ドワーフの来店
ジャンの店に立ち寄った翌日。
アスタール山に拠点を設営した老人について報告するべく、ギルドを訪れた。
朝の時間帯は依頼の対応でギルド全体が忙しいので、昼下がりの時間を選んだ。
店の営業はジェイクが王都に戻る準備をするということで休みにしてある。
ギルドの建物に入って、ギルド長ビクトルの部屋をたずねると在室だった。
「おやっ、律儀に報告来るとは君らしい」
「言うまでもないと思いますが、アスタール山の件についてです」
正面で椅子に座った状態のビクトルは、ゆったりした構えを見せている。
バラム周辺に危険なモンスターが現れることは少なく、非常事態になることは稀だった。
余裕すぎるようにも見える振る舞いは、そのような背景が影響していることは容易に想像できた。
彼だけが悪いわけではないとしても、もう少し緊張感を持った方がいいと思った。
「では早速、聞かせてもらおうか」
「アスタール山の老人ですが、魔法を研究しているだけで近隣住民に危害を加えるつもりはないと本人から聞きました」
こうして話していると、過去にビクトルに報告した時のことを思い返す。
今回はあいさつも兼ねて彼を訪ねたものの、冒険者が通常の報告をする時は受付に話すことがほとんどだった。
数少ない「ギルド長への報告」を行う時は気が重くなるような内容が多かった。
「アスタール山の入山許可はどうなる? 本人が出向くつもりはないのか」
「それなのですが、バラムの冒険者を前にしては委縮してしまうということで、俺に許可を取ってきてほしいと頼まれました」
ほとんど出まかせだが、ビクトルを納得させるにはこういう切り口が有効であることは経験則から理解している。
「ほう、そうか。地元の者ではないよな」
「はい、どこかから流れてきたようです」
「そうか、辺境のギルドの名が通っているとはうれしいことだ。そうだな?」
「はい、もちろんです」
ビクトルは事務官というよりも武人寄りな人物なので、意外とちょろいところがある。
直接戦闘になれば、こちらに勝ち目はないと思うが。
「萎縮する者をさらに震え上がらせるようなことをすれば、バラムのギルドの名が落ちる。入山許可の件は不問にしよう。元冒険者の君が確認したのなら、我々がわざわざ足を運ぶつもりもないだろう」
「はい、承知しました」
ビクトル本人が出向くわけもなく、ギルドの貴重な人員を割きたくない事情もあるだろうと推察した。
「ところで、店の経営は楽しいのか?」
ビクトルは緊張感のない雰囲気だったが、さらに表情を緩めて話し出した。
俺が現役の冒険者でないこともあり、緩みっぱなしのように見えた。
「はい、楽しんでます」
「そうか、引退後は自分の店を持つというのもいいかもな」
ビクトルは遠い目をして言った。
こんな雰囲気でも現役時代の彼はすごかったらしい。
「引退されたら、代わりの人材を見つけるのが大変じゃないですか」
「ふむ、それはあるよな」
バラムの冒険者に荒くれ者はいないものの、実力主義なところはあるため、ギルド長に適任な人物はビクトルのように腕っぷしが強いことが前提だった。
それなりに責任も伴うことから、誰でもできるわけではなかった。
「では、俺からの報告は済んだので失礼します」
「気が向いたらまた来てくれ」
「はい、また顔を出します」
俺は部屋を出て、ギルドの建物を後にした。
それからしばらく経ったある日。
俺は一人で自分の店に立っていた。
ジェイクは必要な知識を身につけて王都に旅立ち、今までと同じように営業している。
これまでの常連客は引き続き通ってくれているが、ジェイクの味を求める層は足が遠のいてしまい、自分の力の無さを感じることもあった。
そんな状況でも一定の客数は維持できており、十分な利益は確保できている。
目の前のお客に集中して対応するうちに、いつの間にかピークの時間がすぎて店は閑散としている。
食器の片づけが済んで店じまいにしようと思ったところで、ふらりと立ち寄る人影が目に入った。
「あっ、いらっしゃいませ」
「もう店はしまいかな?」
その姿――ドワーフを目にすることが珍しく、質問に答えるよりも相手を見る方に意識が向いてしまった。
失礼がないように視線を定めると、何ごともないように答えた。
「まだやっているので、よかったら食べていきますか」
「それではそうさせてもらおう」
ドワーフの男を席に案内した後、今日のメニューの牛ロースとバラ肉の盛り合わせとタレ、食器などを給仕した。
食べ方の説明をするために、そのまま席の近くに残った。
「ほほう、肉の焼ける匂いの正体はこれだったのか」
「けっこう遠くまで匂いがするみたいですね」
「そして、この道具で肉を鉄板に乗せて焼くというわけだ」
ドワーフの男はずいぶん理解が早かった。
以前に食べたことがある可能性は少ないと思うが。
「どこかで食べたことがありましたか?」
「いや、これは見れば分かるだろう。人族と我らドワーフでは道具への理解力が異なるから、そういう反応になるのも分からんでもない」
ドワーフの男は興味深そうに鉄板と焼き台に目を向けている。
初めて会話をする種族だが、わりと話しやすそうな人に見えた。
「店主のマルクです」
「ああっ、わしはジョゼフ。各地を旅しながら食材の商人をしている」
「行商人はけっこういますけど、食材専門の人は珍しいですね」
「そうだろう、そうだろう」
ジョゼフは自分の仕事に誇りを持っているように感じられた。
俺の言葉を前向きに受け取ったようで、上機嫌な表情を見せている。
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