レア食材の商人
ジョゼフが食材を扱っていると聞き、飲食店を経営する者として好奇心が湧いた。
「どんなものが中心なんですか?」
「まあ、その日によって色々だね。仕入れの状況に左右される」
ややもったいぶるような感じを受けた。
大っぴらにはできない珍しいものを取り扱っているのかもしれない。
「もしかして、その袋の中に売り物が入っているとか」
俺はジョゼフの荷物に視線を向けて言った。
「この町に来る前にほとんど売れてしまってな。商売のためじゃなく、物見遊山に立ち寄っただけなんだ」
「食事前に色々とすみません。興味が湧いてしまって」
「いやいや、質問は大歓迎。わしが食べ終わったら、また話そうじゃないか」
「はい、失礼します」
俺はジョゼフの席を離れて、空いた席の清掃や片づけを始めた。
しばらくして、ジョゼフが食事を終えた。
本日ラストのお客ということで肉を多めにサービスしたのだが、立派な体格をしているだけあって完食していた。
「ごちそうさま。なかなかいい味だった」
「お口に合ったようでよかったです」
ジョゼフは満足そうな表情だった。
食後を見計らって用意したハーブティーを彼の前に出す。
「今日の肉は脂肪分が多いので、口の中がすっきりするお茶です」
「そうか、これはありがたい」
ジョゼフは湯気の浮かぶカップを手に取り、いくらか中身を口にした。
「……さっきの続きを話しても?」
「おおっ、そうだった。肉に夢中で忘れていた」
ジョゼフは照れ隠しのように頭をかいた。
「どんな食材があるか興味があって、商品を見せてもらうことはできますか?」
「基本的に店を開く時以外は見せないんだが、肉が美味かった礼に見せてあげよう」
ジョゼフはよっこらしょっと席を立ち、地面に置かれた布袋を手にした。
行商するには大きさが小ぶりにも見えるので、どこかに馬を止めて他にも荷物があるのかもしれない。
「この肉なら見せても問題ないだろう」
「……これは?」
ジョゼフは布と紙を混ぜたような包みにくるまれたなものをテーブルに置いた。
包みが解かれると中からは見たことがないものが現れた。
「アークドラゴンの尾っぽの肉だ」
「へっ、ドラゴン!?」
名前を聞いてもピンとこないのだが、竜種というだけで衝撃を受けた。
「ほれ、身が乾燥しないように鱗が残してある」
「……本当だ」
切り株のように太い肉の周りに、トカゲの鱗を大きくしたものがついている。
「それと製法は秘密だが、この布は特殊な素材で作られているから、肉の鮮度が落ちにくい」
ドワーフの技術で作られたものなのだと判断した。
見ただけでは材料も作り方も何もかも分からない。
精肉店のセバスがこれを知ったら、きっとほしがるだろう。
「アークドラゴンは地竜の一種で、空が飛べないからかろうじて仕留めることができる」
「えっ、自分で倒したんですか?」
「ああっ、そうだ。ただ、飛竜はすばしっこい上に空に逃げるから無理だがな」
「尾の部分というのは分かりましたけど、この太さだとまあまあの大きさですよね」
「まあ、これは若いから、そこまでの太さじゃない」
ジョゼフはそう言って、肉をペチペチと手の平で軽く叩いた。
ドワーフなので身長はそこまでないものの、腕にはすごい筋肉が見える。
「ちなみにどんな味がするんですか?」
「自分で食べるつもりだったんだが、ちょうど鉄板があるし食べてみるかい」
「えっ、いいんですか」
予想外の申し出に胸が躍るのを感じた。
ドラゴンの肉の味など想像もつかない。
「言葉で説明するより食べた方が早いと思ってな」
続けてジョゼフが包丁を貸してほしいと言ったので、厨房からまな板と一緒に持ってきた。
「切れ味のいい普通の包丁なんですけど、これでいけますかね」
「尾っぽの部分に骨はなく、軟骨だけだから問題ない。それに意外とドラゴンの身は柔らかいんだ」
ジョゼフはテーブルに置かれたまな板の上に、肉や魚を捌くような感じでアークドラゴンの尾の部分を乗せた。
誰に話したとしても、ドラゴンの一部がまな板に乗っている状況を信じてもらうのは難しいだろう。
ジョゼフは尾の部分を切り分け始めていた。
筋骨隆々な外見に反して、繊細に包丁を扱っている。
彼の手捌きを観察していると、数枚の切り身がまな板の脇に並んだ。
「わりと薄めに切るんですね」
「いつもは丸ごと串に刺して直火で焼くんだが、鉄板の火力で火を通すにはこれぐらいがちょうどいい」
「なるほど、肉と同じで生焼けを防ぐということか」
切り身のひとつを手に取ってみた。
鳥の肉と白身魚を足して二で割ったようにも見える。
「じゃあ、この鉄板で焼いてみようじゃないか」
「はい、そうしましょう」
鉄板はジョゼフが使い終わった後だったので、手早くきれいにして油を引いた。
それから、サスペンド・フレイムで焼き台に火を入れた。
「火種がないのが不思議だったが、やはり魔法の炎だったか」
「炭がとても貴重なので、この方法を思いつきました」
「たしかになかなか手に入らんな。石炭で肉を焼くわけにもいかんだろうし」
ジョゼフは興味深げに焼き台の中を覗きこんでいた。
次第に鉄板の温度が上がって、肉を乗せ頃のタイミングになった。
「そろそろ、乗せましょうか」
「ドラゴンを焼いたことはないだろうから、わしが焼かせてもらおう」
ジョゼフは愉快そうに笑い、トングでドラゴンの切り身を鉄板に乗せた。
脂肪分は多すぎないようで、そこまで脂が飛ぶ感じはなかった。
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