辺境フェルンの町
俺たちは町の入り口近くまで移動してから馬を下りた。
歩きながら馬を引くかたちで入り口に到着すると、外側に馬を係留できる場所を見つけた。
「……馬が一頭もいないなんて、町の規模にしてはずいぶん閑散としてますね」
そこに馬の気配はなかった。
バラムの町ならば日常的に出入りがあり、誰かしらの馬がいる印象だ。
「私もここを使うのは初めてだから、何とも言えないわ。地理的にエルフの村から出発すると通過地点になるのよ」
「けっこう使いこまれている様子からすると、何かの事情で使ってないか、夕方以降は馬を置かねえとか。何か理由がありそうだな」
アデルとハンクの二人も、俺と同じように立ち止まったままだった。
馬の旅の足としての価値を考えたら、代えの利く道具のような扱いはできない。
町の宿屋で一夜を明かす以上、一定の管理ができる状態にしておきたかった。
三人で判断のつかないような状態でいると、一人の男が通りがかった。
その男は四十代ぐらいで、俺たちに話しかけてきた。
「おっ、旅の人かね。ようこそ、フェルンへ」
フェルンとは町の名前のようだった。
そういえば、まだアデルから聞いていなかった。
「あのー、すみません。馬を留めておきたいんですけど、この町の人は夕方以降は厩舎に馬をしまう習慣でもあるんですか?」
「地元の者でなければ知らないだろうね。最近、この近くにワイバーンが現れるようになったんだよ。噂では暗殺機構に飼われていたものが逃げ出したらしい。繋がれた状態の馬なんか格好の食料になってしまう。少し前からそこは使わないんだ」
暗殺機構という単語を耳にして、身体に力が入るのを感じた。
ただ、今回は間接的にしか関係していないようだ。
「じゃあ、ここに留めるのはまずいですね」
「悪いことは言わん。厩舎が使えるように口添えするから、そちらへ馬を入れるようにしなさい」
「ご親切にありがとうございます」
「息子が冒険者の仕事に精を出していてね。あんたたちみたいな人を見たら、力になりたいと思っただけさ」
それから、男はトマと名乗り、馬を引いてついてくるように言った。
俺たち三人はトマに続いて、フェルンの町へと入った。
遠目に見たこの町はそこそこ栄えているように見えたが、入り口周辺は取り立てて何もなかった。
民家や店などが立ち並ぶのは中心部に近いところのようだ。
四人で歩いていると、徐々に周りに建物が増え始めた。
するとそこで、トマが足を止めた。
「普段、町の人間は盛り場の方まで馬を連れて歩くことはなくてね。厩舎が使えるように話してくるから、ここで待っていてくれるかい」
「はい、もちろんです」
地元民である彼の言うことは理解できた。
バラムでも荷馬車を入れなければいけないなどの理由でもない限り、市場があるような中心部で馬を歩かせるような人を見ることはない。
トマがどこかへ歩いていった後、アデルとハンクと話し始めた。
「何だか流れで代表して話しちゃいました」
「いや、構わねえよ。それにワイバーンのことが聞けてよかった」
「私はこの馬が食べられでもしたら、そのワイバーンを地の果てまで追いかけるわ。それぐらい気に入っているのよ」
「ははっ、頼もしいですね」
半ば冗談だと思うが、アデルの魔法なら簡単にワイバーンを倒せると思った。
さらにハンクがいることも考えれば、十分に討伐は可能なはずだ。
三人で談笑しているとトマが足早に戻ってきた。
「待たせたね。まだ空きがあるようだから、使っても大丈夫だそうだ」
「ありがとうございます。厩舎の管理はギルドですか?」
「いや、この町にギルドはないよ。冒険者になった息子も別の町で暮らしている」
「あっ、なるほど」
「それで厩舎は町の近くで牧畜を営む人のものだよ」
トマが厩舎へ向かうように促したので、俺たちは彼に続いて歩き出した。
フェルンの町の路地に夕日が降り注ぎ、地面が夕焼け色に染まっている。
「ギルドがないとなると、ワイバーンを追い払うのは大変じゃないですか?」
先ほどの会話で気になった点をトマにたずねた。
「そこまで小さな町ではないし、元冒険者みたいに腕に覚えのある者はいるんだよ。ただ、討伐できるわけもなくて、何度か町の近くを飛ぶもんだから、町は王都に遣いを出したところだね」
「ここからメルツは遠くないと思いますけど、この町はランス領ですよね」
「その通り。君たちはどこから来たのかな」
「ここから離れた町のバラムからです」
俺の言葉を聞いた後、トマに考えるような間があった。
だいぶ距離があるので、聞き覚えのない地名なのだろう。
「そこまで遠くに行ったことがなくて分からないね」
「気にしないでください。俺もフェルンを知ったばかりです」
トマと話しながら町の外れの方に歩いてくると小屋のようなものが見えてきた。
「あそこが厩舎だよ。空いているところはどこでも使っていいそうだ」
「はい、ありがとうございます」
俺たちは馬を引きながら、厩舎の中に入った。
屋内の様子を眺めると何頭かの馬が繋がれている状態だった。
「マルク、馬の係留はできそうか?」
「前にやったことがあるので、大丈夫です」
ハンクが気遣ってくれたが、無難に一頭分のスペースに収めることができた。
俺とハンクの馬は従順だったが、アデルの馬は元気が有り余っていて、乗馬に慣れていそうな彼女でも少し時間がかかった。
ワイバーンの件は気にかかるところだが、ひとまず馬を係留する場所が見つかって気分が落ちついた。
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