祭の日
半月くらいで書き上げるつもりが、1か月かかってしまいました。
不甲斐ない事です。
前回は洋風だったので、和風にチャレンジしてみましいた。
なんちゃって竜神伝説、お楽しみいただけると幸いです。
むかし、むかしのお話。
竜神様が棲むという山の麓に、3つの村があった。
4年に一度行われる本祭は、夏の満月の夜。
それぞれの村から選ばれた娘が、竜神を祀る祠の前で舞を捧げるのだ。
村を代表する名誉な役目で、彼女らを竜神舞の巫女と呼ぶ。
今年はその、本祭の年。
広場で輪になり、皆で舞を捧げる例年とは違い、巫女が主役だ。
準備は村ごとに行われ、選ばれた娘たちが事前に会うことはない。
当日ともなると掟に従い、巫女は誰とも口をきくことを禁じられ、ただ黙って準備を進める。
身支度に女が二人、道中付き添う男衆が、祭頭と呼ばれる責任者を筆頭に10名程度。
村人はみな知った顔だが、よそよそしい者、果ては避けるような者までおり、選ばれた娘は、それぞれの村に居場所は無いのだと、突きつけられるようだった。
髪は一つに束ねられ、白い花で飾られた。
着物も帯も白、村ではぜいたく品の白い足袋と草履。
化粧は薄く、申し訳程度に施され、手には白ばかりの花束がひとつ。
午、夏の日差しが眩しい村の入口近くの広場で、長老が出発の合図をする。
祭頭が先導し、娘は板を張りあわせただけの輿に乗せられ、男衆に担がれた。
見送りに集まった村人たちは、ヒソヒソと小声で話す者が少数いるだけで、辺りはしんと静まっている。
輿を担ぐ男衆の息遣いと足音だけが、ただ遠ざかって行った。
時折、休憩を挟みながら、黙々と山道を登る。
木漏れ日に煌めく木々の緑、遠く、近くに響く野鳥の声。
昨日とも、明日とも変わらないであろう穏やかな光景に、娘はいたたまれない気持ちになる。
口を開くことすら禁じられているので、泣き言ひとつ言えなかったが、頬を伝う涙も止められない。
男衆もその様子に気づいていたが、誰も何も言わず、助けの手を差し伸べる者もまた、無かった。
そうして晴れやかな天候とは対照的に、重苦しい空気のまま進み、八合目にある沼が見えてきた。
山の中とはいえ、沼の周辺は開けており、見晴らしが良い。
中央にある小さな島に、人の背丈ほども無さそうな祠が、ぽつんと一つあるのが分かる。
岸に結ばれた真新しい船が静かに揺れていて、辺りに人影は無かった。
まだ陽は高く、3つの村の中では最初の到着のようだ。
さわさわと木々の間を抜けて沼を渡り、心地よい風が吹く。
ここまで登ると、麓に近い村よりも、いく分涼しい。
岸辺に輿を下ろし、祭頭が男衆に小声で指示を出す。
一人が運んできた小箱を、別の一人が小枝の束を差し出し、祭頭が受け取った。
黙ったまま箱の中身を確認すると、娘へと向き直る。
申し訳なさそうに促すと、まだ頬に涙の跡が残る娘は、静かに頷いた。
祭頭が娘を伴い、船に乗る。
ほんの数分で到着する小さな島に降り立つと、わずかな岸辺までの距離が、遠い。
ただ立ち尽くす娘の傍らで、祭頭は黙々と準備を始めた。
事前に手入れされていた祠の周囲には、短い草が少しだけ残っている。
年季の入った石畳は半分土に埋もれ、祠の正面には風雨で丸みを帯びた石の祭壇があった。
酒の入った小さな徳利に、小皿に盛られた塩、竹の皮で包んだ大人の拳大はある白米のおむすび。
それらを祭壇に並べ、少し離れたところに解いた枝を組んで置く。
手際よく済ませると、祭頭は祠と娘に一礼し、一度も口を開くこと無く、船で岸へと戻っていった。
そうして男衆と合流すると、もう一度、全員で娘のいる島へ向かい、深く一礼して山を下っていく。
もう、声を出しても咎める者はいないが、娘はその場で蹲り、ただ岸辺を見ていた。
いくらもしないうちに、別の村の男衆が、娘を輿に乗せてやってきた。
同じように言葉を交わす事もないまま、娘を島に送り、枝の束を置いて祭壇の供え物を済ませると、無言のまま引き返していく。
最後に3つ目の村の娘と男衆がやってきた。同じように無言だったが、組んだ枝に火をつけてくれる。
どこか寂しそうな、憐れむような目で娘たちを見たが、やはり無言のまま一人で船に乗り、男衆を連れて帰って行った。
陽が少し傾き、風がほんの少し冷たくなったような気がする。
焚火の明りと温かさは、僅かな救いになるだろうか。
島には3つの村からやってきた娘が三人だけ、残されている。
薄暗くなった空は澄み、沼に浮かぶ島からは、竜神が棲むという山の稜線がはっきりと見える。
今夜、満月が山頂に届いたら舞を奉納し、竜神様を鎮めるのが娘たちの役割。
山での事故や疫病から村人を守り、豊作を祈願する大役。
けれども明日以降、どの村からも迎えが来ることはない。
名誉だと選ばれた娘たちは、竜神への生贄なのだ。
最初に着いた娘は、やや頬がこけて痩せぎすだが、美しい顔立ちの少女。
次に到着した娘は、長いくせ毛を編んだ大柄な少女で、優しい目が印象的。
最後の娘は、まだ子供の幼さが残る、小柄な少女だった。
もうどの村の人目もないのに、取り乱すこともなく、逃げようとする者もいない。
生贄に選ばれた事実は、3人とも、承知の上だった。
山の頂上に近い沼に浮かぶ島は、小さな祠ひとつで、風を遮るものもない。
陽が落ちると肌寒いくらいで、いつしか娘たち三人は、焚火の側で寄り添っていた。
空には明るく満月が見えたが、まだ山頂に届くまでは時間がかかりそうだ。
ここには同じ立場の者しかいない。
ずっと黙ったまま時が過ぎ去るのを、ただ待つのも耐え難い。
そんな想いを誰しもが抱いたのか、誰ともなく呟くように出した声は、誰のものだったのか。
最初は空か沼についてか、はたまた着物や髪か、焚火か祭壇だったか……。
互いの独り言が会話になり、どうしてここに来ることになったのかと聞かれ、最初に身の上話を始めたのは、一番に着いたすみれだった。
いかがでしたでしょうか?
然7話。既に完結しておりますので、今月中に最後までアップします。
また、お付き合いいただけると嬉しいです。