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竜神沼の夜の向こう  作者: 黒坂 志貴
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満月の夜

それぞれが語り終えた後、会話は途切れてパチパチと木のはぜる音が大きく聞こえた。

高くなった満月の光が辺りを明るく照らしているが、山頂に届き、舞を捧げるにはまだ時間がありそうだ。


しばらくすると、話して気が楽になったのか、居場所を無くした者同士で親近感を覚えたのか。

それぞれの表情が少し明るくなって、誰からともなく、お互いの身の上話に驚いたり突っ込んだりしながら、笑っているのが不思議だった。

思えば三人とも、もう随分と長く、誰とも対等な会話をする機会などなかった。

もう生きていられる時間は、それほど残されていないと言うのに、最後はこんなにも穏やかになれるなんて、意外でしかない。


ここは人生で最後の、友達と過ごす居場所かもしれない。

出来れば、もっと違う形で出会って、語り合いたかったけれども。

友にめぐり逢い、楽しく穏やかに迎える最後なら、なかなか良い人生と言えるかも。

それぞれ辛い思いをしてきたのに、愚痴や文句よりも、他愛のない会話を楽しんでいる。

いや、むしろここまで辛すぎたからこそ、笑っていたいのだ。

自分という非力で小さな存在が、愛おしく感じられたから。


そうしているうちに時は過ぎ、月が山頂に近づいた。

たくさん話をして、なんだか心が軽くなったような気がする。

一人が山頂を指さして立ち上がり、残る二人も続いて立ち上がった。

お互いを見て頷きあうと、白い花束を空に捧げ、舞を始める。

月明かりの下、小さくなった焚火の周りをゆっくりと進みながら、同じ振り付けを繰り返す。


小さくなった、火のはぜる音。

時折、遠くの木々を揺らすやさしい風。あちらこちらと、長く短く響く、虫の声。

単純な動作ばかりの舞は、ゆっくりと焚火の周りを回り、何度も繰り返される。

最初に互いに目を合わせて頷き合い、腕の曲げ伸ばしや簡単な足運びをいくつか組み合わせた動作が続き、最後に空に向かって花束を差し出すまでが一巡。

これを、焚火が消えるまで繰り返す。

それ以降の事は、誰も知らない。

見届けた者も、帰ってきた巫女もいないから。


継ぎ足してきた小枝も、全てくべられた。

今、燃えているこの炎が消えれば、巫女の役目は終わるらしい。

せめて最後まで、しっかりと捧げようと、繰り返される度に目を合わせて、力を、気力を振り絞る。

たとえ居場所の無くなった村でも、この舞には、その命運がかかっているのだ。


燃え尽きそうな焚火を、突風が消し去った。

いきなり湧いた雲に、星々も満月も飲み込まれて行く。

ポツリと雨粒が肩を叩いたのに驚き、三人は祠の前で身を寄せ合う。

辺りは真っ暗で、伝わる体温だけが一人ではないと実感できるものだったが、それだけで拭える恐怖ではなかった。

恐ろしすぎて歯の根も合わず、声も出せない。

いや、助けを求めても応える者などいないが、何もせずには耐えきれそうにない。


空に、稲妻が走る。

雨脚はそう酷くないが、踏ん張らないと立っていられないくらい、風は強くなった。

暗闇に慣れた目が、空に大きく動く物をとらえる。

大きく長く、蛇のような巨体が浮いている。

その中央、頭と思われる大きな黒い影の中、光る二つの黄金。

そこまで認識した直後、大きく光る稲妻で、空中から巫女たちを見下ろす、竜神の姿が浮かび上がった。


三人は互いの体に顔を埋めるように抱き合い、竜神の姿を見ることもできずに震えている。

抗う術などあるはずも無く、最後の時を迎えたのだと悟る。

巫女は生贄、ここで竜神に食われて死ぬのだ、と。

噛み砕かれたら痛いだろうな、丸飲みにしてくれるのかな、どちらにしても、一瞬で終るだろうか。

目を開けたら恐怖に耐える自信が無いと、無意識に理解しているのか、目を閉じて抱き合ったまま、その時を待つ。

一瞬、明るい光に包まれたような気がしたが、そこで思考は途切れてしまった。

ああ、思ったよりも痛みを感じなくて良かった……。



ふわりと、温かくて柔らかいものに包まれたような感触がした。

意識がぼんやりとしている。

ピクリと、指先が反応したような気がして、身体を起こそうと試みる。

ゆっくりと自分の上体が持ち上がり、次第に意識がハッキリしてきた。

同時に視界がクリアになっていく。

隣に横たわるのはあおいで、その向こうに起き上がろうとするすみれと目が合った。


ここが「あの世」と言うところだろうか。

もっと雲の上のような、ふわふわとして何も無い空間を想像していたが、意外にも普通の、いや立派な屋敷の部屋のようだ。

30畳くらいはある広間の中央に、ゆったりとした間隔で敷かれた豪華な布団の上にいる。

畳敷きで一方は日差しが差し込むように明るい障子、反対側は四季を描いた襖、残る2つは白い壁。

暑くも寒くも無いのは肉体を失ったからかと思ったけれど、手や足を動かしてみると、感覚が変わったような実感はない。

ふかふかで立派な布団にも触れられるし、自分の顔や身体も、普通に触れられるし感触も生前と変わらなかった。


ここはどこで、自分たちはどうなってしまったのか。

状況が呑み込めないでいると、あおいが目覚めたのと同時に襖が開き、誰かが入ってきた。

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