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月の蘇る  作者: 蜻蛉
第二話 故郷
21/50

10

 湯屋の裏手を回ると、庭で燕雷を五人の襲撃者が囲む様が目に入った。

 更に走り寄ろうとすれば、足元に既に一人倒れている。先程の音の主だろう。

 燕雷は朔夜の長刀を抜いていた。持って来る途中だったのだろう。

「燕雷!短刀!」

 朔夜が叫ぶと、燕雷は足元に落としていた朔夜の着替えを蹴り上げた。

 衣が舞い上がり、その中から短刀が現れ、その持ち主に向けて弧を描く。

 同時に敵が動き出す。二人が燕雷へ、三人がまだ空身で確実に動きの読める朔夜へ。短刀を受け取る瞬間に仕留めるつもりだ。

「朔!」

 燕雷が敵の斬撃を受け流しながら叫ぶ。

 朔夜は体勢低く走り、落ちてくる短刀を一瞥して、敵の刃をかわしながら別の進路を取った。

 意外な動きに敵がたたらを踏む。

 朔夜が目指したのは、落ちてくる上衣。

 それを見取った敵が嘲笑う。が、衣は既に朔夜の手に入った。

 斬りかかる三人の敵。朔夜は布を掴む手を一振りする。

 衣がひらめき、拡がる。

 同時に大きく後退していた事で、距離感の狂った刃は布を裂く事しか出来なかった。

 一方、朔夜の両手には、双剣が。

 元より上衣に付けた帯に留めてあったものだ。彼の本来の得物である。

 囮となり前方に落ちた短刀は、千虎の物だ。

 朔夜と燕雷は背中を合わせた。

「大丈夫か?」

 燕雷が問う。

「舐めるな。そっちこそ刀振れるのかよ?」

 可愛げのない返答。

 燕雷はさも愉快そうに笑った。

「それこそ“舐めるな”だな」

 言い放つと同時に仕掛ける。

 敵に斬りかかった――が、それは相手に刀を振らせる為の見せかけで、大きな隙を作り額を斬った。

 あっという間に一人片付け、次にかかる燕雷を横目に見、庇う必要の無い事を確かめると、朔夜も自分の仕事に取り掛かる。

 既に様子見の為に刃を交えていた男の右手後ろをくるりと舞う様な動作で取り、短剣を脇腹へ滑り込ませる。

 そうしながら次の相手への一歩を踏み出している。

 正面からの斬撃が振り下ろされる一瞬前に相手の懐へ潜り込み、返す刀を振り返りざまに右の剣で受け、左の剣は相手を突いている。視線は残る敵へ。

 燕雷も二人片付け、残る一人を二人が見据える。

「…どうする?」

 燕雷が問う。敵にか、朔夜にか、どちらへの問いかは判然としない。

 朔夜はちらりと燕雷を見、両手の剣を手元で回しながら背を向けた。完全に戦闘体勢の解除である。

「おい」

 流石に敵を前にしてそれは無いだろうと燕雷が呆れた声をあげるが、朔夜は意に返さない。

 自分の上衣を拾って羽織り、双剣を鞘へ収める。

「あんたの敵だ。好きにしろよ」

「はぁ?俺じゃなくてお前だろ」

「違うって。こいつらお前を殺す気で来てるもん」

「身に覚えが無いんだがなぁ…」

 燕雷が困ったようにぼやいた時、敵が走りかかった。

 狙うのは背を向ける朔夜。

 刹那、どすっと肉を断つ鈍い音と共に、男は倒れた。

 燕雷が刀の血糊を払う。

「やれやれ。我が儘なお子様の世話は骨が折れる」

「あぁ!?」

 最早お約束の怒気を片眉を上げてかわす。

「で?こいつらの身元は知ってるんだろ?」

 燕雷が辺りに転がる襲撃者を見渡して問うた時。

 上空から、球形の物体が落ちてきた。

 それに紛れて、苦無が。

 燕雷の頭上へ、雨の様に。

「――?!」

 朔夜は舌打ちして今羽織ったばかりの上衣を振り投げた。

 燕雷に致命傷を与えていただろう苦無に衣が当たり、軌道が狂う。

 彼を裂けて、十本近い苦無が地面に刺さった。

「…おお。ありがとな」

 相当危なかった癖に、余裕のある謝礼。

「どういたしまして」

 ぶっきらぼうに朔夜は応え、最初に降ってきた球形の物に目を落とした。

「…飽きない奴らだ…」

 人の頭部。三つ。

 視軸を燕雷に移す。

 彼は頷き、言った。

「俺達の仲間だ」

「華耶の救出に行った?」

「ああ…」

 予測していた事だ。それでも事態の深刻化に決定打を打たれて、朔夜は唇を噛んだ。

「繍の隠密か…。えげつない事をしやがる」

 燕雷は今倒したばかりの敵を足先で突つく。

「ああ。だけどこいつらは違う」

 朔夜は自分が手にかけた男の脇に膝をついた。

「違う?何が?」

「桓梠の手の者には違いない。だが隠密なら俺まで狙わない。奴らは俺の事を知ってるから。こいつらは、あんた達の始末を吹き込まれた、桓梠のお遊びだ」

「…遊び?」

「そういう外道だよ、あの男は」

 言いながら朔夜は自らが創った傷に手を当てる。

「まさか、お前」

 よく見れば、まだ胸が上下している。

 朔夜が相手をした二人とも。

「急所は全部外して――!?」

「殺す意味は無いだろ」

 手の下で、光が。

 燕雷が息を呑んで見詰める中、朔夜は立ち上がってもう一人を“治療”した。

「目が覚めるまでは暫くかかる。そこらの山中に放っておけば…あとは自分達で何とかするだろ」

「お前…」

 立ち上がった足元がふらついた。

 その拍子に懐から紙包みが落ちる。

 燕雷は慌てて朔夜を支えた。

「治す方も相当体力を消費するんだろ!?その癖に…」

「だから今は二人が限度」

 言って、落ちた紙包みを拾う。

「それは?」

 問いに答えず、何とか自力で歩き出しながら、燕雷に言う。

「夜まで寝る。…着替え、洗わなくても良いから持って来ておいてくれ」

 壁を這う様に、屋内へ戻って行った。



『朔夜――!』

 華耶の悲鳴を聞いた気がして飛び起きた。

 何の事は無い。寝る前と同じ蝋燭一本の部屋に、ちゃんと居る。

 ――夢か…

 上がった息に、身体中を伝う冷汗。

 ただの夢だろうか。もしかしたら、空間を超えて聞こえた現実の声ではなかろうか。

 それとも、華耶の心中の声では――…

 視線を扉へと巡らせる。

 薄く開けておいた隙間から、紅い光が漏れている。夕刻だ。

 扉の前に、先刻頼んでおいた着替えと刀類が置かれていた。

 寝台を降り、それらを改め、着始める。

 衣擦れの音だけが、暫し部屋を満たす。

 次いで刀。先刻燕雷が使った歯零れは研がれ、血糊は綺麗に拭ってあった。双剣も同様に。

 虎の刻まれた短刀。これは、抜かれた気色が無い。朔夜もあの日から抜いていない。彼らの無念が刻まれた歯零れは、そのままにしてある。

 それも、元通り懐へ。

 あとは暗具の類。それと判らぬ様に持つ薄い刃を帯の間に装着する。

 一通り装備を終えて、一つ息をした。

 振り返る。

 寝台に紙包みが置かれている。

 華耶の悲鳴を耳に届けたのは、あれの為だろう。

 寝台へ近寄り、紙包みを手に取った。

 深く、息を吸い、吐いて。

 初めて、そっと、それを開けた。

「――っ」

 覚悟していたとは言え。

 寒気が肌を走る。

 青黒く変色した、耳。

 切り取られた、華耶の――

 その下に、また、血文字が書かれていた。

 『だいじょうぶ』。

「…華耶っ…!」

 何が。

 何が、だいじょうぶ、だ。

 震えている癖に。出せない悲鳴をずっと我慢している癖に。

 死を、覚悟している癖に。

 今。

 今すぐ、そこから出してやる――!

 ぐしゃっと紙包みが掌の中で音を発てる。

 それを再び、落ちないよう懐に入れ、扉へと足を踏み出した。

 引き戸を開ける。と、その横に。

「行くのか?」

 燕雷が壁に背を預け、片膝立てて座っていた。

「ああ。…落し前をつけに行く。これは俺の戦いだから」

「そうか」

 止める気配は無い。

「…悪いな」

 らしくない朔夜の謝辞に、燕雷は眉を上げた。

「お前達の善意、解ったけど…無駄にしちまう」

「ああ…解ってくれただけで良いさ。失敗したのはこっちの責任だし」

「あの人達は悪くない」

 首だけになって返された三人。

 生前の事を全く知らない彼らに対して思いやれる少年に、燕雷は微笑んで「うん」と頷いた。

 苛烈な運命に対して、残酷な程、彼は優しいのだ。敵を生かした事でも判る様に。

「ほら、持ってけ」

 燕雷が差し出した、笹の葉でくるまれたもの。

「握り飯だ。道中で食えよ。またぶっ倒れちゃならんからな」

 朔夜はそれを受け取る。

 米の重み以上の重み。

「…ありがと」

「ん」

 縁側で地下足袋を履き、庭に出て。

 空を見上げる。夕日の残照が、刻々と薄まる。代わりに、濃い闇が、迫る。

「街の女子供は皓照と燈陰が出来る限り逃がした」

 闇に溶け込みそうな背中に燕雷が告げた。

 朔夜は少し立ち止まる。

「気にせず戦え。必要以上に…気に病むな」

 再び歩き出した背中に、もう一言、燕雷は声を掛けた。

「またな」

 見開いた目がちらりと振り向く。

 すぐに、前を向いて。

「ああ。…また」

 背中はいよいよ闇に溶けた。

 徐々に梢の間をも埋める夜気を眺め、燕雷は煙草に火を付けた。

 一口、煙を吸い、吐いて。

「…良い子じゃねぇか、燈陰」

 親子が次会ったら互いにどういう顔をするのだろうか、と想像して。

 少し苦笑した。



 鋭い繊月が、橙に染まり、低く浮かぶ。

 一日逃せば、明日は朔日だった。

 どちらが良かったか――もう考える余地は無い。

 朔夜は月に身を任せる事を選んだ。

 華耶を救う為に。

「来たぞっ――!!」

「ここを通すな!!女子供を出来るだけ逃がすんだ!!」

「例え時間稼ぎでも…悪魔に一矢報いてやれ!!」

 通りに壁を作る男達。

 皆、誰かを守る為に。

 命すら捨てる気で。

 朔夜は彼らに近付きながら、刀を取れずに居た。

 ぎりぎりまで、何かが間違いであれば良いと思いながら。

 奇跡が起きないかと、有り得ない事は解っていても、願わずには居られない。

 今、後ろから華耶が止めてくれれば――

 群集から包丁が投げられ、頬を裂いた。

 これが現実だと、鋭い痛みが教える。

 ここが限界だった。

「…華耶」

 ごめん――

 刀を、抜いた。



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