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燕の子  作者: 鏑木桃音
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藍宝石

サファイアのこと。

燕のイメージカラーが白青で秦の色が赤紅なので。

今だって相当希少な石です。陛下ちゃんはどうやって入手したんでしょうね。

陛下ちゃんは沖ちゃんのためなら何だってするんです。


皆が寝静まった中、沖はむっくりと目を覚ます。ここはどこだろう。火鉢が沖の両脇に置いてある。両隣には随と玉が寝ている。きっとここは開心の父親が言っていた離れだ。

そうだ、あの悪辣な開心を退治しなくては。

沖はまだ、意識を失う前の倒錯した世界にいた。自分の剣を探して部屋を見渡した。柄にはめ込まれた藍宝石が沖を呼んだ。

そっと扉を開けて離れを抜け出すと、月明りが煌々と照っていた。世界は寝静まり風の音すらしないのに、空気は澄んで刺すように冷たい。この世界でこんな時間に起きているのは自分くらいなものだ。なんでもできそうな気がした。

母屋の扉を静かに細く開けると、するりと忍び込んだ。やはり火鉢の火がチロチロと燃えていた。沖はドキドキして五感を研ぎ澄ませた。

「さっさと脱げ、寒いだろうが。」男の声が聞こえた。

良く知っている湿った汚らわしい声だった。

沖は暗がりに目を凝らす。

「これがお前の唯一の使い所だ。」

大きな影が小さな影の上に覆いかぶさった。

 そこから先のことは記憶にない。

離れから皆がやってきた。多分、自分が叫んだか鬼が叫んだかしたのだろう。

皆が目にしたのは、血溜まりの中、無心で肉片に刃を突き立てる幼い主の姿だった。全員、惨状に息を呑んだ。

沖は無我夢中で切り刻む。鬼が絶対生き返らないように、念には念を。

随は沖を背後から抱きすくめて剣を奪った。

「殿下、殿下、正気にお戻りください。」随は激しく沖を揺さぶった。

沖は、はっ、と我に返る。「あれ、随?」何もわかっていないような顔をした。

辺りを見渡せば沖も欣怡(シンイー)も血の海にいた。欣怡は欣怡だった。

玉は欣怡に自分のマントを掛けてやった。

沖は自分の前に散らかるミンチを見つめて、自分の血まみれの手を見つめて、自分がしたことを悟った。

悪いことをした?いや、悪くない。でも・・・。

沖は血溜まりからゆっくりと立ち上がると、「剣を頂戴。」と雲に手を伸ばした。

雲は困惑する。

「大丈夫だよ。ちゃんと正気だから。欣怡から父親を奪ったからには落とし前をつけないといけない。」瞳はしっかりとしていた。

雲は、血を浴びた凄みのある顔に抗うことができなかった。

沖は、自分の剣を欣怡に差し出した。

「君のお兄さんは、人に自分の価値観を押し付けてくるお節介な輩だったよ。でも私は違う。この剣で私を刺すなり、自分を刺すなり好きにするといい。」

欣怡は独りぼっちになってしまった。でも、父はもう四年も前に死んでいる。生きるために必要なことは全部一人でやってきた。これからだって同じだ。・・・同じか。今まで生きてきて楽しいことなど何もなかった。

 欣怡は藍宝石を生まれて初めて見た。この世にはこんなに美しいものが存在するのだ。少年はこの藍宝石みたいに美しい。この人は兄のことを知っている。(ごみ)みたいな自分でも、宝石の近くにいれば、その美しさに(あや)かることができるだろうか。

 欣怡は手を伸ばし藍宝石をそっと撫でた。初めて触れる硬質で滑らかな感触に感動すると、心が決まり、沖の袖を握った。

沖は嘲笑を浮かべた。「何?君も私のことが気に入ったの?」

欣怡は頷いた。

「私は親兄弟しか信じない。君が私の妹になるっていうなら、連れて行ってあげてもいいよ。」

少年の心は藍宝石のように硬かった。それでも欣怡は喜んで頷いた。

「いい子だ。」沖は言った。

 沖は、たちどころに従順な(しもべ)を作った。大人たちは、主が不気味で恐ろしく感じた。狼狽を隠すように全員で黙々と二人を綺麗にした。

 皆で、家にある一番上等な服と皆の着ている服を少しずつ継ぎ接ぎして沖の旅装をごまかした。一番割を食ったはマントを取られた鳶だった。

「ごめんなさい、鳶。」沖が心から申し訳なさそうな顔をした。

その顔を見れば鳶は綿入れだけで一冬過ごせる気がした。

「全然平気です。(わたし)は健康優良児ですから!」ハ、ハックショイ。

旅装を整えると、火鉢を倒して家に火を掛けた。冬の乾いた木造家屋はよく燃える。

「開心の頑張りが灰になっちゃうな。」沖は呟いた。

特別な感情はない。ただ開心の妹、多分開心の一番大事なものだ、を手に入れたことは満足だった。奪われたら奪い返す。笑い出しそうなほどいい気分だ。

 随は薄ら笑いを浮かべる沖を促した。一行は急いで蒲阪を立ち去った。

河東城の近くまで馬を進めて振り返ると、後ろの空が赤く染まっていた。天を染める炎は潞川を思い出す。火には運命を変える力がある。こんな最悪な運命、良くなるしかないだろう、沖は思った。

 一行は河東城に立ち寄ることなく平陽に向かった。次第に空が白んできた。

沖は自分の馬に欣怡を乗せていた。

沖の前を行く玉が情けない声で随に言った。

「父上様、小女子は臥所(ふしど)も共にしないうちに、見捨てられるのでしょうか。」

「深く考えるな、年少者は馬に負担が少ない。これは殿下の優しさだ。妹とは夫婦にはなれないだろう。」

「でも義理です義理!」

「落ち着きなさい。お前の大人の色香で・・・。」随は言って後悔した。

主は性的な事柄に異常な拒否感を示す。苻丕の言葉は真実だろう。本当に禍事だ。随は憤りを感じるとともに心の傷の深さを心配する。欣怡の事がなくても玉は可哀そうだ。きっといい男になるのに、色香とは無縁かもしれない。随はため息をついた。

「・・・お前も、ちょっと口を慎むくらいがいいかもしれないな。」

 河東城から平陽郡の治所につくまで凡そ一日、玉は何度も振り返ったし、馬を並べた。仕舞いには欣怡を自分の馬に乗せた。これは焼きもちではなく正妻としてのプライドの問題だ。欣怡は玉を見上げてにっこり笑うし、沖は不思議そうに首を傾げている。玉は自己嫌悪でため息をついた。

 日が暮れるころ、一行は平陽郡の治所についた。比較的新しくて立派な官舎が、川よりも少し高い台地に建ち並び、市もある。城郭はない。この場所には、その昔、堯の都があり、前趙の都があった。前趙の崩壊とともに都は焦土と化したので、町は復興途上にある。すぐ下を汾川が流れ、郡を取り囲む山の端まで田畑が広がってる。

 平陽郡は、南は汾川と黄河が合流する地点から北は山に阻まれるまで、東は呂梁山、西は太行山に囲まれた汾北10県を管轄する。山を越えれば晋陽や上党、晋城に行けるので交通の要所だとも言える。ただ、峻険な山を沢山越える必要があるので、守備に適したのどかな雰囲気の場所である。

「いい所よね。」

「そうだな。」

沖ちゃん殺人犯。正当防衛だし。誤想過剰防衛じゃない?心神耗弱だし。そもそも刑事未成年だし。証拠隠滅ちゃんとしたし。それ犯罪。だから刑事未成年だって。日本の現行法ではな。うーん、沖ちゃんのザンギャックで歪んだ面を見せたかった回です。あと特殊能力の開花というか自覚。美人が美人なことを利用しだすと性格が悪くなるよね、ちょっと心配。

 前趙滅亡といえば石勒。こちらは奴隷から皇帝への成り上がりです。成り上がりものとして、からりとした話になるでしょう。

 この場所は金殿鎮と呼ばれている。

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