討伐の報酬
ワイバーンのことに区切りがついた後、俺たちは町長のイザックに案内されて町の中を歩いていた。
それなりに規模のある町なので魔力灯が整備されており、薄闇の広がり始めた街角を照らしている。
「宿の部屋はこちらで確保しておくので、まずはわたしの屋敷へ案内させて頂こう」
イザックは物腰は丁寧だが、世間話に花が咲くような感じではなかった。
しばらく歩いた後、それなりに立派な屋敷が見えてきた。
バラムで同じぐらいの家に住んでいれば、確実にお金持ち認定される広さだ。
「さあ、中へどうぞ」
町長自ら扉を開いて、中に招き入れてくれた。
「おっ、中も広いですね」
「もしかして、町長って儲かるのか?」
「フェルンにこんな屋敷があったのね」
俺たちはそれぞれに屋敷の中を眺めながら、思い思いの感想を口にした。
イザックは肯定的に受け止めたらしく、にこやかな表情のままだった、
「時間的に夕食はまだでしょうな。こちらで用意しましょう」
「えっ、いいんですか?」
「王都からの派遣を待つしかなかった苦しい事情を考えれば、食事を振る舞うことなど大したことではありません」
イザックは俺たちを広い部屋に案内すると、食事の用意を伝えに行くと言って離れていった。
この部屋は応接と食堂を兼ねるようなところで、家庭で使うには大きすぎるテーブルと多めに椅子が置かれている。
「こういうのもあれですけど、食堂探しの手間が省けましたね」
「そうだな。初めて来た町だと悩むところだよな」
「私の口に合う料理だといいけれど」
「ははっ、そうですね」
アデルの基準は高いので、それを家庭料理で超えるのは厳しいかもしれない。
ただ、こんな屋敷に住んでいるのなら、クオリティの高い料理が出てくる可能性はありそうだ。
どんなものが出てくるか期待するようなアデル、お腹を空かせた様子のハンクを横目に見ながら、イザックが戻ってくるのを待った。
時折、二人と会話をしながら待っていると、イザックが部屋に戻ってきた。
その手には料理の乗った皿があった。
「お待たせしました。屋敷の使用人と料理を並べていきます」
「町長自ら運ぶんですね」
「使用人の数が限られているため、わたしも手伝っている次第です」
自ら率先する様子を見て、彼への印象がいくらかよくなった。
使用人と一緒になって、テーブルに皿を並べている。
そんな様子を眺めるうちに、完成した料理が用意された。
「贅沢ではありませんが、この辺りで採れる食材で用意させて頂きました」
「これは美味そうだな」
「素朴でも味がよければいいんじゃない」
アデルとハンクはお気に召したようだった。
ちなみに俺の目からも美味しそうに見えた。
「簡単にご紹介しますと、こちらが川魚のグリル、野菜のスープ。主食のパンは使用人が手をこめて焼いたものです」
たしかに豪勢というわけではないが、質素ながらもクオリティが高いように見える料理の数々。
これで美味しくないということはないだろう。
「フェルンを訪れる旅人は多くないので、わたしもご一緒しても?」
「いいと思いますよ」
「ああっ、構わないぜ」
最後にアデルが頷き、イザックも同席することになった。
「お待たせしました。召し上がってください」
「ではでは、いただきます」
俺は手元に用意されたナイフとフォークで、まずは川魚のグリルを食べ始めた。
見た目からしてマスの一種であることが分かる。
この手の魚を焼いたものがまずいということは考えにくい。
手にした食器を駆使して、皮と身をほぐしながら食べられる状態にしていく。
十分に火の通った薄い桃色の身を、フォークに刺して口へと運んだ。
「うん、美味しい」
「あら、ほとんど臭みがないわね」
「皿に添えられたレモンを絞ると酸味が効いていい感じだ」
俺たちが感想を述べると、イザックはうれしそうに微笑んだ。
「なるべく、脂の乗ったものを選びましてね。気に入って頂けてよかった」
「これは近くの川で採れたものですか?」
「わたしや町の者が釣ったものです。娯楽が多くないので、釣りや狩りに出向くことが多いのですよ」
イザックの話は納得できるものだった。
バラムも娯楽はそこまで多くないので、趣味で行うことの定番は決まっていた。
町を流れる川はそれなりに大きいのだが、バラムでは釣りを楽しむ人は少数派だと思う。
「このスープも美味しいわね」
「その野菜も町の近くで採れたものです。農業と牧畜が盛んなので、野菜や乳製品には困りません」
「おおっ、このパンもいい感じだ!」
「うん、美味しいですね」
「変化の少ない毎日なので、皆さんと食卓を囲めて楽しかった。わたしは少し席を外します」
イザックはすぐに戻りますのでと言い添えて、部屋を離れた。
俺たちはそのまま食事を続けた。
三人とも用意された食事を平らげたところで、イザックが戻ってきた。
「食事がお気に召したようで何より」
彼は空になった食器を見回して言った。
「ごちそうさまでした」
「ワイバーン討伐の謝礼をご用意しましたので、お渡しします」
イザックは小ぶりな布袋をテーブルの上に乗せた。
距離が一番近いのアデルだったので、彼女がそれを手に取った。
アデルは中身を確かめるように袋の中を覗いた。
「私にとってこの金額は大したものではないけれど、この町の規模だとそれなりの金額ではないかしら?」
「いえ、そこまで無理はしておりません。それと……」
「「「それと?」」」
イザックが言い淀んだため、俺たち三人の続きを促す声が重なった。
「は、はあ、実はワイバーンよりも厄介なモンスターがいまして……」
「――えっ?」
予想外の発言に驚きを隠せなかった。
イザックは顔色を変えて、難しい表情をしていた。
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