているのだろうか。
「ワイバーンの時は報酬がありましたけど、今回はどうなるんでしょう」
とはいえ、冒険者が何かを為した時に見返りを求めるのは自然なことだ。
今回のように特別危険な対象――ベヒーモス――を討伐したのに、「何もいりません」と言い残して立ち去れば、のちのち法外な見返りを要求されるのではと不審がられてもおかしくない。
「魔石だけで十二分に潤うんだが、討伐のおまけみたいなもんだしな。そこまで大きな町でもなし、そこそこでいいんじゃないか」
「そうね、これだけ大きな魔石があれば満足よ。誰がやったかは分からないけれど、封印が破られたのも確認できたから、町長のところへ戻りましょう」
アデルは魔石を懐にしまい、涼しげに言った。
ハンクも帰還することに同意して、俺たちは来た道を引き返した。
ベヒーモスが消滅したことで、濃かった魔素が薄まったように感じた。
それから、洞窟の入り口に差しかかったところで、こちらへ向かう人影が見えた。
地元の青年は怯えていたので、その可能性は低い。
人影はそのまま近づいてきて、こちらに話しかけてきた。
「まさかと思いましたが、やはりマルク殿ですか」
「……その声はエドワルド。どうして、ここへ?」
「救援要請を託されたこの町の住民と行き合いまして、ワイバーンの件で来たところ、町長殿からベヒーモスの件を伺った次第です」
ワイバーンの件で王都から人を派遣してもらおうとしていることは聞いていた。
地理的にベルンから遠くないことを考えれば、近くに暗殺機構関係の調査に来ていたエドワルドに町の人が声をかけたのだろう。
辺境で彼のような兵装は目立つし、王都の人間がいればそれも広まりやすい。
「ベヒーモスならもうおれたちが倒した」
「この洞窟へ来る前にSランク冒険者がいると聞きましたが、さすがですね」
「そいつはどうも。あと、一人で調べに行くつもりだったなら、勇み足がすぎるぜ」
「ご忠告ありがとうございます。すでに先行者がいると知り、助っ人のつもりでいましたが、不要なお節介でしたね」
入り口付近でやりとりが続いていたが、アデルがとりあえず外に出るように促して全員が洞窟の外に出た。
「まあ、あれだ、その気持ちだけ受け取っておく」
「それはありがたい」
エドワルドは俺たちを助けるつもりだったことは分かった。
「立場上、洞窟内を検めずに帰るわけにはいかないのですが、中に入っても危険はありませんか?」
「ああっ、問題ない。好きに調べてくれ」
ハンクが簡潔に応じた後、エドワルドは洞窟の中へと足を運んだ。
彼は腕の立つ兵士ということもあり、怯むような様子は見受けらなかった。
「私たちは町長のところへ戻るわよ」
「了解です」
離れたところにいた青年と合流して、四人で町長の屋敷へと向かった。
洞窟を離れてから町中を経由して、屋敷の前に到着した。
中に入ると、使用人たちがタオルのような布を手にしていた。
「気の利いた浴場でもあればよいのですが、そのようなものはご用意できません。よろしければ、それで汗を拭いてください」
「あっ、これは助かります」
俺たちはそれぞれに布を受け取って、顔や身体を拭いた。
洞窟は湿気が多かったので、じめじめした感じが取れてさっぱりした。
「昼食には少し早いですが、食事も用意してあります」
「至れり尽くせりってやつだな」
ハンクは今回一番動いていたので、確実に空腹だろう。
満面の笑みを浮かべてうれしそうにしている。
「……町長、ちょっといいかしら」
「はい、何でしょう?」
「この後で構わないから、ベヒーモス関連で話しておきたいことがあるわ」
「はっ、是非ともお聞かせください」
アデルは特有のオーラがあるせいか、町長が背筋を伸ばしているように見えた。
俺たちは前日と同じ部屋に案内されて、各自席についた。
テーブルの上に食事が運ばれてきて、周囲にできたて料理のいい匂いが漂う。
「今日は食事の準備をする時間がありまして、昨晩よりも豪華にさせて頂きました」
今日はあらかじめ招集できたようで、昨日よりも使用人たちが多めだった。
俺たち一人ずつに使用人がついて、料理の説明をしてくれた。
メインは大皿に二種類で、シカ肉のステーキとマスのグリル。
主食はパンでサラダ代わりの温野菜。
スープにはシチューのようなものが添えられていた。
俺は黒い犬を斬った時の感触が手に残っていたので、昨日と同じマスのグリルだけを食べることにした。
シカはバラムでも食べられるし、この屋敷で出されるマス料理は飽きのこない味だった。
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