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燕の子  作者: 鏑木桃音
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新世界の扉


暐は皇帝に即位し、皇太后である母と太宰恪と太傳(たいふ)評が政治の実権を握りました。

皇帝は武よりも文を好み、文よりも音楽を好む少年でした。子供に国家運営などできるはずもないので、皇帝は大人たちの言うがままに頷く他なく、自己主張をしない性格にますます拍車がかかりました。

 太宰は不安です。優しく穏やかなことは泰平の世であればよいことです。しかし未だ乱世。このようにか弱き皇帝で、燕は生き残ることがでしょうか。かといって廃するわけにはいきません。兄である先帝に誓ったのです。恪には、皇帝が軟弱な原因の大きな部分が、過保護で気の強い皇太后にあるように見えました。思案した結果、

「皇太后様、沖様に、そろそろ騎馬や武術をお教えしましょう。我が子の(かい)(しょう)がお世話をいたします。」少しでも早く母親から離し、遊びながら馬や弓に慣れてもらう作戦です。

皇太后は驚きました。「最近やっと粗相をしなくなったばかりだというのに早すぎますわ。」

「恐れながら、沖様には、将来、皇帝の右腕となり軍を率いていただかなければなりません。気の荒い騎馬隊を束ねるのは並大抵の手腕ではいきません。真に沖様のことを思うのであれば、与えうる限りの生きる知恵と力を授けるべきです。」

皇太后は遠くを見るような目をしました。子供たちが立派に成長した姿を想像したのです。

「沖には、垂殿を超える優れた指揮官になって欲しいと思います。我が国で垂殿を超える軍事統率者はあなたくらいなものでしょう。太宰に見捨てられては私どもは滅びるしかありません。あなたの言う通りにいたします。」


皇太后は沖を囲っていた手をほんの少し緩めることにしました。しかし子供の成長速度は目覚ましく、沖は、あっという間に母の指の間をすり抜けて宮殿の外に遊びに出かけるようになったのでした。


楷と紹の家

門前で馬から降り、中に入ると、緑と水の豊かな中華庭園が広がっていた。

敷地の真ん中に大きな池があり、その北側には迎賓館があり、東側には食客を住まわせている島があって、西側には本宅があった。池には中島があって東の島以外は橋で結ばれていた。南門と本宅と迎賓館は地続きであるが、迎賓館には南門から中島を経由して直接行くことができるように橋が架けられている。池や中島には楊や桃が植えられて、弓なりに反った石橋が池に映り込んで円を作っていた。

「わぁお!」沖と泓は目を輝かせて顔を見合わせると駆け出した。

楷と紹はちびたちを追いかけた。

「「待てーちび共!」」

「「キャー!」」

アップダウンのある橋を渡って、中島に至り、中島をぐるっと回って、泓が小舟を見つけた。

「楷ちゃん、乗りたい!」そう言って陸地に置きっぱなしにされている舟に乗り込んだ。

「紹ちゃん、漕げる?」沖も船縁にへばり付いて中を覗き込む。

「できるけどさ、竿を探してこなくっちゃ。」楷は竿を取りに出かけた。

沖は待っているのがつまらなく感じたので、楷を後から追っていった。すると本宅に出た。

「楷ちゃんはどこへ行ったかな。」呟いて屋敷の中を覗くと、しんと静かだ。楷の名前を呼んでみるが、広すぎるのか返事は返ってこなかった。沖は楷を探してみることに決めた。

広い本宅の周りをウロウロしていると建物の裏手に至る。裏手にはだだっ広い広場があり屋敷を囲んでいる塀が見えた。ふむふむ、屋敷はここでおしまいかと思いながら、広場をてくてくと歩く。途中馬小屋があったり弓の的が置かれていたりする。

 しばらく行くと塀に作られた簡易な門扉に気が付いた。扉の前に立つと塀の外から楽しそうな子供の声が聞こえてくる。(かんぬき)はついていなかった。沖は塀の向こうが気になった。

「楷ちゃんかなぁ。」

簡単な作りの扉だとは言っても、ちび助に開けるのは難しい。手をグーパーグーパーしながら伸ばしてみるが取手には届かなかった。あきらめて両手で扉を押してみると少し動いた。「あともうちょっとなんだけどな・・・えいっ!」体当たりした。すると扉が開いて、沖の体は勢いあまって前に転げ出た。

「うわぁ!」びたん!!

沖はお団子髪がほどけるほどに派手にこけた。みっともなくて一人では起き上がりたくない気分だ。

「楷ちゃん、紹ちゃん、泓、沖が転んじゃったよ。」涙声で訴えてみる。返事は返ってこないはずだった。

「大丈夫?」

「君?だぁれ?」

沖の頭上から、女の子と男の子の声がした。沖は涙目で顔をあげる。

「あら、かわいいお客さん。」小さな女の子が沖を覗き込む。肩から髪がさらさらと流れ落ちた。

「女の子?男の子?」と少年が首をかしげた。少年は横の髪の毛で頭頂部にお団子を作っている。女の子は泓と同じくらいの年齢で、少年は楷や紹くらいの年齢に見えた。着ている服は胡服である。

沖は何も答えられなかった。

沖は目の前に広がる景色に心奪われていた。

広大な草原にゲル(パオ)が点在し、馬と羊がゆったりと草を食んでいる。

草原をザァーと風が渡った。

よくわからないけど、胸の奥が熱いような痛いような不思議な感じがする。

沖はこの感情の名前をまだ知らない。遺伝子に刻み込まれたノスタルジアであった。


お父ちゃんが本来我等は被髪に左衽と言っているので、ということは今は髷で右衽を着ているということではないだろうか。と推測しました。鄴はお父ちゃんがわりと最近手に入れた都なので、恪の家も前からそういうのがあった設定です。遡れば曹操の別荘だったかもしれないよ。


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