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竜神沼の夜の向こう  作者: 黒坂 志貴
6/7

居場所

入ってきたのは、女性ばかり3人。

優しく穏やかな笑みを浮かべて、一人ずつ付き添うように寄り添った。

身体を気遣ってくれ、抱きしめてくれる。


すみれは困惑していた。

寄り添い、抱きしめてくれる女性は、4年前に巫女に選ばれた姉に、とても似ている。

けれどもこの女性は、自分より年上だ。

姉とは三つ違いだから、巫女になったのは十四の時。今のすみれよりも、年下だった。

迎えに来てくれたのが姉なら、嬉しかったな。

そんな風に考えていたら、その人は笑顔に涙を浮かべて、とても嬉しそうにすみれの名を呼んだのだ。


自分の身体を見ても触っても、人に触れられても、あまり死んでしまった実感がない。

今いる場所にしても、あの世や黄泉の国と言うよりは、普通に立派な邸宅に見える。

何より、抱きしめられて感じる体温が、どうしても死後にしては違和感があるのに、名を呼ぶこの人の声も眼差しも、姉だとしか思えなかった。


今度は女性が六人、部屋に入ってきた。

三人は食事の膳を持ち、あと三人は新しい着物を持っている。

皆、穏やかな笑みを浮かべ、軽く会釈をしてくれる。

広い部屋の一角に膳を並べ、また別の隅に着物を置いて、その六人は部屋を出て行った。

さくらも、気が付いたあおいも、ぽかんとしながら見守っている。

生贄として竜神に食われたとばかり思っていたけれど、状況が読めないなりに、何故か助かったような気はした。


付き添ってくれる女性に促されるまま、膳の前に移動し食事を勧められる。

安心したのか、とても空腹だったと思い出す。

村では贅沢だった白米に、焼き魚、お浸し、香の物に汁物。

三人とも、恐る恐る手を伸ばした一口だったが、それを飲み下すと、もう箸が止まらない。

温かさが身体の隅々まで染み渡り、生きている事を実感する。


嵐のようなあの状況で、どこの誰が助けてくれたのだろう……?

そして、ここはどこなのだろうか?

その疑問に答えてくれたのは、すみれを抱きしめていた女性、間違いなく、姉のあやめだった。


ここは竜神の屋敷で、村のあった場所と少し違う世界だそうだ。

神域とされる、山の沼から頂上までと、竜神の意思でつなぐことが出来る。

普段は別の世界だが、本祭の時だけ巫女を迎えるために竜神自ら出向くのだと。

そう、生贄として差し出された娘たちは、ここで働いているらしいのだ。


食事の後、すみれ、さくら、あおいの三人は、用意された新しい着物に着替え、竜神が待つ部屋へと案内された。

バレても特に問題は無かったのか、あおいの着物は男子用だった。

どれも落ち着いた色合いで肌触りもよく、着心地が良い。

長い廊下を渡り、いくつかの棟を過ぎる間、数人の女性とすれ違ったが、どの人も穏やかな表情で、目が合うと軽く会釈をしてくれる。

見知った者はいなかったが、幸せそうに見えた。


ひと際大きな建物に入り、大きな扉の前に立つ。

重そうに見えた扉は音も無く開き、現れたのは畳の大広間だった。

正面の奥に、大きな椅子に座る女性が一人。向かって右に一人、左に二人の少年が控える。

三人は促されるまま前に進み出て、座るよう言われたので、女性の向かい側に置かれた長椅子に、寄り添うように腰掛ける。

少し緊張したが、恐怖は感じない。

女性が立ち上がると、自分が竜神で、ここの主だと簡単な挨拶をした。

そうして動けないでいる娘たちのすぐ前まで歩み出て、三人まとめて抱き寄せる。

苦労を労い、歓迎の意を表してくれたのだった。



それから三人は、竜神の屋敷で暮らすことになる。

仕事は主に雑用で、炊事や洗濯、掃除など。畑や家畜の世話もある。

どれも村での生活と変わらない労働だったが、ここは衣食住も不自由なく、休みもあった。

希望すれば勉強することも出来たし、人の世に帰りたければ送ってくれるそうだ。

無論、村に戻る訳ではない。

何故かは分からないが、元の村があった場所とは、山を挟んで反対側にある村と交流があり、希望する者は受け入れてくれるらしい。

そこは竜神舞の巫女を出す祭は無く、勉強や、他の町村との交流が盛んなのだとか。


ここでの暮らしは、村よりも穏やかで、居心地が良かった。

三人ともすぐに馴染んで、働くことも楽しくなった。

生贄に選ばれる者は、村や一族から孤立した者が多い。

そのせいか変わった人も多いが、価値観や視点の違う考え方は新鮮だ。

人と関わることが増え、話すことが増えた。よく笑うようになったとも思う。


あんなにも怖かった竜神だが、人の姿でいると「世話好きの陽気なおばさん」だ。

脇に控えていた少年たちは竜神の息子たちで、気さくで働き者だった。

皆と同じように働き、偉ぶることも威圧することも無い。

気持ちが塞いだり、体調が優れない時には、一人になる事も、寄り添って貰うことも否定されなかった。

竜神は、この屋敷に住まう者全ての母のようだと、信頼されているのも頷ける。


ならば、あの祭は何のためにあるのだろう?

そんな疑問が口をついて出たのは、姉と一緒に掃除をしていた時。

たまたま通りがかった人型の竜神に休憩しようかと誘われ、まずい会話を聞かれてしまったかと恐る恐るついていくと、この屋敷では小さな和室に通された。

珍しくテーブルと椅子が置かれていて、その椅子に座るよう勧められる。

そうして部屋を出ていく竜神を、緊張しながら待つことしばし。

盆にお茶と菓子を三人分乗せて戻ってきたので、どう接するのか分からず、姉妹は固まってしまった。


人の姿でいる竜神は、驚くほど普通の人だ。

容姿も並なら、体格も目立ったところが無い。

黒目黒髪、中肉中背。威圧感も無ければ、失礼ながら神々しさも無かった。

装飾品の一つも着けず、長い髪は背に垂らしたまま。

最初に会った時は豪華な着物を着ていたが、普段は同じように働くからか、むしろ主にしては質素な物だ。

緊張感も薄れ、お茶に口をつけながら、不思議な人だと思った。

人のよさそうな笑顔で茶を勧め、自慢の菓子だと饅頭を配ってくれる。

他愛のない世間話と、いくつかの質問をすると、竜神は癖のある方言で語ってくれた。

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