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ジャンとの思い出話

 マロングラッセを味わいながら、三人で雑談を続けた。

 アデルとジャンは会話の途中で自己紹介を済ませていた。


「アスタール山に魔法使いの老人がいてね。なかなか面白い人だったよ」


「人づてに変わったじいさんがいると聞いたな。マルクは会ったのか?」


「この栗をくれたのはその老人なんだ。気は短いと思うけど、魔法の研究をしているだけだから」


 ギルドへの報告を老人に頼まれたので、悪い印象にならないように気を遣った。

 ジャン経由でギルド長の耳に入る可能性もある。


「そういえば、王都の方では暗殺機構の件で騒ぎになってたらしいけど、こっちは辺境なせいかいつも通りだったな。エスカの話ではマルクは王都に行ってたのか?」


 ジャンは老人の話にそこまで興味が湧かないようで話題を変えていた。

 

「ああっ、しばらくね」


「王都はどうだった? やっぱり栄えているのか」


 ジャンは興味深そうにたずねた。

 バラムに住む者ならば大なり小なり王都への憧れはあるものだ。


「聞いていた通りに立派な街だったよ。街自体が大きかったし、人も店もずいぶん多かった」


「そうかあ、いつかは行ってみたいな」


 ジャンは遠い目をしていた。

 俺は馬車を用意してもらえたからよかったが、一般人がバラムと王都を馬車で往復しようとすると手の出しにくい金額になる。


「話が盛り上がったところで悪いけれど、このお店は食事も出せるのかしら」


「それはもちろん。今日のおすすめはトマトと鶏肉の煮こみだ」


「美味しそうね、それをお願いするわ」


「じゃあ、俺も一つ」


「はいよ、ちょっと待ってくれ」


 ジャンは席から立ち上がり、カウンターの向こうのキッチンに移動した。

 テキパキとした動作で食器を用意したり、鍋に火をかけたりしている。


「アスタール山を往復してけっこう歩いたので、お腹が空きますね」


「そうね、時間も夕食時だし」


 席に座ったまま待っていると、注文した料理はすぐに出てきた。

 樽のテーブルの上に皿が二つ、スプーンは煮こみの中に浸かった状態だった。


「けっこう早いね」


「先に調理を終えたものを温めるだけだからな」


「では、食べさせてもらうわ」


「ああっ、どうぞ」


 俺は添えられたスプーンでスープを口に運んだ。

 じっくり味わうと具材の旨味が出ているのを感じた。

 鶏肉やタマネギなどの具を口にすると、とろけるような優しい感触だった。


「ジャンの料理がここまで美味いとは意外だったな」


「これはおふくろのレシピを使ったから、自分で工夫したところはないに等しいんだ」


「ははっ、正直なんだね」


 アデルの方を見ると口に合ったようで、味わいながらスプーンを運んでいる。

 味に正直な彼女なので、美味しくなければ食事が進まないので分かりやすい。


「とても素朴でいい味が出ているわ」


「それはうれしいね。美食家様に評価されたとあれば、うちのおふくろも喜ぶはずさ」 


 アデルに味を認められたことで、ジャンはさらにご機嫌な様子になった。

 カウンターに肘をついて、分かりやすい笑みを浮かべている。

  

「ところで、二人はマルクが冒険者をしていた頃から知り合いなのかしら」


「はい、そうです」


「ああっ、そうだな」


 アデルは美食以外への関心は薄いように感じていたが、彼女と知り合ってそこそこ経つので、多少はこちらに興味を抱くようになったのだと思われた。


「店を始めてからのマルクしか知らないから、冒険者の頃はどんな感じだったか聞いてみたいわね」


「うーん、そうだなー。今もそうかもしれないが、冒険が好きなのはよく分かったな。あとは店のために資金を貯める意思が固かった」


「俺だけじゃなくて、冒険者はみんな冒険好きじゃないか」


「ははっ、それもそうだな。野山を駆け回ったり、いきなりモンスターに遭遇したりする稼業だから、好きじゃないとやってられないな」


 途中からジャンの話が混じっている気もするが、ほぼ同意できる意見だった。

 危険と隣り合わせな中で充実感が得られる側面があった。


「何だかいいわね。あなたたちの関係。親友とは少し違うけれど、利害関係だけでなくて、気持ちが通じ合っているみたいで」


「お嬢さん、上手いこと言いますな。たしかにおれとマルクは気の合う冒険者仲間なんだよ。依頼をこなさないといけない立場でもあるから、友だち同士ってわけにはいかない。時にシビアな判断が必要なこともあるんだ」


「すごい。ジャンが熱く語り出した」


「おしっ、何だか盛り上がってきた」


 ジャンがカウンターの中でごそごそと動き出した。

 こちらに背を向けた状態で声が飛んできた。


「ええと、マルクは飲めるよな。美食家のお嬢さんはお酒はいける口で?」


「ええ、飲めるわよ」


「気分が上がってきたから、ワインをサービスさせてもらうぜ。まあ、おれが飲みたいだけなんだけどな」


 ジャンは上機嫌な様子でグラスを用意した後、滑らかな動作でコルクを抜いてワインを注いだ。

 それから、こちらのテーブルに移動してきて、二つのグラスを置いてくれた。

 もちろん、ジャン自身もグラスを手にすることを忘れていない。


「さあ、飲もう……の前に乾杯をしておこうか」


「ジャンと乾杯するのも久しぶりだね」


「ああっ、それじゃあ――旧き友との再会に」


「――新しい店の始まりに」


「――我らの繁栄に」


「「「――祝福を」」」  


 俺たちは同じタイミングでグラスを掲げてから、ワインを口に運んだ。


「よかった、高級なワインじゃないんだ。自分が店をやってるから、そこが心配だったよ」


「そんなに安いもんでもないぜ。そこんとこよろしく!」


 酔っているわけではないと思うが、ジャンは楽しそうな様子だった。

 アデルも場の雰囲気を満喫しているように見えるので、この店に来てよかったと思った。

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

次話から新章が始まります。

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