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月の蘇る  作者: 蜻蛉
第二話 故郷
16/50

5

 出立から四日。

 西の国境に近付いてきた。

 山岳地帯の多い東部とは違い、砂漠と乾燥した疎らな森林が広がる。

 見た事の無い光景に、どこか異国の雰囲気が混じる。恐らく樊の影響だろう。

 隊列について駆る馬には、朔夜一人が乗っていた。

 近くに、霜旋の駆る馬が居る。於兎はそちらに乗っている。

 この数日で、多感な年頃の朔夜には直視出来ない程、二人の間は縮まっていた。

 尤もそれは朔夜も願う…と言えば聞こえは良いが、狙うところなので文句は無い。

 例え傍らでどんな会話をしていようと。

 しかし、よく規律違犯にならないものだと少し霜旋が心配になる。

 ひょっとしたら、月に近付いた彼の事を、周りは見て見ぬ振りをしているのかも知れない。係わられたら、特に月の怒りを買いでもしたら、一大事だと思っているのだろう。

 成程そういう虎の威の借り方もあるのかと、呑気に少し感心してしまった。

 そんな霜旋との別れも近い。

「あの…於兎さん」

「なに?改まって」

 朔夜は聞くともなく風に流される隣の会話を聞いている。

「その…僕と共に我々の目的地まで来て頂けませんか…?」

 どこが言いくるめて、だ!!直球もいい所だろ!!言いたいが黙っておく。

「でも…私、行く所があるの。その為にこの旅をしてるのよ…?」

 当たり前だ。朔夜は苦い表情を禁じ得ない。

「分かっています。それでもです。僕は貴女を失いたくはない!」

 …おや?

「貴女が敦峰に行く事、そこで何をしようとしているか、僕には分かっています。でも、よく聞いて下さい。僕は貴女にそんな事はして欲しくない。何故なら…貴女は、僕が必要としているからです!」

「霜旋…!」

 待て。待て待て待て。誰がそこまで言えと言った?本気にしてるぞこの女。

 …ん?もしやお前も本気なのか…!?

「結婚しましょう、於兎」

 ええーーっ!?

「そしていずれ、僕の故郷、邑峰に二人で帰りましょう。三人でも構わない」

「嫌よ」

 何だと!?

「私、子供は二人以上と決めてるの!」

 …もう勝手にしてくれ。

「於兎!!」

「霜旋!!」

 馬上で器用に抱き合う二人。

 朔夜としてはこれが本気だろうが言いくるめる演技だろうが結婚しようが子供が出来ようがもうどうでも良い。

 荷物が意外な形ではあるが片付いた事が全てである。

「良かったな」

 全然感情が込もってない。

「朔夜、あなたの断食修業の狙いはこれだったのね?私達を近付ける為の策だったんでしょ?」

「…何故そうなる…」

 自分に都合の良すぎる解釈をする女はある意味で一番強い。

「ありがとう、朔夜。でも…」

「敦峰は…何とかする」

「方法、見つけたの?」

 朔夜ははっきりと頷いた。

「本当!?…でも、あなたが犠牲になる方法は嫌よ」

「大丈夫だ。心配するな」

 どうせもう二度と会う事は無い。

「そう…」

「そろそろ北への道に入らないと」

 朔夜が道の先を見て言った。

 分岐点がある。引き続き西に向かう道と、敦峰へ向かう北への道。

「朔夜」

 於兎を振り返る。

 差し出された、珊瑚の髪飾り。

「これを持って行って。私の代わりに」

 真意は量りかねるが、不安定な体制で手を伸ばし続けさせる訳にもいかず、とりあえず受け取る。

「私が桓梠の元へ行く前に、敦峰の人達が買ってくれたものよ。もし、あなたが街を消すのなら、これを私の代わりに葬って」

「……」

 切り抜ける方法は、本当は無い。それを、見透かされた。

 朔夜は無言で頷いて、髪飾りを懐にしまった。

 分かれ道が、目の前まで迫る。

「霜旋…後は頼む」

「分かった」

 力強い頷きには、自分と違って嘘は無い。

「朔夜…生きて、ね?」

 於兎がおずおずと言った。

「ああ。出来る限りはな」

 朔夜は笑んで見せ、前を向いた。

 右の手綱を引く。

 別れる、道。

「ねぇ!いつか、また会うでしょ…!?」

 風の向こうの言葉に手を挙げて応え、振り返らぬまま馬を駆った。

 ――やっぱり、この名前はもう要らなくなるかも知れないな。

 離れてゆく距離と共に、そんな考えが頭の中を占めていった。



 夜通し馬を駆けさせ、夜半近くに漸く朔夜は馬を降りた。

 山の中。茂みの向こうから、麓の明かりがちらちらと見える。

 その明かりの元こそ、敦峰の街だ。

 朔夜は崖の上からそれを見下ろし、茂みの中へ戻って木の根に腰を下ろした。

 久しぶりに一人きりだ。

 影はどこか近くに居るのだろうが、姿を見せない以上は居るも居ないも一緒だ。

 深く息を吐く。

 結局、全て一人で背負う。誰かに預けていたつもりは無いが、周りで喧しくされる分、気は軽くなっていた事は否めない。

 有効な手段は何も無い。考えつく気配も無い。

 ――やるしかないのか。

 何を犠牲にしてでも、守るべきは。

 ――もう、良い。月が出るまで時間はある――

 曇り空はまだ厚く、晴れた空など望まぬまま。

 闇の中に、過去の残像を見た。


 村に戦火が迫った時、村中の大人達は大人げも無く幼い少年に縋った。

 その力で敵を追い返してくれ、と。

 少年は彼らから逃げ回った。そんな恐ろしい事は嫌だったし、その力も無かった。

「朔夜」

 逃げ隠れているといつも、華耶が見付けて手招きしてくれる。二人で誰にも見付からない場所に隠れて。

 慌てる大人達を隙間から覗き、顔を見合わせてこっそり笑う。

 大人達が慌てている意味、迫る戦火の危険など、無邪気な二人には解ろう筈も無い。

「何でいつもおじさん達は朔夜の事おっかけっこしてるの?」

 華耶の素朴な疑問に、朔夜は顔を曇らせる。

「…村を守るために、悪い奴らを懲らしめる力を付けさせたいんだって。俺に」

「何それ。誰が言ったの?」

燈陰(トウイン)がそう言った」

「朔夜のお父さんが?」

 少年は険しい顔のまま、深く頷く。

 父親を名で呼ぶのは、彼が本人にそう命じられているからだ。お前は俺の子じゃない、月の子なんだ、と。

「でも、朔夜はお父さんから剣術を教えて貰ってるでしょ?それで十分じゃないの?」

「そんなのじゃ間に合わないんだって。もっと…もっと沢山人を殺せないと」

 あどけない顔に似合わぬ恐ろしい言葉。

 二人の間に不穏な沈黙が流れた。

「嫌だよ…朔夜。そんな怖い事しないでね…?」

 少年は先刻より気負い込んで頷く。

「しないよ。俺も嫌だから」

 抱える膝を、身体にぐっと付けて、手に力を込めて。

 小さくなって、隠れるように。

 悲しい時、泣きたい時、心細い時の癖。

「人を殺すなんて…絶対嫌だ…。なんで皆俺にそんな事させたいんだろ…」

「朔夜、大丈夫だよ。私がそんな事させない。守ってあげるから、ね?」

 銀髪を撫でる小さな手に、幾許か安心して、朔夜は顔を上げた。

「そうだ…うちの鶏、雛が生まれたんだ。華耶、見るだろ?」

「うん!見に行く!」

 笑顔で頷き合って立ち上がり、秘密の場所を抜け出して。

 そこに立ちはだかる影に、小さな二人の足は止まった。

「燈陰…」

 朔夜が父の名を呟く。

 父親は、酷く険しい顔で、二人を見下ろしていた。


 ――敦峰の人間を鏖しにしろ。

 憎い男にそう言われた。夢の中でか、現実でか、考えていたら目が覚めた。

 世界は既に明るい。気分とは裏腹に。

 森の下草を床として横たわったまま、自分の父親の顔を思い出そうと無意識に頑張っていたが、虚しさに気付いてやめた。怒りすら覚えて。

 ――どうして今、あんな奴の夢を見る。

 夢の中のその顔は、桓梠のそれだった。

 憎い。殺したくて堪らないくらいに。

 あの頃は、手を汚す事をあれ程嫌がっていた癖に。

 一度血の味を覚えてしまえば、もう悪魔に成り下がるしか無かった。所詮、俺なんてそんなものだ。

 華耶は――俺の何を信じているのだろう、今でも。

 もう、あの頃の、それでもまだ人間らしかった俺は居ない。

 悪魔、死神、化物――そんな言葉を浴びせ掛けたいのは誰よりも俺自身で。

 嫌悪しながらそれとして生きるしかないのだろう。

 華耶を救いたい。それは、悪魔としての俺がそう願うからだ。

 何を犠牲にしても。

 華耶がそれを望まなくとも――

 朔夜は刀を手に立ち上がった。

 崖の淵に立ち、街を見下ろす。

 まだ朝早いのに、既に暴力の渦が巻き始めていた。

「覚悟を決めたか」

 不意に背後で声がした。

 振り返る間でも無い。影だ。

「ああ。…だがその前に試したい事がある」

「試したい事?」

 間髪入れず、手刀が空を裂いた。

 次の瞬間には刀と刀がぶつかり、高い音を発てていた。

 影は突然の襲撃にも動じる事無く、的確に応戦している。

 一方、一瞬に賭けていた朔夜は苛立ちしか残っていない。

 出鱈目だが矢継ぎ早に刀を突き、その全てがかわされるともう一度横に刃を滑らせた。

 再び交わる刀。

「焦るな」

 憎らしい程に落ち着いた影の声。

 否。

「暫く待て。月の夜まで」

 この声――

「お前は…」

「お前達を救ってやる」

 殆ど囁く様な小声を仮面の奥で発して、相手は刀を引いた。

 朔夜も刀を引く。

「日の光の下で、俺に勝てると思うなよ」

 光の中に消える影。

 朔夜は――唖然としてそれを見送った。

 確かに影は何人居るか分からない。知っている声の主がいつも現れるとは限らないのだ。

 だが、今の声は――

 確信は無い。何せ顔も思い出せないのだ。声など、尚更。

 だけど、俺が人間だとして、その記憶がこの血の中に残っているとすれば?

 決してそう考えたい訳ではない。

 再会など以っての外だ。

 顔など思い出したくもない。

「…気のせいだ」

 自分に言い聞かせて、だらりと持ったままだった刀をやっと鞘に収める。

 再び踵を返して街の様子を伺う。

 どの道、月の夜まで待たねばならない。

 否、と考え直す。

 影を襲撃した事実を払拭する必要がある。それにこの様子だと、反乱する民と抑える役人、双方に無益な死傷者が出る。

 朔夜は動いた。

 山を下り、喧騒渦巻く街へ近付いていった。


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