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月の蘇る  作者: 蜻蛉
第二話 故郷
19/50

8

 後頭部がしくしくと痛む。

 何かにぶつけた為だろう。覚えが無いから、多分“殺された”時に倒れて打ち付けたのだ。

 他に痛む箇所は無い。確かにあの時、何かが貫通した胸は何ともない。

 痛みが生きる感覚を引き寄せる。

 まだ、生きている。

 疑問には思わない。夢現で聞いたあの会話で大体の事は解った。

 破壊の力ではなく、再生の力の為に月夜を待っていたのだ。月夜でなければ蘇生は出来ないから。

 では、誰がそれを企てたか。

 扉の開き、踏まれた床が軋む音。

 朔夜は久しく閉じたままだった目を開けた。

 窓の無い部屋。一本の蝋燭だけが光源。

 それに照らされる、人影。

「お、目が覚めたか」

 声からして男らしいその人影は、嬉しそうに言って近くに寄ってきた。

 霞む眼が、その朧な輪郭を捉える。

「…あんたも玄の弓の人間か?」

 渇いた口で朔夜は問うた。

 それを聞くなり、男はぺしっと音を発てて自分の額を打ち、笑い出した。

「っかー!もうそこまでお見通しとはなぁ!さっすがあいつのガキだぁな!」

「ガキ言うな」

 寝起きからこんな軽い乗りに付き合わされて調子が狂う事この上ない。

 睨まれる眼に気付いて男は朔夜に向き直った。

「いかにも俺は玄の弓の一員だ。名は燕雷(エンライ)。よろしく、朔夜くん」

 軽々しく手を伸ばしてきたが無視。

「何が狙いだ」

「うん?」

 握手を求める手は伸ばしたまま。

「俺を殺したと見せかける事で…何がしたい?玄の弓は傭兵集団じゃなかったのか?本当に俺を殺す方がまだ理解出来る」

 例えばどこかの国から“悪魔を始末して欲しい”と要請を受ける事は考えられる。

 だがわざわざ月夜を選んで蘇生させる意味が分からない。

 偶然では無い筈だ。何せ“あの男”が居るのだから。

「何で?殺してどうするんだよ?」

「は?」

「自分のガキ殺す親は居ねぇだろ、普通。ま、世が世だから普通じゃない親も多いけど。燈陰は違うね、今回の事でよーく分かった。子煩悩だ、あいつは」

 じっと燕雷と名乗った男を睨む。

 他人には何とでも言える。自分が今まで噛み締めてきた痛みの欠片も知らないのだから。

 尤も、他人にその責任は全く無い事も解っている。

「…質問に答えろ。あんた達の狙いは何だ?」

「まぁ、そう怖い顔しなさんなって。お前が修羅の道を歩いてきた事は、ちっとは聞き知ってるつもりだけどさ。たまには人の善意も信じろや」

「善意だと…?」

「そ。窮地に追い込まれてたお前を救う為の策さ、これは」

 ふざけている。

 多分、この男は玄の弓でも下っ端なのだろう。でなければ俺の見張りなどに甘んじている筈が無い。

 そう考えて朔夜はそれ以上の追及を止めた。この男に何を訊いても無駄だ。

「訊かないのか?」

 急にそう問われ、心の内を見透かされたのかとどぎりとする。

「何を?」

 平静を装って問い返せば、何の事は無い返答が返ってきた。

「俺の親父は今どこだ、って」

 そんな事で裂けたばかりの心臓を騒がせた事にいらっとする。

「訊くか、そんな事」

「おいおい、“そんな事”かよ」

「くっだらねぇ。二度と口にするな、あんな奴の事は」

 ぶふっ、と燕雷は堪え切れずと言った感じで吹き出した。

 殺気すら持って朔夜が睨むのは言う間でもない。

「何が可笑しい!!」

「いや…ホント、話の通りだなと思って」

 朔夜の殺気を一身に浴びてもまだへらへらしながら燕雷は言う。

「この徹底的な嫌われようは全く燈陰には悪いが…他人からすれば面白いねぇ」

「はあぁ!?」

「嫌よ嫌よも好きのうち、たぁよく言ったモンだ。ま、親子にもそれが通じるかは知らないけど」

「てめ…さっきから何言って…」

「大好きだったんだろ?親父のこと」

「……」

「素直になれば今もそうだろうって、透けて見えるさ。他人から見れば」

 何があったか欠片も知らない癖に。

 これ以上話しても苛立ちが増すだけだと、朔夜は口を閉ざした。

 傷ではない何かが、痛い。

「だんまりか。まぁいいや」

 男が視界から消える。

「五日も寝てたら流石に腹減ったろ?何か持ってきてやるよ。皆に報告もしなきゃだしな」

 扉が閉まる。また、独り。

 ――五日か…

 即死でもおかしくない致命傷を負いながら五日で目覚めたのだ。幸運だったと思っても良いだろう。

 しかしそんな楽観は出来なかった。

 寧ろもっと時間が経っていた方が良かった。更に言えば、時間すら無い場所に逝っていた方が。

 何もかもから逃げられるなら、それを選びたかった。

 ――華耶は、どうなる…

 彼女からも逃げたいと、思ってしまった。

『俺が今の俺じゃなくなっても、朔夜って呼んでくれる?』

 あの時、華耶は約束してくれたのに。

 自分の名前と共に彼女を棄てようとしたのは、俺の方だ。

 扉が開く。

「今から何かこしらえるとよ。悪いけどもう少し我慢しろや」

 燕雷が入ってくる。それに続いて、もう一人。

「…言った筈だ。次に会う時には、命の保証はしない、と」

 後から入ってきた人物に向け、朔夜は言った。

「ああ。伝言は聞いた」

 燕雷の後ろから現れた人物――燈陰は、静かに返した。

「それで逃げ隠れると思ったか?いいぞ、お前の気が済む様にしろ」

 言いながら燕雷を押し退けた時。

 風が起こった。

 一瞬で詰めた間合いから拳を繰り出す。

 が、見切られて手の平で受けられた。

 それでも逆の手で殴ろうとした、が、自らの作り出した速さに弱った身体が耐えられなかった。

 殴りかかった勢いのまま、前に倒れる。

「…っ」

 動けない。全身から血の気が引く。

「一週間近く何も食ってないだろう。無理するな」

 言い返す事も出来ない。荒い息をするので精一杯だ。

「あー、早く出来上がれば良いがねぇ」

 場にそぐわない――少なくとも朔夜の癇に障るのんびりした声で燕雷が言う。

「急ぎだってのに、どれだけ凝った物作ってんだか」

「仕方ないだろ。下手に何か食わせても逆効果だからな」

「そっかぁ。…お前の登場の方がもっと劇物だったとは言わねぇけど」

「…あ?」

「何でもないよ?あー、俺も腹減ったなぁ」

 少し落ち着いてきて、伏せていた視線を少し上げる。

 扉と壁の間に、人影。

「お、出来たか皓照」

 ぞわり、と。

 頭で理解するより先に、身体が拒絶した。

 横に居た燕雷の小刀を抜き、前に突き付けて。

 座ったまま、じりじりと後ろへ下がる。

 あの時の恐怖が、まざまざと。

「…来るな…」

 全身が、震える。

「朔、そいつに害意は無いぞ」

「そうだよ朔夜くん。ただ飯作って持って来ただけだから」

 二人の声など届かない。

 皓照がにこりと笑った。

「仕方ないですよ。まだ目覚めたばかりで、ちょっとばかり混乱してるんでしょう。何たって私が殺したんですから」

「その笑顔でそれを言うか…」

 ぷつん、と。

 集中力が切れた。

 張り詰めていた糸が切れたように。

 小刀が床に転がる。

 体力と精神力の限界。あれ程に全身を覆っていた恐怖すら消え、顔から感情が消えた。

「ありゃ」

 一番近くに居た燕雷が、崩れそうになった身体を支える。

「どうやら、俺なんぞ比較にならない劇物があった様だな、燕雷」

 冷めた口調で燈陰が言う。

「聞こえてたのかよ。タチ悪いなぁ」

 燕雷は苦笑しながら言って、朔夜の身を支え直す。視線は皓照へ。

「って訳だから劇物さん、早いとこ身体に優しい物食わせてやってよ」

「…私が?劇物?何でです?」

「見るからにそうだろうが」

「え?」

「いいから早く!俺がしんどいだろ!!」

 腕一本で力の入らない体を起こしている燕雷が怒鳴って、漸く皓照が朔夜の前に跪づいた。

「お久しぶりです。禾山の時以来ですね」

 瞳がちらりと動いたが、それ以上の反応は無い。

 構わず皓照は匙を動かしながら喋った。

「あの時は流石の私も反省しましたよ。無理にでも割って入っておけば、あの様な結末にはならなかったものを」

 液状になるまで煮た米を匙で口に流し込む。朔夜はなされるがままに。

「君の顔を見るついでに、あわよくば雇い入れて貰おうなんて考えは甘過ぎましたね。私が居れば苴を勝たせる事が出来たが…。戦の勝敗は君が居るからと楽観してしまった」

「あんた…苴の人間なのか…?」

 匙を前にした口が喋る事を選んだ。

 にこりと、皓照は笑う。

「いいえ。ただ、あの戦は苴が勝つべきでした」

「よく…分からない」

「我々の狙いが、ですか?」

 小さく頷く。

 皓照は笑みを深くして、噛み砕くようにゆっくりと、言い聞かせる様に告げた。

「玄の弓の行動理念は、乱世の終結に向け動く事です。そのうちおいおいに説明しますが、我々が悪でない事は解って下さい。増してや、君に害を及ぼす気はありません。寧ろ、共に行動して欲しいと思っています」

 碧の眼が、射止める様に、皓照に向けられる。

 彼は柔和な笑みのまま、深くゆっくりと頷いた。

「さて…少し休んだ方が良いでしょう」

 器の中身を半分程にして、皓照は言った。

「続きはまた目が覚めてからでも遅くはないでしょう。私の話も、親子の確執の決着も」

 腰を浮かせて銀髪を撫でると、立ち上がりその手で燈陰の肩を叩いて共に部屋を後にした。

 残された燕雷が朔夜の脇に腕を回す。

「立てるか?」

 朔夜は頷き、体重の殆どを燕雷に預けて立ち、寝台に臥せた。

「あの通り、悪人じゃないからな、皓照は。ついでに燈陰も違うが…まぁそのうち判るだろ」

「何者なんだ、あいつは」

「ん?」

「月夜に俺を殺せるなんざ…いくら弱ってたからって、普通の人間には出来ない」

 それに、刺された時の動きとは言えない動き。

 “自らの手ではない何か”で刺した様な。

 それは。

 この手が知っている。

「もう薄々は判ってるんだろ?」

 燕雷は穏やかに言った。

 朔夜の目は少し見開れたが、直ぐに全て納得した色に変わる。

 頷いて、燕雷はまた口を開いた。

「もう一つ言えば、俺の命の恩人さ。それもただの命じゃない、永遠の命のな…」

「…え?」

 骨張った顔で、燕雷は笑う。

「今はまだ小さいから解らんだろうが…そのうち解る事だ。…ま、知らない方が幸せかも知れないがな」

「…俺は小さくないっての」

「どうかなぁ?燈陰が十年前と変わってないって言ってた…って、おい…?」

 「やっぱりアイツ殺すッ!!」と一気に沸騰して扉に向かおうとしたが、土台無理な話で、寝台を出るそばから昏倒していた。



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