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ミルザのお菓子

「この栗なんですけど、たくさんあるので分けてもいいですよね」


「ええ、もちろん」


 アデルに確認すると快諾してくれたので、ミルザに栗の入った布袋を差し出した。


「適当にほしい分を取ってもらえるかな」


「それじゃあ、お言葉に甘えて」


 ミルザはいくつか見繕いながら栗を取り出すと、店の片隅に置いた。

 

「ちょうど忙しい時間に来てしまってごめんよ」


「全然大丈夫よ。妹のクロエがいるから」


 ミルザが視線で示した方向にクロエの姿があった。

 二人とも黒みを帯びた茶色い髪で雰囲気も似ており、すぐに姉妹だと分かる。

 クロエは慣れた様子でお客の対応をしている。

 

「栗のお菓子を持ってくるから、ここで少し待ってて」


「分かった」


 ミルザはこの場を離れて、取りにいってくれた。

 少しの間待っていると、彼女は両手に収まる大きさの包みを手にして戻ってきた。  


「中に栗のシロップ漬けが入っているわ。手がべたつくといけないから、食べる時に開いてね」


「ああっ、ありがとう」


「ミルザ、私からもお礼を言わせて」


 俺が包みを受け取って感謝を伝えると、アデルも同じように言った。

 それを聞いたミルザは明るい表情で喜んでいる。


「アデルさん、よかったらうちの店に来てくださいね」 


「そうね、また寄らせてもらうわ」 


「じゃあ、失礼するね」


「マルク、また会いましょう」


 俺たちはミルザの店を出た。

 日が暮れかかって、少し肌寒いような感じがした。


「せっかくだから、これをどこかで食べませんか?」


「あなたの店でもいいわよ」


「うーん、そうですね。いつもみたいに店の外だと今夜は冷えそうなので、冒険者仲間が始めた店に寄ってみてもいいですか」


「それでいいと思うわ」


「市場の近くにあるので、ここから歩いてすぐのところだと思います」


 俺はアデルを先導して、ミルザの店の前を離れた。

 冒険者仲間――ジャンの店に行くのは初めてで、前に聞いた場所はうろ覚えだった。

  

「たしかこの辺りだったと思います」


「もしかして、行ったことがないのかしら」


「はい、そうなんです」


 だいたいの店は通りに面しているのだが、「その方が冒険者っぽい」というよく分からない理由でジャンは路地裏に店を構えた。


「あっ、あれですね」


 建物自体は住宅と見分けがつかないのだが、店の前に看板が出ていて気づいた。


「いかにもバラムの民家っぽい佇まいね」


「まあ、王都と比べたら歴史を感じさせるかもしれません」

 

 転生前に日本人だった時の記憶からすれば、どちらも西洋風と一括りにされると思うが、王都とバラムでは建物の雰囲気が微妙に異なるのだ。


 俺は店の入り口に近づいて、扉を開いて中に入った。


「こんばんは」


「おっ、マルクじゃないか。ようやく来てくれたか」


 朱色の短めの髪と陽気な表情。

 ジャンの姿を見るのは久しぶりだった。 


「適当に注文はするけど、持ちこみはよかったかな?」


「ああっ、そんな細かいことは気にしないって。好きな席に座ってくれよ」


「お邪魔するわ」


「おわっ、すごい人を連れてきたな……ようこそ、うちの店へ」


 ジャンは大げさにも見える反応でアデルを迎えた。


「どうすごいのか分からないけれど、歓迎してもらえるのはうれしいわね」


「美食家というのは表の顔で、大魔法使い級に魔法が使えるそうで」


 俺とアデルは互いの顔を見合って笑った。  

 どこでそんな噂になったのだろう。


「町ではそんな話もあるんだね。それじゃあ、座らせてもらうよ」


 大きな樽をテーブル代わりにした席の椅子に腰を下ろした。

 

「飲みものはどうする? 時間的にワインか蒸留酒か」


「いや、ミルザから栗のお菓子を分けてもらって。それを食べたいから、紅茶はあるかな?」


「もちろんあるよ。昼間も営業しているからな」


 ジャンは自信のあるような声で言った。


「私も紅茶をお願いするわ。少し寒くなったから温かいので」


「俺もホットにしてほしい」


「あいよ。ちょっと待ってくれ」


 ジャンは飲みものの用意を始めた。

 店の中は空いていて、これから夕食時というところなので気にかかった。


「開店して一ヶ月ぐらい経った?」


「そんなもんだな。客が少ないのは冒険者が忙しいからだ」


「一般の人は店に気づきにくいよね」


「そもそも、そういうつもりだから問題ない」


 店の名前を「冒険者の酒場」にしてあるぐらいなので、そうなのだろう。


「お待たせ。紅茶二つ」


「ありがとう。よかったら、ジャンも食べる?」


「いいのか。ミルザが作ったなら確実に美味いだろ」


 ジャンはそう言って、空いた椅子に腰かけた。


 お菓子の入った包みを開くと、宝石のように輝く大粒の栗が入っていた。

 何かで香りづけをしてあるようで、上品な甘い匂いを感じた。 


「これはマロングラッセね」


「いやー、食べるのがもったいないぐらいきれいだ。皿とフォークを持ってくる」


「あっ、助かるよ」


 ジャンがカウンターの中に入って、食器を持ってきてくれた。

 十個ぐらい詰めてあったので、ちょうど三人で食べきれる量だった。


「それじゃあ、お先に」

 

 俺たちは皿の上に一つずつマロングラッセを乗せた。

 一度に二つ以上取らないところに、アデルとジャンの良心を感じてしまった。


「さあ、食べましょう」


「そうですね」


 フォークに刺して、ゆっくりと口の中に運ぶ。

 じんわりと甘みが広がり、栗の香ばしいような風味が感じられた。


「美味い。こんな上品なお菓子は初めてだ!」


「いい反応ね。たしかに美味しいと思うわ」


「俺も同じです。アスタール山の栗がここまで美味しいお菓子になるなんて」


 そして、マロングラッセの甘さに温かい紅茶が合う。

 ジャンの店の親しみやすい雰囲気も相まって、心からくつろげるような気分になった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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