閉ざされた世界で
宮城に戻ると、楷と紹は先ほどの出来事を父に報告した。それと同じ頃、皇太后が沖の様子を不審に思い泓から話を聞いていた。
皇太后は鬼の形相に変わった。
「太宰、太宰を連れて参れ!」
太宰は内廷に呼び出された。皇太后は子供たちを証人にして垂を断罪した。
「垂が謀反を企てておる。私は垂の子らと交わるのには反対でした。太宰が是非にというので大目に見たのです。それが結局この有様じゃ。それ見たことか。この責任はどうしてくれようか。」
「垂が謀反などとんでもありません。垂は、皆の前で皇帝になる気はないと宣言したのです。」
「いいえ、沖を抱えて皇帝になる気はないと言ったのです。これは暐と私を排除し、沖の後見人に自分がなるという宣言です。」
「それは勘ぐり過ぎです。皇統を尊重する意思を示しただけです。
私は垂を買っています。垂は信用できる人間です。私を信用してくださるのなら、私の信用する垂もどうか信用してください。」
「・・・それはそうですが。」
「私は、垂を大司馬に就けたいと考えています。」
大司馬は軍事の最高責任者である。垂が軍事力を一手に握るなど考えただけでも恐ろしい。
「却下です。垂殿に謀反の意思がなくても、垂殿を担ぎ上げたい謀反者がいることははっきりしました。垂殿には荊州牧を務めていただきましょう。護南蛮校尉に相応しい難しい場所ですわ。」荊州牧は晋と国境を接する地域の地方長官である。
太宰はため息をついた。
「仰せのままに。」垂自身の謀反の疑いが晴れただけでも良しとするしかない。
「ねぇ陛下、お母さまは何と仰っているの?」沖は小声で聞いた。
「お母さまはね、優秀な垂将軍が怖いのだよ。だから垂将軍を遠くに追い払うことにお決めになったのさ。」
「垂将軍は怖くなかったよ。」
「うん。すべては私が頼りないからいけないんだ。」
「陛下は頼りなくなんかないよ。」
暐は沖の頭を優しく撫でた。沖は垂将軍が遠くに行ってしまうのを残念に思った。
沖たちは垂の家に行くことを禁じられた。泓は、行かないと決めていたので平気だったが、沖は悲しかった。
当初は外出禁止令になるところだったが、皇弟たちの教育は燕国の存亡のかかった国家計画なので、太宰が皇太后を必死に説得した。恪家と垂家をつなぐ扉は閉ざされた。
泓はあの日から弓馬の練習に励むようになった。弓馬だけではなく学問にも励んだ。自然沖も付き合うことになる。しかし、泓のようにストイックにすることはできなかった。
気分転換に帝室牧場で馬を走らせてみた。一人で駆けてみても、あまり楽しくはなかった。沖の毎日は精彩を欠いた。
白鳥たちが飛来し、また去っていき、桃の花が咲き、再び夏が来た。
気づけば沖は、あの扉の前に立っていた。扉は閂が掛けられ釘打ちされていた。
蒼天を知れば、窓から覗く空は空ではなく、
広大な草原を知れば、どんな庭もちっぽけに思う。
それなのに、牧場などもう見たくもない。
半分は努力できない自分のせいだけど、もう半分は失ったものを思い出すせい。
「あーあ、つまんないな。」
沖は、開かない扉にもたれかかって、ずるずるとしゃがみこんだ。
陛下ちゃんは15歳くらい。