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燕の子  作者: 鏑木桃音
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一人よりも二人で


 沖が劣等感の塊のような自分を曝け出し、玉が受け止めたことで、沖は、自身を苛み続ける過去を過去とすることができるようになりました。自分の立場がどうであれ、幼かったのだから仕方がなかった。やっとそう思えるようになったのでした。

 沖は玉を連れて牧場に来ました。

昨年の狩り大会で一等になった子たち、楊一、楊両、蒲子景、襄陵嘉、欣怡(シンイー)を呼んで一緒に駆け比べをして見せました。乗馬歴の違いから断然沖が速いのですが、みな上手に乗りこなしています。沖は玉の近くに寄って馬から降りて言いました。

「ねぇ、玉。五年で最強の兵団を作りたいんだ。どうすればいいと思う?」

後ろで、子供たちが馬に乗ったまま追いかけっこのようなことをして遊んでいます。

沖が玉になんでも隠さず話すようになったので、玉は沖の考えていることがよくわかるようになりました。以前の玉なら、漢人に燕人を率いさせようなんて!と怒り出したに違いありません。ですが五年で秦王と戦えるほどの軍を作るのなら、漢人だとか燕人だとか、男だとか女だとか、そんなことは些末なことでした。

 玉は少し意地悪を言いました。「困り事を解決して差し上げるには、真珠の首飾りがございませんよ。」

「できるの!?・・・でも、もう持ってないよ。」沖は肩を落として言いました。

玉は後ろを振り返ると、侍女が手に持っていた箱からベルトを二本取り出しました。

「ふふっ。こんな所にあの首飾りがありました。」

1本を差し出して

「これを常に身に付けて魔法の呪文を唱えれば、なんと、首飾りを渡したのと同じ効用を得られるのです。」玉は楽しそうに言いました。

沖の顔がパァッと明るくなりました。「呪文?」

玉はちょっと考えて、沖の耳に手を当てると小声で呪文を教えます。

「私は玉を愛しています。」

「えー!?」

「って、違うんですか?」

「違わないけど。」小さな声で答えます。

「なら仰ってください。そうでなければ、小女子はここから一歩も動けません。」

「ゴニョゴニョゴニョ。」沖は顔を赤らめて呪文を唱えました。

「なんだか悲しくなってきました。」

仕方なしです。沖は大きな声で言いました。

「玉をこの世で一番愛しています!」

沖は耳まで真っ赤にしてしゃがみこみました。

玉は嬉しそうに微笑みました。



 玉は沖の願いを叶えるために、太守家の中にもう一つの郡役所を作りました。

 全ては徴税についての隠し帳簿を作ることから始まりました。

沖が太守になってから四年ほど経ち、他所から引っ越してくる燕人が増えました。しかし戸籍簿は、王猛が燕人の入植先を決める際に調査した戸籍簿と、燕人が入植した際に作った戸籍簿を使っています。戸籍がないのに勝手に住み着いた家を客戸と言います。客戸は公には存在しない戸なので税は課されません。この客戸に正規より低い税を課し、太守家の収入にしたのです。また、もとからいる住民の不満を逸らすため、戸籍に含まれた子が独立して生計を立てるようになっても、以前と同様にみんなで一戸分の税を払えばいいことにしました。要するに戸籍調査をしないのです。

 こうして得た収入は小燕国の富国強兵に使います。富国とは食糧備蓄を増やすということです。客戸に対して開墾を奨励し、農具や牛を貸し出しました。強兵については、武器は国家に生産管理されています。燕人の最大の武器は弓馬なので、馬と弓矢を増やします。弓矢は狩りの道具です。

 兵制も改めました。調練のために民に短期の兵役を課しました。郡の方は既存の戸籍から徴兵し、太守家の方は客戸の方から徴兵し、双方の軍の総責任者は随です。郡の兵団の士官に子供たちを加え、将来的には漢人が漢人を統率することを明らかにしました。

 太守家の家政が役所のようになると、郡の学校で学んだ者たちが太守家に就職するようになりました。太守家と郡は、客戸の燕人向けか既存の住人向けかの違いがありますが同じようなことをしています。人々には二者の区別がつかず、まさか戦の準備をしているとは思わないのでした。

 玉は、さながら裏役所の太守となり、表の役所を去りました。

世間の人々は、沖が成長したので玉は政治から身を退いたのだと考えて玉を称賛しました。内情を知っている官吏も玉の手腕を称賛しました。燕人なら尚更です。

みんなが玉を褒める度に沖は嬉しくなります。宿舎に戻ると一番に言うのでした。

「玉、愛しているよ。」

客戸から税をとるのは太守の汚職の常套手段です。汚職は一人より二人で!? そういう意味じゃないよ。夫婦で重たい荷物を分け合うってことだからね。でも国法を破っているわけではないから汚職ってほどでもないですよね。

 弓といっても動物の筋を使った複合弓なので、作るのに手間がかかり、遊牧民だったら誰でも作れるとは言えないと思う。

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