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土属性の魔法は地味だとバカにした皆様、さようなら

作者: 八神シュウ

私は自分と同じサイズの土人形を作り、その胸に自身の髪の毛数本とトパーズを埋め込み祈りを捧げる。土人形は小さく光ると私そっくりの姿になった。


「ごきげんよう、ゴーレム」

「こんにちは、ご主人様」


礼儀正しく胸に手を当てて頭を下げたゴーレムに私は微笑む。


「私のことはアイラと呼んで?」

「では、アイラ様。ご命令を」


ゴーレムは姿勢を正すと、真っ直ぐに私を見つめる。鏡を見ているような気持ちになりながら、私はゴーレムに命令した。


「私の代わりにここで過ごして欲しいの」

「かしこまりました」

「ふふ、私より少し声が低いのね。もう少し高い声は出せる?」

「はい……いかがでしょうか?」

「うん。完璧よ」


頭を撫でると、ゴーレムは先ほどと同じように頭を下げる。私は頭を上げ、椅子に座るように命令した。テーブルを挟んで対面に座ると、用意しておいた一週間のスケジュールを書き出した紙をゴーレムに見せ、一つ一つ説明していく。月から金曜日は学園に通い、授業が終われば王城で王太子妃教育。土曜日は婚約者である王子との茶会、日曜日は完全な休みだ。ゴーレムは難しい顔をして私に声をかける。


「あの、アイラ様」

「ん?」

「私は食事が出来ないので、王子との茶会は難しいかと」

「あら、それは大丈夫」


足を組んで、椅子に背を預けた。


「毒が入っているから、出されたものを飲んだり食べたりしなくていいわ」

「毒、ですか?」

「えぇ。王子は私を亡き者にして他のご令嬢と結ばれるつもりなの」


ゴーレムはほぼ感情を持たないが、主への忠義心はある。私が害されていると分かり顔をしかめた。なかなか酷い顔を私はするんだなと苦笑いを浮かべる。


「本当に呆れるわ。土属性は地味だからって、光属性の平民上がりの女に現を抜かすなんて」

「アイラ様……」

「確かに光魔法は素晴らしいわ。他人の傷や病を癒す。遣い手は少数だし、稀有な存在よ」

「……」

「でも、この国が持つ肥沃な大地は私たち土属性の魔法を持つ者が維持してるし、水害や風害から都市を守る土壁もそう。薬だって土中にいる微生物を私たちが発見して作り出している」


ギリと私は奥歯を鳴らした。貴族令嬢として、感情を露にするのは失格だが、自身の属性魔法をバカにされて黙っていられる程、愚かな魔法使いではない。


「あなたたち、ゴーレムだって国境の警備という大役を担っている」

「アイラ様」

「ふふ、ダメね。結局、あのバカ王子と同じよね。他の魔法より土属性が優れていると比べているもの」


ぽろりと涙が零れる。王子は幼い頃から決まっていた婚約者だ。火魔法を使う彼と切磋琢磨し合い、恋情は抱けなくとも、この国と国民を支えていくものだと信じていたのに。貴族としてのルールを重んじ、見た目も魔法も地味だと言われ、華やかな見た目や魔法を遣う自由きままに振る舞う女のほうがいいと嘲笑い毒を盛る男。

仮に婚約を解消できたとしても、次期国王がこんな男ではこの国を支える貴族、魔法使いとして仕え生きることは、私のプライドが許さない。


「アイラ様、大丈夫ですか?」


ゴーレムがそっと私の顔に触れ、涙を指先で拭ってくれた。優しい子。これから嫌な役を押し付けてしまうことが本当に申し訳ない。


「私はこの国を離れ、しばらく冒険者として生きるわ。その間、替え玉となって欲しいの」

「承知しました」

「家族や使用人、学園で親しい人たちにあなたのことは伝えてあるわ。あぁ、父は既にゴーレムと入れ替わっているの」

「……そのようですね」


私のゴーレムは父のゴーレムを感知したようだ。人間が替え玉のゴーレムを見破るのは熟練した魔法使いでなければ難しいが、ゴーレム同士は分かるらしい。私はゴーレムの手を両手で包んで額を押し付けた。


「身代わりのような役を押し付けてごめんなさい」

「アイラ様、どうかお顔を上げてください」

「ごめんね、私のゴーレム」


涙が止まらない。ただの土塊という者もいるが、私にとってゴーレムは家族のようなものだ。


今、王子たちのせいで学園での私の立場は危うい。土属性の生徒たちもだ。

それを知った父と土属性の魔法使いたちは、王子たちを諌めない王家を見限り、水面下で他国へ移住の手続きを進めている。それが終わるまでの間、一番命の危険にさらされている私と、移住の手続きの矢面に立っている爵位の一番高い父は替え玉をゴーレムに頼むことにした。


「アイラ様、どうかご無事で」

「ありがとう、私のゴーレム。必ず迎えにいくから、それまで待っててね」

「はい」


一週間、ゴーレムの替え玉が上手く行くか見守り、私はこの国を発ち、隣国で冒険者の登録を済ませた。新たに身分を得た私は、そのまま隣国でランクを上げると、父が移住先に選んだ国へ向うパーティに仲間に加えてもらった。一日に一度、ゴーレムへ埋め込んだトパーズへ祈りを捧げ、彼女に魔力を与えながら旅を続ける。移住先の国に着いても、祈りを捧げながらゴーレムの無事をずっと願っていた。



卒業パーティーで冤罪をでっちあげて断罪し、まさかその場で自分の護衛騎士に私を斬るように命じるとは、なんて愚かな王子なんだろう。怒りで震える私の肩を、父は慰めるように優しく触れた。

それを教えてくれたのは、転移魔法でその日のうちに帰国した移住先の国の王太子だった。


彼は数年前に婚約者を病で亡くしていた。正確には病で見た目が変わり、王太子妃としての仕事を全うできないことを苦に自死されたそうだ。幼い頃から、お互いよりよい国を作っていこうと手を取り合ったお二人。彼女は足手まといになるとその手を離した。彼女を喪った王太子の悲しみは海の底よりも深いものだったことだろう。

その病は、私がこの国に向かう旅の途中、土中で見つけた新たな微生物から作った薬が特効薬だった。その病は見た目の変化だけでなく、失明することもあるため、私の薬で多くの国民が救われた。その特効薬は亡くなった王太子の婚約者の名前からエメスと名付けられた。


その功績と、祖国では高位貴族であったため身分も申し分ないと私は王太子に求婚された。私は断ったが、彼の心からの言葉と魔法に対する平等な考え方に、固く閉ざしていた心の扉を開いてしまった。彼のような王の元でなら国民も魔法使いも幸せに暮らしていける。それを側で支えたい。私は彼の─セオ様の手を取った。


「セオドア殿下、それは真でしょうか?」

「あぁ。一緒にいた精霊に水鏡で再現させようか?」

「いえ、アイラに心労を与えてしまいますので、後ほど……」

「そうだな。アイラ、すまない。頭に血がのぼって配慮が足りず……」


頭を下げるセオ様に私は首を振り、頭を上げてくださるように声をかける。先ほど祈りを捧げた際の違和感は、ゴーレムが壊れてしまったせいだったのかと、私は溢れる涙を抑えることができなかった。私のゴーレム。私の家族。


「アイラ、すまない」

「っ……申し訳、ございません……」

「セオドア殿下。我々にとってゴーレムは我が子のように大切な存在なのです。アイラはことゴーレムを家族のように愛しております故」

「アイラ、部屋に戻るかい?」


セオ様の気遣いに私は頭を振って、話を続けて下さるように伝え、ハンカチに涙を吸わせる。セオ様は頷いて口を開いた。


「その後は阿鼻叫喚だ。あの国の王子と例の女、その取り巻きだけは薄ら笑いを浮かべていたな。王と王妃が会場に急いで入ってきたが、場が収まるわけがない」


卒業パーティーには留学生も参加しているので、毎年各国の要人や王族を招いている。祝いの席での断罪、斬殺。セオ様のように転移魔法で即刻帰国された方がほとんどだろう。そうでない方も通信魔法で祖国へ連絡をとり、今夜の事件について報告しているはずだ。あの国は終わりだ。王子やその取り巻きを含めた『子ども』を御せない王家など侮られるだけ。


「そうでしょうな。私のゴーレムはアイラのゴーレムを連れ帰っておりましたか?」

「あぁ。卿のゴーレムはアイラのゴーレムを大切に抱えて会場を後にしていたよ。『わが家門と土属性の魔法使いは王家を許さない』と宣言して」

「我がゴーレムは役目を果たしたのですね。セオドア殿下、明日には祖国から土属性の全魔法使いがこの国に移住してきますが、よろしいでしょうか?」

「勿論だ。君たちの移住先は既に整えてある。今からでも呼んでもらっても構わんぐらいだ」


にやりと不敵に笑うセオ様にドキリと心臓が跳ねる。セオ様の言葉に、父は頭を下げて感謝の言葉を伝えた。私も慌てて頭を下げる。


「二人とも頭を上げてくれ。我が国は土属性の魔法使いが少なくてね。こちらが頭を下げたいくらいだよ」

「そんな……」

「アイラ、きみが来てくれて本当に良かった。エメスもきっと、彼女が命を断つ原因となった病を治す薬を作ったきみが、私と共にこの国を支えるのを喜んでくれるはずだ」


私は顔を赤くする。実はエメス様の遺品である婚約者の証の指輪をゴーレムに埋め込み、降霊術を試したことがあるのだ。それは成功し、エメス様の魂とお話しすることができた。エメス様は病のない美しいお姿で私に笑いかけた。


『初めは見た目が変わっただけだから、陰であの人を支えようとしたのだけれど、外交等で隣に座ってサポートしたりができないでしょう?苦しくなってきちゃったのよ』


苦笑いを浮かべるエメス様に私はどう返事をすれば良いのか迷っていると、彼女は私の手を両手で包んだ。


『だから逃げ出しちゃった。セオのことを誰かに取られるのも嫌だったの。だって、この国で私より美しくて優秀な女なんて居なかったんだもの!』


言っていることは強気だったが、エメス様は優しい目をしていた。


『あなたは私より優秀だし、悔しいけど綺麗よ。それにセオに恋してるしね』


ふふっと笑いながら私の鼻先をちょんと指でつついたエメス様は少し泣きそうな顔をして笑った。綺麗、と私はその顔に見惚れる。


『だから、この国をセオと支えていってね。私の大好きなこの国を』


エメス様は笑顔でそう告げると消え、物言わぬ土人形だけが残った。私は指輪を取り出すと、左手の薬指にはめ直す。彼女が愛したこの国を、セオ様を支えていこうと誓った。


「はい。エメス様にはまだまだ及びませんが、セオ様とともにこの国を支えていきます」

「ありがとう、アイラ」

「アイラ。私は殿下ともう少し話をするから、先に休みなさい」

「はい」


私は立ち上がり、二人に挨拶をすると部屋を出た。私が部屋から出ると、この国で私付きの侍女を務めているミリーがさっと近づき、胸に手を当て頭を下げながら口を開く。


「アイラ様、転移魔法陣のご用意が出来ております」


ゴーレムへの違和感から実家へ向かいたいと私はミリーにお願いしていた。彼女は魔法陣を描くのが上手い火魔法の遣い手だ。私はミリーに微笑む。


「ありがとう、ミリー」

「とんでもないことでございます」

「すぐに向かわせてもらうわ。一緒に来てくれるわよね?」

「はい、勿論です」


私は彼女を伴い、自室へと急いだ。


転移魔法陣から懐かしい祖国の自室へ移動すると、ベッドに横たわる私のゴーレムとそれを見守る父のゴーレムがいた。父のゴーレムは胸に手を当て頭を下げると、私に場所を譲ってくれた。


「私のゴーレム……」


キルトを捲ると、胸元が袈裟懸けに斬られており、コアとなるトパーズに少し傷がついてしまっている。なんて痛ましい。私は手をかざしてトパーズを修復し、斬られた傷を治した。ミリーと父のゴーレムは黙ってその様子を側で見守ってくれた。私のゴーレムは目を覚ます。


「アイラ様……」

「私のゴーレム、ごめんなさいね」


ポロポロと涙が溢れる。私のゴーレムは起き上がると、指先で涙を拭ってくれた。この子の前では泣いてばかりだわと、私は小さく鼻をすする。


「アイラ様があの場所に居なくて本当に良かったです。斬られたのが私で良かった」

「そんなことを言わないで。あなたは私の家族よ」

「アイラ様……」


ゴーレムは泣きそうな顔で私を見つめる。私は乱暴に目元を袖口で拭うとゴーレムの手を握った。


「私のゴーレム、新しい国で私と一緒に暮らしましょう」

「アイラ様」

「私の侍女として、ミリーと一緒に」


ミリーが胸に手を当て頭を下げると、ゴーレムも同じく挨拶を返した。父のゴーレムは薄く笑みを浮かべ、私たちを見守っている。後で父に私たちのやり取りを報告するのだろう。私はゴーレムの手を引っ張り、ベッドからミリーが用意してくれた転移魔法陣へ向かう。


「私たちは先に向かうわ。明日、迎えがくるから待っていてね」


父のゴーレムにそう伝えると、彼は胸に手を当て頭を下げる。私はミリーとゴーレムと共にこの国を去った。


翌日、国中の土属性の魔法使いたちが祖国から消えた。国を守っていたゴーレムや土壁は消え去り、徐々に大地は痩せ、疫病が流行り、魔物が都市へ侵入するようになったが、祖国へ援助を申し出る国や土属性の魔法使いはいない。卒業パーティーでの事件はあっという間に各国へ広まったのだ。今さら王子たちを処罰したところで、事態は好転しないだろう。


私はミリーとゴーレムに給仕をしてもらいながら、セオ様と園庭でお茶を楽しんでいた。各国は滅びた後の祖国をどう分配するか話し合っているとセオ様に教えていただいた。この国が一番、土属性の魔法使いが多いので、滅びた後の祖国の地を修復する負担が大きくなることと、婚約者の私に配慮して分配される土地は多いそうだ。


土属性の魔法は地味だとバカにした皆様、さようなら。

どうぞ土の下でゆっくりお休みくださいませ。

お読みいただきありがとうございました。


2022/9/16日間異世界〔恋愛〕ランキング15位に入りました。ありがとうございます!

誤字報告ありがとうございます。反映させていただきました。

2022/9/17日間異世界〔恋愛〕ランキング6位に入りました。ありがとうございます!

2022/9/18日間異世界〔恋愛〕ランキング3位に入りました!400名以上の方にブックマーク、1,000名以上の方に評価をいただけて驚きと喜びで胸がいっぱいです。ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] やられ役の元婚約者やその新しい恋人がレジェンドクラスのバカなのはさすがに飽きてきましたね
[良い点] サラッと読めること。 [気になる点] 主人公達の復習の結果、主人公達は他国に逃げてその後に国が滅茶苦茶になる系の話はスッキリした気持ちにさせるのは難しいなと改めて思いました。 国中人間が…
[一言] 土属性をバカにした結果、足下をすくわれたと言う訳ですね、祖国の末路は。 土属性が地味な扱いされがちなのは身近過ぎて気付きにくいせいなのかもですが、地に足を着けて生きる者にとってはかなり大事…
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