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月の蘇る  作者: 蜻蛉
第三話 救出
29/50

7

 木立の向こうを歩く男から目を離さず、燈陰は後を尾けている。

 あの男は確かに仲間かも知れない。こうして尾行する意味など無いと言えばそうだ。

 だが、他人にどう見られようが、例え当の皓照がそう考えていようが、燈陰は彼と仲間になった気はさらさら無いのだ。

 今も燈陰は、梁巴が自分の居場所だと信じている。

 梁巴を守る為に共に戦った村の面々が本当の仲間であって、今目の前を歩く男に信頼など殆ど置いていない。

 燕雷という男の気の良さの手前、表面上ではそんな事は出さないのだが。

 ふと、皓照が足を止めた。

 燈陰もつられて足を止める。否。

 進めない。ここから前には。見えない壁があるかの様に。

 足が、動かない。

 思い出す。

 同じ様な事をされた事があった。朔夜に。

 否、月に、と言った方が正確だろうか。

 皓照は木立に目を向けている。

 ざわ、と。

 何かが――空気?風?木々?騒ぎだす。

 目前で何かが起こっている。説明の出来ない、何か。

 木葉が舞い散り、砕け、地に降り注ぐ。

 静かな嵐の中心で、皓照は口を開いた。

「逃げられはしませんよ。ですから姿を見せて戦う事をおすすめします」

 大真面目に馬鹿にしている。

 呆れ混じりに尚も燈陰が見ていると、木立の中から黒い影が落ちてきた。

 どうやら手負いらしく、着地も転がる様な形で、本来のものではないだろう。

 よろめきながら立ち上がる。本当に全身が黒に覆い隠されている。

「私を始末したいのでしょう?あんな出来損ないの子供を使わずに、君が自らやるべきですよ」

「…笑止」

 低く、影は言った。

 そして苦無を構える。

 皓照は――笑った。見る者を凍りつかせる様な笑みで。

「おいでなさい」

 口調はまるで子供に語りかける様。だがそこに込められているのは殺意だ。

 その証に、皓照は腰に差していた長剣をすらりと抜いた。

 影が動く。

 かなりの手練れである燈陰も、見失った程の動き。

 しかし皓照は悠々と立ったまま。

 次の瞬間には派手な金属音が響き渡り、苦無が弾き飛ばされていた。

 続いて鈍い打撲音。

 静止したその場には、相変わらず涼しい顔で立っている皓照と、地に這いつくばって荒い息をついている影。

「…殺さないのか」

 息の合間に影が言った。

 皓照は剣の腹で影を打っていたらしい。

「どうしましょう?あなたの利用価値を今、考えているところです 」

 影は、苦しいながらも、鼻で笑った。

「影の利用価値、か。それは大いにあるだろう」

「おや、そうなんですか?」

「忍はどこの国でも重宝するだろう?」

 じ、と皓照は黒い仮面に目を落とす。

 影は、自分を潅の為に使う様に言っている。

「それは、命乞いと受け取っても差し支えありませんか?」

「ああ。そうだ。死にたくはないからな」

 言っている事とは裏腹に、影の口調は冷静そのものだ。

 皓照は切れ長の目を細めた。

「忍にあるまじき行いですね」

 剣を、浮かす。

「そんな隠密は信用なりません。あなたを使う国など無い」

 浮かした刃を、降り下ろす――

「待て!」

 刃が、止まる。

「戦意の無い奴を殺す必要は無いだろう!」

 足を踏み入れられるぎりぎりの位置から、燈陰が叫ぶ。

「もうそいつは降参しているんだ!捕縛してしかるべき処置をするのが筋だろう!?それが出来なくて何が乱世の終結だ!人道に外れれば誰もついては来ない!」

 皓照はきょとんとした顔つきでしばらく上げた刃を持て余し、切先を下げた。

「親子共々、敵と言えど無用の殺生は嫌いますか…。まあ良いでしょう」

 一人ごちて、地面に向けて剣を振った。

 途端に燈陰を塞いでいた壁が消える。

 たたらを踏みつつ、燈陰は二人の元へ向かった。

「良いんですね?生かして」

 含みのある問い方をする。

 燈陰は考える余地も無く頷いた。

「ま、それならそれで私としても調度良い。ゆっくり拷問しながら訊きたい事の一つや二つあるのでね」

「そんな晴れやかな顔で言うな天邪鬼」

「…あまのじゃく?」

 馬鹿は放っておけとばかりに地面に踞る影に目を落とす。

 影の方もまた、新参者をしげしげと観察していた。

「お前、月の縁者か」

 相手の方から訊いてきた。顔を見て判ったのだろう。

「いかにも俺は実の父親だ。うちの倅が長い事世話になったな。一応、礼は言う」

「ふん…天邪鬼は貴様の方だろう」

「失礼だな。本心だよ。俺をこいつと一緒にするな」

「わぁ…これはまた随分ですね」

「黙っとけ性格破綻野郎め」

 皓照はまた首を傾げているが無視。

「ところでお前、本気で寝返る気なら態度で示せ。少しでもおかしな真似をすれば命は無いぞ」

「当然だ。分かっている」

「ならその不気味な仮面、取って貰おうか」

 影に躊躇の色が見えた。

 冷たく見下しながら燈陰は追い討ちをかける。

「顔も晒せないと言うなら、こちらは信を置く余地も無いな」

「いや、俺は貴様らの心配をしてやっている」

 仮面の奥で笑っている。

「心配だと?」

「それはまたどういった類いの心配でしょう?まさか貴方の顔を見た者は生きては帰れないとか?」

「馬鹿馬鹿しい…。勿体ぶってないで早く取れ」

 しかし影は動かず言った。

「先ずはあの坊っちゃんに顔を見せるのが筋だろう?何せ我々は五年近い付き合いだ。奴の前ならこの仮面、取ってやっても良い」

 燈陰は皓照に視線をやった。

 皓照は相変わらずの涼しい顔で頷く。

「良いでしょう。どうせ彼の元へ連行せねばならないのですから。本人確認が要りますからね」

「そうだ。ただし」

 影の漆黒の仮面は燈陰へ向く。

「後悔する事になるやも知れんがな」

 眉をしかめ、少し考え。

「言っている事が分からんな。…だが見れば分かるだろう。ただの脅しに過ぎん事も。さっさと行くぞ」

 影を立たせ、三人で来た道を辿った。


 表立って立ち歩くのを躊躇っているうちに、朔夜は浅い眠りに落ちていた。

 こんな時は必ず嫌な夢を見る。

 ほんの数十分の間、しかし悪夢を見るには十分な時間だった。

 暗い戦場で誰かに斬られた。

 その瞬間に目を覚まし、上がった息をつく。

 冷や汗が頬を伝う。髪が汗で顔に張り付いて気持ち悪い。

 斬られる前の映像は、思い出せない。

 ――どうせ夢だ。

 自らに言い聞かせる。

 それが、現実だったかも知れない事は分かっている。

 大抵の悪夢は、過去にこの目で見てきた事だ。

 しかし記憶は薄い。その瞬間が過去にあったという事だけは分かる。だがそれ以上は思い出せない。

 受け止めるのが重くて。

 出来るなら忘れる事にしている。毎度毎度、正面から受け止めていたら精神が持たない。

 現実で精一杯だ――現実すら、受け止めようとはしていないかも知れない。

 多くの人を傷付け、憎まれ、誰も守れずに。

 今も耳から離れない、繍の民の怨嗟の声。

 思い出して、まだ、愕然とする。

 そんなに、俺は、この世に存在してはいけない人間なのか――

 否。

 乾いた自嘲。

 そんな事を問うのは、今更だ。

 自分で分かっていた事ではないか。俺はこの世に生きていてはならない。

 それを今更、他人に言われたからと言って――

 口元の、毒気のある笑いが掻き消える。

 今度は、呆然と。

 胸の痛みを感じながら。

 押し潰されそうになって、手は懐を探った。が、目当ての物は無い。

 千虎の短剣。

 ああ、在る訳無いよな、と。

 絶望が頭を冷やして、全てを奪わた事を思い出した。

 ――華耶を救える刀は、俺にはもう無い。

 薄く目を閉じる。

 どうしてまだ、生きているのだろう。

「おい、朔夜?」

 扉が開き、燕雷が入ってきた。

 珍しく緊迫した顔を視界に入れる。

「どうした?」

「それはこっちの台詞だ。顔色悪いぞ?」

「やっと生き返って絶好調な訳無いだろ。それより、何かあったんだろ?」

 燕雷は頷き、言った。

「皓照と燈陰が帰ってきた」

「…影は!?」

「一緒に帰ってきた」

「…は…?」

 まるでこの口振りは、三人仲良く家に帰ってきた様だ。

 朔夜の戸惑い顔に苦笑して、燕雷は皓照からの伝言を口にした。

「顔を見て欲しいとさ。本人確認の為に」

「…そんな事言われても…。奴の顔なんか見た事無いし…」

「あ、因みにこの辺りをうろうろしてたのはそいつ一人だそうだから、遠慮無く出て来いってさ」

「遠慮じゃねえだろ…」

 気だるく寝台の上に起き上がる。

 好き勝手に跳ねる長髪を束ね、胸の下まで開いた衿を直し。

「…皓照は奴を生かしたって事だよな」

 改めてその点に気付く。

「お前の一念が通じたな」

「そんなんじゃない!…でも、何の魂胆があって…」

「あいつの気まぐれは俺にも分からん」

「長い付き合いなのに?」

 燕雷は後ろ頭を掻きながら、苦い顔で頷いた。

「付き合えば付き合う程に解らなくなる男だ」

 特にあの天然なのか計算なのか判らない大呆け発言には参るものがある。

 朔夜は久方ぶりに寝台を降りた。

 自分の足で立つ事すら覚束ず、よろめいて壁に手をつく。

「大丈夫か?」

 頷き、壁に掴まったまま、扉へと向かった。

「こうしてまともに歩くの、敦峰であんたと別れた日以来だからさ」

 自分の様を自嘲して朔夜は言う。

「そっか。でもまぁ、あの時の『また』があっただけでも良かったよ」

 『またな』と言って別れた。

 あの時、少なくとも朔夜には、『また』があるとは思えていなかった。

「…良かったのかな」

 呟く。

 黄泉路を引き返した事が正しかったのか、自信は持てない。また千虎に怒られるのだろうが。

 長い廻廊の床に視線を落としていると、前を行く燕雷が振り返って言った。

「そんなの他人に問う事じゃないぜ。俺は俺が生きてて良かったと思う。お前もお前自身にそう言うんだな。だけど、ま、お前との再会は単純に喜ばしい事だよ」

 足が止まる。

「朔?」

 そんな事を言ってくれる人が、まだ居るとは思わなかった。

「変わり者だよ、お前」

 言ってやると、鼻で笑われた。

「お前に言われてもな」

 確かに変わってるとは自分でも思うけどさ、と燕雷は笑う。

 角を曲がると、前方に大きな扉が見えた。

 どうやら城の内と外を隔てる扉らしい。

「影はどこに居るんだ?」

 今更ながらに気になって訊いた。

「そこ出たとこに居るよ。お前に見せたら牢に連れて行くとさ」

「…なんでわざわざ」

「そいつ、お前が居ないと顔見せられないとさ。相思相愛だな、お前たち」

「冗談よせ!」

 噛みつかんばかりに嫌がる朔夜に、まぁまぁと宥めて、燕雷は足を止めた。

 もう彼は扉の前まで来て、ふらついて思う様に歩けない朔夜を待っている。

「だがまあ、気味が悪いのは確かだ。お前が奴の面を見て“後悔するな”と言い放ったらしい。何か心当たりがあるか?」

 眉を顰めて考える。

「無い。…筈だけど。あいつの仮面以外の顔なんざ見た事無いし、何を後悔しろって言ってんだろう」

「はったりだろうって燈陰は言っているが…。とりあえず無理はするなよ?こんな面会にそこまで意味があるとは思えんしな」

 朔夜は頷いたが、少し笑みを浮かべて返した。

「大丈夫だよ。やっと奴の顔を見れるんだ、この機は逃せないね」

「そうか」

 燕雷も笑んで頷いたが、その顔から険しさは抜けなかった。

 やっと朔夜も扉まで辿り着く。

 燕雷が脇に立つ番人に頷いて、扉は開かれた。


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