惨敗
泓
暐が泓に送った手紙は、
――― 燕国を再興せよ。もし私に何かあれば、其方が帝位に就け。
泓は司隷州の北地郡で長吏をしていた。
北地郡には燕人の強制移住がなかった。泓は手紙を読むと数人の同志を集め、秦王が長安に入ったのを見計らって郡を脱走して関東へ走った。
関東では、垂が破竹の勢いで勢力を広げ、燕王を名乗り洛陽を攻めていた。
泓は垂の手腕に関心するが、同時に不快感を覚える。燕王?燕の正統は関中にいるのに!
泓は宿勤崇と高蓋に相談した。二人は郡吏時代の部下であり、宿勤崇は頭の切れる文官で、高蓋は優秀な武官であった。泓に従った者は皆、しがない郡吏をしているよりも燕国皇帝候補に自分の人生を賭けた者たちだ。
宿勤崇は言った。「叔父上が帝位を狙っているのは明らかです。これを阻止するには武力で勝か、燕の正統を連れてくるかでしょう。」
「流石宿勤崇!その通りだ。」
泓と垂は皇后を母に持たない者同士。その泓が、燕の領土を取り戻した垂に帝位を渡せと言っても説得力に欠ける。
泓は関東で鮮卑族を数千人かき集めると関中に戻り、華陰を占拠した。華陰は長安と洛陽を結ぶ交通の要所で、淮川(黄河最大の支流、長安も南岸にある。)の南岸にあり背後に華山がそびえる軍事的にも優れた場所でもある。そして何より、華陰を北上すると蒲阪の関に至る。泓は沖を待っているのだ。
泓が華陰で蜂起したことは直ぐに秦王の耳に入り、秦王は将軍強永に5千の騎兵を与えて泓を討つよう命じた。
沖
沖は河東郡の燕人を収容しながら蒲阪の関に向かった。河東郡の太守は早く通り過ぎるように言って、見て見ないふりをした。しかし蒲阪城はそうはいかない。別駕(刺史代理)の率いる兵が沖たちの進路を塞いだ。
「平陽太守よ、どこへ行く。」別駕は大音声で言った。
「燕国皇帝を迎えに長安へ行く。大人しく返してくれれば何もしないで関東に帰るよ。」沖は答えた。
「太守風情が天王陛下を脅す気か?長年秦国で養ってやったのに忘恩も甚だしい。白虜はやはり我等の敵だ。」
「養う?搾取の間違えだろ!」
沖はさっと手を上げた。燕人は一斉に弓を構える。
「――― 撃て!」
刺史の兵は、苻氏のプライドに掛けて通すわけにいかない。沖たちは燕人のプライドに掛けて再び氐族に負けるわけにはいかない。戦闘は一進一退し、沖たちは数日かがかりで、刺史の兵を丘の上の蒲阪城に追い詰めた。
次の日、空が白んでくると、見張り役が蒲阪の関の内側に5万の赤い兵がひしめいているのに気付いた。
「なんで?どうして誰も気付かなかった!?」
蒲阪の関を渡れないということは雍州に閉じ込められたということだ。
沖の判断ミスだ。蒲阪城は長安に急を知らせるに決まっているのに、いつまでも積年の恨みを晴らすことに夢中になった。
沖は、まだ眠っている皆の方を振り返った。全滅という言葉が脳裏をよぎった。
一刻を争う。沖は将兵を集めて作戦を伝えた。全滅を免れることができるとしたらこれしかない。
将兵は皆を叩き起こすと、寝ぼけている燕人の頬を思いっきりひっぱたいた。
「蒲阪津が秦軍に占拠された。これより蒲阪の関を突破する。ついて来られる者はついて来い!」
言うが早いか、軍は欣怡始め先駆け隊を先頭にして丘を駆け下り、そのまま敵陣に突っ込んだ。軍の後方では悲鳴があがっている。
「振り返るな!ただ前に進め!自分のことだけを考えよ!」沖は大声で叫びながら、赤い色の兵に手当たり次第剣を振った。一人でも多く燕人が生き残りますように。
欣怡が橋を渡っていると対岸で既に橋が十尺ほど壊されていることに気づいた。
「どうした?」失速する欣怡に後ろから来た蒲子景が叫んだ。
「橋がない!」
「構うかよ!」蒲子景は思いっきり欣怡の馬の尻を鞭打った。
馬は思いっきり跳ねた。「ぅわー!馬鹿!」
どうせ乾期だ、落ちても大丈夫!
早い決断が功を奏して、燕軍が突撃した時、秦軍はまだ臨戦態勢を整えていなかった。蒲阪津を渡ることができたのは8千騎。沖は歩兵を切り捨てた。
沖はそのまま南下して泓と合流した。
水曜日が辛い。
沖が大敗したんだよねと晋書を読んで、ついでに秦方の将軍について念のため読んどくかと中國哲學書電子化計劃の竇衝のページを見ていると、「竇衝在黃河以東大敗慕容衝」という記載を発見!なぬ!?黄河渡ってなかった!(慕容衝は沖ちゃんのことです。竇衝は蒲阪に派遣された秦の将軍です)そりゃ大敗するよ。ていうか一点突破で2万のうち8千残るってすごくない?




