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月の蘇る  作者: 蜻蛉
第三話 救出
27/50

5


 『お前を救いに来る連中を殺せ。

 目覚めて三日。それを過ぎれば――』

 意識の狭間で記憶が警鐘を鳴らす。

 目覚めてはいけない。

 しかし、いつまでもこうしている訳にもいかない。

 迷っているうちに、どんどん意識ははっきりとしてくる。

 目を開けるか、否か。

「起きてるだろ?」

 燕雷の声。

 同じ室内に居るのだろう。

「ここでずっと退屈してる俺の身にもなれよな。もう三日だぞ」

 ――三日。

 鋭く息を吸って、微睡を全て吹き消した。

 白い光の世界。

「…何が、三日なんだ…?」

 呼気だけの問い。それでも燕雷は満足げな笑みを見せた。

「ここに来て三日目さ」

 白い世界がだんだんと輪郭を表し、色彩を加えてゆく。

 たっぷりの光を取り込む大きな天窓。

 その向こうの青空。綿の様な雲。

「…見える…」

 失った筈の世界。ぎこちなく眼の上に手を置き、一度瞼を下ろして。

 それでも指の間から、光の世界が見える。

 はっとして、今度はその手を見る。

 感覚がある。動かす事も出来る。

 軽く痺れてはいるが、生来の肌の白さの下に血の通う色を取り戻している。

「傷は全て治った」

 燕雷が半笑いの調子で言った。

「なんせ二ヶ月近く寝てたからな」

「え…?」

 素直に驚いて男を見る。

 煙草を吹かしながら一人で将棋をしていた。

「お陰で随分上達しちまったぞ。全然知らなかったのにさ」

 ここに来て三日、ずっと同じ事をしていたらしい。

「知った事かよ」

 憎まれ口ににやりと笑うと、彼は立ち上がった。

「親父さんに一言言ってくる」

「…待て!」

 咄嗟に、止めた。

「何だ?面会謝絶なら解ってるぞ?喧嘩するにはまだ早い」

「違う…いや、奴とは会いたくもないけど…。問題はそんな事じゃない。影が、見てる」

「影?」

「俺の見張りをする…繍の隠密だ。前にあんたを襲った」

「ああ。それなら大丈夫だ。ここをどこだと思ってる」

「…え…?」

 横の窓から見える景色。

 緑の多い、のどかな田舎の町並みだ。

「繍の…国内じゃないのか…?」

「ここは潅だよ。繍のお隣のお隣さん。間は苴だ」

 また素直に驚いた顔をする。

「その潅の、王宮の中だぞここは。あんな怪しい奴が入り込めると思うか?」

 が、その言には険しい顔が向けられた。

「奴を嘗めない方が良い。異国だろうと、必ずどこかで様子を伺っている筈だ。王宮までは入れなくとも」

「ま、少なくともここは大丈夫だ」

 気楽に燕雷は言って、上を見上げる。

「周りは見張りだらけだし、ご覧の通り天井裏も無い。可能性としては、俺がそいつだって事くらいだな」

「…あんたに化けるのはかなり骨だな」

「そ、骨折って化けた所で本物の骨の一本や二本は折られるからな、俺に」

「皓照に、だろ」

 燕雷は笑って否定しなかった。尤も骨だけで済むとは思えないが。

 朔夜は真顔で燕雷に言った。

「俺はあいつを殺さないとならない」

「…何だって?」

 笑いが凍り付く。

「俺が目覚めて三日以内に。それを過ぎれば…」

「華耶ちゃんが危ない?」

「ああ」

 燕雷は少ない言葉に全てを悟ってくれた様だ。

「よく話してくれたな。あとはこっちで考えよう」

「燕雷」

「煙草が切れた」

 扉を開ける手を止め、振り向いてにやりと笑う。

「ちっと補充してくる」

 閉まった扉を横たわったままじっと見る。

 ――これが最善だ。

 皓照には絶対に勝てない。しかし、倒すべき敵は皓照ではない。桓梠だ。

 ならば、それと気取られぬ様に裏切るのが最善の方法だろう。

 今ならそれが出来る。

 一度全てを失った。

 全てを諦めた。それでも一つだけ残った、希望。

 その光を掴み直す為に、地獄の淵から帰ったのだ。

 千虎の導きによって。

 無駄な見栄は全て棄ててきた。

 もう、独りで戦う必要は無い。

 皓照が味方なら、或いは――

「いや、必ず…」

 敦峰でも誓った。

「必ず、俺達が、勝つ…!」

 あの国に虐げられてきた、全ての魂に報いる為に。

 信じて待っているであろう華耶を、裏切らない為に。



 皓照と潅国王が談笑している姿を遠目に見、燈陰は溜息をついて背を向けた。

 確かに潅は皓照へ絶大な信頼を置いている。信頼と言うより、国の防衛を頼りきっている、と言った方が良いくらいだ。

 だがしかし、その皓照が連れて来た、自分の王宮で匿っている子供が何者か――知っているのだろうか。

 “月夜の悪魔”。繍と隣接せぬ国々でも人の口に上り恐れられる、その張本人と知れば、あの様に笑っていられないだろう。

 皓照は一体、王にどう説明したのか。こちらには一切伝わってこない。

 隠しているのだろうか。

 朔夜の素性を。

 隠しきれるのだろうか。

 彼が悪魔である事を。

 今は衰弱しているが、力が戻れば暴発しかねない。それがどういう結果を齎すか、誰にも分からない。

 ――否、もしかしたら。

 皓照は判っているのか。全て織り込み済みでここに連れて来たのか。

 確かに皓照ならば、朔夜を止める事は易しいだろう。殺してでも。

 そうだ。今もう彼は朔夜に対して何とも思っていない。切り捨てても良い存在と考えている。こだわりを捨てた、と。

 だとしたら、朔夜救出にわざわざ付き合う彼の狙いは、別の所にあるのか――?

 視線を後ろに向ければ、燕雷が足早に近付いてくる。

「おう」

 燈陰の姿を認め、いつもの様ににやっと笑い軽く手を挙げる。が、目が笑っていない。

「どうした?」

 問うと、何の事は無いとばかりに大声で返事が返った。

「何、煙草が切れたから、皓照に分けて貰おうってな」

 奥から聞こえていた談笑が一瞬途切れた。

 見れば、皓照がさも何か思い出したかの様に、席を立っている。

 燕雷は擦れ違いざま、燈陰に低く告げた。

「目覚めた。罠はあいつ自身だ」

「…何…!」

「敵は皓照を狙っている」

 その本人がこちらに近寄ってくる。

「生憎、私も切らしてるんですよ」

 そもそも煙草は吸わないが。

「仕方ないな…我慢するか」

「おや。君が煙草を我慢するのは命に関わるんじゃなかったですっけ?」

「そうそう。でも無いんじゃ仕方ないだろ?禁断症状でも何でも来いってんだ」

「しょうがないなぁ。買ってきてあげますよ。お駄賃は頂きますよ?」

「へへっ、悪いな」

「高くつきますからね?」

 念を押しながらも皓照は踵を返した。

 訝しげに燈陰は燕雷を見る。

 彼はまた、にやりと笑って見せた。

「連れ添う年月が長いとな、もう夫婦みたいなもんだ。言わなくとも通じる」

「…ほー」

「信じてないな」

「いや、連れ添うなら好いた女が良いなと思っただけだ」

「…それを言うなよ!」

 ふん、とあしらって燈陰は歩きだした。

「あいつの所には行くなよ」

「解ってる」

 小声の忠告を払いのけ、ずんずんと歩く。

「どこへ…?」

「奴がお前の吸う草を買ってくるのかどうか見てやるんだよ。呆けた所があるからな、とんちんかんな物を買って来ないとも限らねぇ」

「ま、確かに。煙草も野菜も草なら同じと思ってるかも…」

「後を尾けて様子を見る。朔は頼んだ」

「ん」

 燈陰もまた城を出、燕雷は元来た道を戻ろうとしたが、思い当たって厨房へ寄った。

 目覚めた以上は何か食わせねばなるまい。食わねば、動けない。

 敵の目は怪しい行動に出た皓照に向いている筈だ。食糧を持って行っても目覚めたと悟られる事は無いだろう。


 朔夜は目覚めていても寝台から動けないでいた。

 影の目がいつ向いているか分からない。対策が練られるまで狸寝入りをするつもりで居る。

 尤も正直な所、そんな物とは関係無しに、動きたくとも動けないのだが。

 流石に二ヶ月も寝ていると、身体のあちこちの調子が狂っている。身体中痛むし、血管に血が残っているのか疑わしい。少し動くだけでもくらくらする。

 ――そう言えばあの時は一年近く寝てたんだっけ。

 五歳の、川に溺れた時。

 記憶の空白。気付いた時は一年の月日が流れていた。

 あの時、動ける様になるまで一ヶ月ほどかかった。

 勘弁しろ、と苦く笑う。

 三日なんてとても無理だ。

 ふと、真顔に戻って考える。

 俺が動けないのを良い事に、このまま華耶を見殺しにしないだろうか…?

 燕雷と燈陰はまだ動いてくれるだろう。だが、皓照は…?

 あの男、腹の底で何を考えているか、全く読めない。

 目的の為ならどんな手段も躊躇わない、そういう類の男だ。でなければ仲間にしようとした自分を殺すなんて綱渡りはしない。

 あの男が、華耶をわざわざ助けようなどと考えるだろうか――

 不安にかられた時、部屋の扉が細く開いた。

 慌てて目を瞑る。

 心臓の高鳴る危機感とは裏腹に、聞こえてきたのは子供の声だった。

「お兄ちゃん、起きてる…?」

 あまりに意外な、幼い声に、思わず目を細く開ける。

 七つ八つくらいの、身なりの良い、栗毛の髪を持つ男の子が、扉の前で固まっている。

 固まったのは朔夜とて同じだ。

 何故こんな所に子供が居る!?叫びたいのは山々だが、そうもいかない。

 迷って、悲しげな子供の目を見て、結局返事だけ返した。

「起きてるよ」

 子供はぱあっと顔色を明るくして駆け寄る。

 朔夜は参ったなと、顔色を曇らせた。

 子供なんて殆ど見た事がない。

 確かに粱巴の村には子供が居たが、あまり接点が無かった。何より昔の事だ。

 どうすれば良いものか、頭を抱える暇も無く敵はやってきた。

「お兄ちゃん、元気になって良かったね!」

 元気になるどころか悪化しそうだ。

 朔夜は忌々しげに人差し指を立てて唇に当てた。

 それを見て子供の勢いは少し削がれる。

 ただ、不思議そうに大きく見開かれ、穴が空く程見詰められる目は、何とも居心地悪い。

「…何だよ、お前」

 堪り兼ねて口を開いた。

 一瞬、不思議な間。

「お前って…僕の事だよね!?」

 やたらと嬉しそうだ。

 朔夜がぽかんと口を開けて頷くと、敵は堰を切った様に喋りだした。

「僕、そういう呼ばれ方されたの初めて!あ、お兄ちゃん、僕はね、鵬岷ホウミンって言うんだ。お兄ちゃんは他所の国の人だからきっと知らないよね。僕の父上はね、この国の王さまなんだ!すごいでしょ!?」

 咄嗟には何を言われたか解らず、唖然と相手の顔を見るばかりだったが、徐々に呪縛が解けてくると、更に顔は引き吊る。

 今この子供が言った事が事実なら、今目の前に居るのは――

 声を押さえて朔夜は怒鳴った。

「出て行け」

 鵬岷は驚いて、少し体を引かせた。

 更に朔夜は追い討ちをかける。

「俺はお前なんか一捻りで殺せるんだ!死にたくないならすぐにここから離れろ」

 効きすぎる程効いた脅しは、子供を即座に扉へ向かわせた。

 開いた扉への、鵬岷が走り去って行った向こうに、燕雷が大量の食糧を抱えて立っていた。


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