ドラゴンの味を確かめる
徐々にドラゴンの切り身に火が通り、鳥のむね肉を加熱したような焼き上がりになった。
鉄板の周りには肉の焼ける匂いと煙が漂っている。
俺は取り皿を厨房から運び、テーブルの上に並べておいた。
ジョゼフのナイフとフォークは使用済みだったので、自分の分を用意しながら新しいものに取り替えてある。
「うむ、焼き加減はこんなものか」
ジョゼフは焼き上がったドラゴンの切り身を皿に乗せていった。
きれいな焼き目がついているものの、下味をつけていない状態だった。
「味つけはどうしましょう」
「塩で食べよう。料理屋ならあるだろう?」
「はい、もちろん」
俺は再び厨房に向かい、脂の少なそうな肉に合いそうな塩を選んだ。
ジョゼフのところに戻ると、塩の入った容器をテーブルに置いた。
「そのまま振りかけられる容器なので、お好みで使ってください」
「いつもは塩焼きにすることが多くてな。さっき食べたタレでも美味しいかもしれないが、まずは塩で食べたいんだ」
「じゃあ、俺も塩で食べてみます」
取り皿の端に塩を振りかけた後、切り身をフォークに刺して少しつけた。
加熱されたドラゴンの肉は柔らかく、やはり一番近いのは鳥の肉だと思った。
焼きたての香ばしい匂いを鼻で吸いながら、慎重にフォークを口へと近づけた。
「……あっ、なるほど。こういう味なんですね」
口に含んだ後、食味も鳥肉に近いという印象だった。
ジョゼフの鮮度管理がいいのかもしれないが、ほとんど臭みは感じられない。
そこまで筋ばったわけでもなく、難なく嚙みきれる。
「まあ、こんなもんだな。あんまり大きくなると味は落ちるし、倒すのが大変になる。この辺りのやつが最良だろう」
ジョゼフはナイフとフォークを器用に操りながら、次から次に食べ進めている。
切り身はたくさんあったが、一つずつが大きいので二枚食べたところでお腹が膨れた。
「貴重な味をありがとうございました」
「あっ、もういいのか? 食べないなら残りはわしが食べるとするか」
先に焼肉を食べたわけだが、ジョゼフはドラゴンの肉もなかなかの量を完食した。
「ところで、ドラゴンを捕まえるのはかなりの腕前がないと厳しいですよね」
「うーん、そうだな。冒険者ならSランク。魔法使いなら大魔法使いと呼ばれるような実力がないと、高確率で返り討ちになること間違いなしだ」
「Sランクとなると国外含めても数える程度しかいないと言われているので、かなり難しいということは分かりました」
ハンクの顔がよぎったが、彼ならドラゴンさえも打ち倒せるような気がする。
「わしに同行するなら、見学ぐらいはさせてやってもいいが、この後は離れる予定だからなあ」
「いえいえ、危険が伴うことなので無理は言いません。これを仕入れることができたら目玉メニューになると思ったので」
「お前さんも商売人だな。その意気は気に入った! 特別にドラゴンが生息する場所を教えようじゃないか。何か書くものを貸してくれ」
ジョゼフに促されて、店の中から紙とインク筆を持ってきた。
彼はテーブルの上で地図のようなものを描き始めた。
「縮尺の規模がだいぶ広いですね。ここがランスで……こっちはロゼルかな」
「おいおい、ドラゴンが人里の近くにいたら危ないだろう。山の奥深く、平地でも人が来ないようなところにいるもんだ」
ジョゼフは少し大げさにも見える反応を返した。
会話をしながらも筆を持つ手は動いている。
「ああっ、それはたしかに」
「主要都市じゃないこの町にはいないと思うが、腕利きの冒険者が見つかったら、そいつと行ってみるといいんじゃないか」
ジョゼフは親切心で教えてくれているものの、本当に行くとは思っていないことに気づいた。
とはいえ、地図を渡そうとするところはありがたかった。
作成の熱の入れようからして、でたらめな位置を書いていることはないだろう。
「確認なんですけど、Sランク冒険者ぐらいの実力があればドラゴンと戦っても大丈夫なんですよね? Sランクなら小型のドラゴンを倒せる程度と聞くことはあっても、実際に対峙した人の意見の方が参考になると思って」
ハンクの存在は重要なので、あえて話さないことにした。
ジョゼフを信用していないわけではないものの、初対面で何もかも打ち明けるのは無策でしかないと考えた。
「ああっ、それはあくまで目安だ。Aランクでも倒せるやつはいるかもしれない。ただ、『かもしれない』でドラゴンと対峙するのは命取りになる。だったら、確実に倒せるという意味でSランクだ。そこまでのレベルになれば、危機回避の能力も頭抜けてる分、不測の事態になっても逃げきれるはずだ」
「――根本的な認識を見直すべきだと気づきました。相手が規格外だからこそ、確実に生き延びることを意識しないといけないということですね」
これまでに多少の危険は経験してきたものの、ジョゼフの言わんとすることはその上の基準であると考えさせられた。
自分一人では絶対に不可能であると突きつけられるような感覚だった。
「お前さん、料理人にしては話の理解がやけに早いな。元々は冒険者か?」
「あっ、はい。Cランクまではいけました」
「ギルドの規模やレベルにもよるが、悪くはないんじゃないか。ただ、ドラゴンに近づくのは無謀だな。はははっ」
ともすれば皮肉に聞こえかねない言葉だった。
ただ、ジョゼフは嫌みのない人柄なので、気遣いが根底にあると理解している。
「せっかく書いてもらったので、この地図はありがたく受け取ります」
「そうか、喜んでくれたなら書いた甲斐があるな」
俺は手にした地図をまじまじと見つめた。
ここからずいぶん離れたところに竜のマークが記されていた。
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