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月の蘇る  作者: 蜻蛉
第二話 故郷
14/50

3

 軍隊の行列が、遠征の出発を待つ。

 朔夜は黒衣の男に連れられ、その中に紛れた。

 黒鹿毛の馬を与えられ、騎乗する。背が足りないのでやむを得ず影の手を借りた。

 殺意は胸の内に秘めたまま。

「いやに大人しいな」

 馬の下から影が言った。

「そんなに女を失うのが惜しいか」

「元から大人しいだろうが?俺は」

 薄く笑って朔夜は言った。目元は全く笑ってはいないが。

「お前もどうせついて来るんだろう?馬は居るのか?そんな怪しいナリで馬に乗られたら笑ってやるんだがな」

「心配は無用だ」

 ぼそりと影は言う。面に込もって聞き取りづらい。

「朔夜!!」

 遠くから、ばたばたと走り寄る足音と耳障りな呼び声が聞こえた。

 於兎だった。

「酷いわ!置いて行こうなんて!」

「別に置いて行くつもりは…」

「私を手に掛けたくない気持ちは分かるけど、私は這ってでも敦峰に行くからね!」

「いやだから…それは勝手にしろって言ってるだろ…」

 手に掛けたいかどうかは別問題。

 於兎はずんずんと朔夜の馬に近寄り、横に立ってきっと彼を見上げた。

「乗せて!」

「…は?」

「乗せてよ!!」

「…はぁ」

 貢ぎ物のお嬢様に乗馬の経験は無い。

 影の手を再び借りようと考え辺りを見渡したが、既に姿を消していた。

 引っ張り上げる程の腕力は朔夜には無いし、やはり下に何か足場が無いと無理だ。

「這ってでも行くんだろ?なら走って来れば?」

 諦めと言うより面倒が勝って、朔夜は馬の下にそう言い捨てた。

「な…よくもそんな事言えるわねあんた…!」

「言えるよ。別に」

 捨て置く気満々で馬腹を蹴ろうとした時。

「お嬢さん、何かお困りか?」

 隣を通り過ぎようとしていた兵が、馬足を緩めて声を掛けてきた。

「ええ。このお子様が、私の馬を独り占めしちゃって」

 突然の事に驚くでもなく、さらっと嘘八百を答える。

「ちょっと待て!お前のじゃない!俺の馬だ!!」

 朔夜の喚きも逆手に取られ、若い兵に向けて「ほらね」と言わんばかりの表情を向ける。

 兵士は笑って頷き、馬を降りた。

「僕に何か出来る事がありますか?」

 於兎もにこりと笑い、朔夜の後ろを指差す。

「あそこに乗せてくれない?」

 気前良く兵士は両手を合わせて差し出し、それを於兎に踏ませ、上から朔夜が引っ張り、無事乗馬出来た。

「ありがとう。お名前は?」

 馬上に落ち着いた於兎が爽やかに問う。

霜旋(ソウセン)と言います」

 白い歯を見せ、於兎以上に爽やかに兵士は答えた。いくら取り繕っても元が違うよな、と朔夜は思ったりしている。

「あなた方もこの遠征に?失礼ですが…軍関係者なのですか?」

 霜旋の疑問は当然だろう。あまりに場違いな二人だ。

「西の国境の街に大事な用があるの。軍幹部の知り合いに相談したら、この部隊と旅すれば安全だって言われて」

 ちらりと朔夜は後ろに目をやる。

 よく回る舌だ、と感心する様な呆れる様な。

 若い兵士は素直に信じた様だ。

「成程。何かお困りの事があれば遠慮無く声をかけて下さい」

「ありがとう、霜旋」

 彼はにこりと笑って行列に従い駒を進めた。

 少し間を取って朔夜は馬腹を蹴る。

「…よく言うよ」

 ぼそりと於兎に呟く。

「本当の事は言えないでしょう?」

「まぁな…」

 於兎はともかく、朔夜の素性が洩れれば、この行列に混乱を来す事になるだろう。

 悪魔が苴に味方し繍に刃向かった噂は、まだ彼らの記憶に新しい筈だ。

「朔夜、あれ…!」

 急に後ろから突つかれ、見ればその指が一点を指している。

 隊列を見渡す、城郭の窓辺。

 そこに、桓梠の顔が。

 意識するより早く朔夜の手は腰の小刀に触れていた。

「っ…駄目…!!」

 刃を握った手を、於兎の手が抑える。

「邪魔するな…!殺しても良いんだろ!?」

「落ち着いてよ!!よく見て!!」

 二人の叫びは騎馬の足音に消される。

 にも係わらず、桓梠は二人に気付いた様だ。視線を合わせ、口元が歪んだ。

 その後ろに。

 華耶が。

「あの娘の無事が優先でしょ!?ここからじゃいくらあなたでも何も出来ない!」

 華耶は憔悴し切った、魂の抜けた様な表情で、ぼんやりと遠くを見ていた。

 行列に呑まれた駒は、乗り手の気持ちとは裏腹に進行方向に進んでゆく。

 朔夜は上を睨み付けたまま。

 何事も無く、それらは視界から消えた。

 どれほど手綱を引き、ここから取って返したいと考えたか。

 しかし何も出来ず、朔夜はやっと刃から手を離した。

 押し寄せる人馬の中、流される様に行きたくもない場所へ行く。

「朔夜…」

 恐る恐る、於兎が後ろから声を掛ける。

 朔夜は、はっと吐き捨てる様に嘲った。

「奴がここまで無節操な野郎だとはな」

「それは…」

「華耶は俺と同い年だ。そんな子供にまで手を付けるなんざ…あんたでも見損なうだろ?」

「…あなたを煽っているのよ」

 朔夜は口を引き結んで馬首を睨んだ。

 分かっている。桓梠は徹底的に見せ付けたいのだ。お前に自由は無い、と。

 選ぶ権利は無い。言われた事を熟していれば良い――それは、奴隷と同じだ。

 いや、自分とて奴隷なのだ。同胞の皆と同じ様に。

 ただ、この力を持つが故に、今までそれに気付かなかっただけで。

 立場は華耶達と何ら変わらない。

「怒りたい気持ちは分かるけど…今はとにかくあの娘の命を守る事だけ考えなきゃ?ね?」

 かなり長く黙々と馬を駆った頃、沈黙にたまり兼ねた於兎がそう言った。

 だが朔夜の頭の粗熱はかなり冷めており、燻る煙を思考に変えていた。

 怒りの中枢は、消える事は無いが。

「その為に故郷を失っても、お前はそれで良いのか?」

「…それは…でも…」

 何も言えなくなった於兎に、朔夜は溜息混じりに告げた。

「ずっと…考えてはいるんだ…何か手は無いか…」

「手…?」

「俺だって無力な人々を斬りたい訳じゃない。こんな馬鹿げた国に歯向かいたい気持ちは…俺も同じだ」

「でも、それじゃ、あの娘が…」

「…だから考えてるんだ」

 桓梠の目を欺き、華耶も敦峰も救う方法。

「影さえどうにか始末出来れば…」

「影?」

「あの黒尽くめの男の事だ。桓梠の命令で俺を監視している。今も、どこかで」

 露骨に探そうと首を巡らしそうになる於兎を、朔夜は鋭く止めた。

「やめろ。聞き耳まで立てられたら面倒だ」

「…ごめん」

 溜息で頷いて、朔夜は続けた。

「桓梠に敦峰の様子が伝わる前に、奴の息の根を止められたら…」

 だが実際、難しいだろう。

 影は慎重に慎重を重ね、朔夜が動けない時にしか現れない。力を使えば簡単だが、夜は決まって姿を眩ます。月夜でなければ力は使えない。

 それに、影が何人居るのかは分からないのだ。一人始末した所で安泰だとは思えない。

「奴の目も欺く…何か方法が…」

 呟いた時。

 視界が白くなり、手から力が抜けた。

 於兎の悲鳴が遠く、脳を掻き回されるような感覚の後、強い衝撃が全身を襲う。

 ――落ちたか、と。

 どこか遠い実感の中でそれだけを思った。

「朔夜!!」

 急には馬も止められず、何も出来ず馬上で叫ぶ於兎の代わりに、少し前を行っていた霜旋が飛んで来た。

 まず於兎の馬を止め、朔夜に駆け寄る。

「大丈夫か?」

 酷い吐き気がして問い掛けに答えられない。視界は白く明滅したまま。

「霜旋、朔夜は…?」

 於兎が馬上から問う。

「顔が真っ白だ。恐らく貧血でしょう。昨夜は旅に興奮して寝られなかったんじゃないか?」

 理由は全く違うが、ここ数日眠れなかったのは事実だ。ついでにろくに物も食べていない。

「ちょっと待っていて」

 霜旋は於兎にそう言うと、朔夜を抱き上げ道の端まで連れて行き、自らの馬と於兎の馬をそこまで引いて来た。

 二頭の轡に綱を結び、再び朔夜を抱き上げる。

「僕がこの子を連れて行きましょう。貴女は手綱をしっかり持っていて」

「分かったわ。本当、頼もしいわねあなたは」

「寝かせて休ませれば良いのですが…先を急ぐ故、申し訳ない」

 霜旋は言いながら朔夜を馬上に押し上げ、自らもその後ろに騎乗した。

 少年を懐に抱く形で座り、流れに合流する。

「日暮れまで馬から降りられぬ旅です。子供の身には少々、辛いかと思われますが」

「ええ。でもその子は見た目よりは年長なの」

 だからそんな言い草はやめろ、と本人は内心穏やかでないが声には出せない。

「十四ならもう少ししっかりしてても良いと思わない?なのにその通り、モヤシみたいで困っちゃう」

 だから!!言いたいが違うものを吐きそうで声には出せない。

「ははは、確かに」

 確かに。じゃねぇっ!!言いたいが…。

「まぁ、僕の弟もこんなものでしたよ。ひ弱でね、とてもじゃないが共に軍に入れた身じゃなかった。共に闘いたかったのですがね」

「あら、兄弟仲が良いのね」

「ええ。と言っても今はたまの手紙のやり取りだけです。郷里は遠いもので」

「そう…」

 遠い郷里に居る家族。

 於兎にとってはそれを失う旅なのだ。

「そうだ。あなた方のお名前を聞いていませんでした」

 そういえば、と於兎は気を取り直し答える。

「私は於兎。その子は…」

 はたと思い直し。

「事情があって、名前は明かせられないの」

 少し驚いた様な霜旋の顔の下で、朔夜が何か言いたげに細く眼を開いたが、すぐにまた閉じられた。

「成程、ではあなた方の旅の目的も、深くは聞きますまい」

「ごめんなさいね、こんなにお世話になっているのに」

「その点はお気になさらず。お節介は僕の疵です」

「まぁ!」

 大人達の笑い声を聞きながら、朔夜は数日ぶりに、殆ど気を失う様にして眠った。



 気がついた時には既に宿場に着いていた様で、見知らぬ部屋の寝台に横になっていた。

 部屋は暗いが、窓から月明かりが差し込んでいる。

 その光にぞっとして、急いで立ち上がり蔀戸を閉めた。

 塗り潰した黒の視界。

 強い目眩を覚え、その場に座り込む。

 座る事も辛く、冷たい床の上に崩れるようにして転がった。

 伸ばした銀髪が、隙間から洩れる僅かな光を反射して静かに輝く。

 ――この力さえ無ければ。

 この手が生んできた数々の悲劇も、これから創り出すであろう惨劇も、この眼で見ずに済んだ。

 華耶だってこんな目に合わずに済んだ筈だ。

 この力を消せたら――…

 そのまま朔夜はうっすらと眠った。

 また、梁巴を血の紅に染める夢を見た。



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