旅立ち
――― 秦王が(主上が)沖に(鳳雛に)恋々としている。
暐と王猛は共に恐れた。早く沖を長安から出さなければならない。二人は諸々前倒しにする調整をした。
少年は、花で飾った馬車を連れ、坂の上から市場に向かって下りてきた。
雲間を飛ぶ燕が金糸で縫い取られた白い胡服に帯剣し、胡帽から流れる艶やかな髪が、馬の歩みに合わせてさらさらと揺れている。
少女のような少年は、市で一等高級な飯店の前で馬からひらりと降りた。
道行く者は足を止め、思わず少年に見とれた。
供の者が飯店に入ると、中から、白い胡服に紅珊瑚の頭飾りをした垂れ髪の女性が姿を現した。
少年は女性の手をとり跪く。
「私と結婚してください。」
女性は恥ずかしそうに頬を染めた。
「宜しくお願いします。」
周囲から黄色い歓声が沸き起こり拍手と指笛が鳴った。
暐の屋敷の庭にて
沖の結婚式のために、胡服を着た親族が集まって、地べたに円を作って座っている。雰囲気は、良くない。
「中山王が、段随の娘を娶ることになりました。」
「・・・段か。乗っ取られるのではないか?」
「国を奪われ、凌辱され、血脈まで汚すのか。宗家は恥辱に堪えない。いっそ中山王に死を!」
暐は頭を下げた。「すべて私の不徳の致すところです。どうかご容赦ください。」
「不徳、不徳って、宗主はいつだってそればかり。それなら宗主を辞めてはどうか?」
「どうかご容赦ください。」
「今回の件だって自分たちばかりいい思いをして、我等には何のおこぼれもない。我等だって宗主の不徳のせいで堪えがたい屈辱に堪えている。何かあってもいいだろう!」
例えば泓の場合、大朝会から帰ってきた太守が言った。「天王陛下の寵童は其方の弟か。兄上が大騒ぎして朝会は荒れに荒れたぞ。」
まさか。・・・でも。
それからというもの、「長吏殿もよく見れば可愛い顔をしている。」と見つめられたり、「閨房のことを教えて差し上げあげましょう。」と言い寄ってくる輩が現れるようになった。
そういう輩は締め上げる。「もう一遍でも言ってみろ、二度と口が利けなくしてやる。」
暐は頭を下げた。「申し訳ない。必ず埋め合わせはします。」
「一体宗主に何ができるというのだ。」
「申し訳ない。吏部曹尚書になったので何かできると思う。きっと埋め合わせはします。」
暐はひたすら謝った。泓は居た堪れない思いで聞いていた。
沖が花嫁を連れて帰ってきた。暐を責めていた者たちも、さすがに口を噤んだ。
結婚式が始まる。
二人は暐に向かって礼をし、互いに向き合う。
「沖といいます。宜しくお願いします。」
「玉といいます。幾久しく宜しくお願いします。」
二人の前に小さな火鉢が運ばれ、一緒に火起こしをした。
家僕が瓢箪を持ってきて二つに裂き盃を作った。暐が酒を注ぎ、二人はこれを飲み乾した。
「「「「長久!長久!」」」二人を祝う若い声が上がった。泓と紹と楷である。つられるようにして拍手が起きて、暐は、ほっと胸をなでおろした。
山盛りの御馳走が運ばれた。チーズ、羊肉スープ、羊の姿煮、蒸籠蒸しの肉饅頭、餃子等の遊牧民の伝統料理が並んだ。
皆、羊肉を小刀で骨からはずしながら食べる。関中の平地は開墾しつくされ放牧できるような草原がない。羊肉は高級品になった。
「あぁ懐かしいな。」
「あぁ帰りたいな。」
誰からともなく言いだして、そこかしこからすすり泣きが聞こえた。
皆が帰って、泓と随と玉が残った。沖はほんの少し飲んだだけの酒で寝むってしまった。
暐が沖を膝の上に抱き起こしてみても少しも起きない。暐はくすっと笑って、ここぞとばかりに抱きしめた。
――― 愛しい沖、こんなにも早く手放さなければならないなんて。
暐は沖に頬を寄せて言った。「泓。私と沖で敵を討つ。其方は国を取り戻せ。我等兄弟の手でなさねば、この恥辱は晴れない。」
泓は、兄の腕の中で眠る弟の顔を見つめながら、深く頷いた。
暐は随と玉に言った。「すまない。酷い結婚式になってしまった。」
玉が言った。「一つ伺いたいことがございます。」
「うん。」
「何故、小女子の夫は殿下ではないのでしょうか。」
随が慌てる。「こら、玉!」
玉は悪びれることなく言う。「だって太守夫人より侯爵夫人の方がいいに決まっています。年齢だってその方が釣り合います。」
鮮卑の女は皆強い。暐は苦笑する。
「私は囚われの身だ。実際燕人を統べることができるのは私ではないだろう。」
「では、何故妹ではなく小女子なのでしょうか。」
「其方は段部の滅亡を知っている。これから沖に降りかかる艱難を共に乗り越えることができるのは、きっと玉の方だ。」
「艱難・・・。」大げさではないか。
「段には伝えなければいけないと思うが、どうしても口にできない禍事がある。全部私のせいで沖は何も悪くない。忠誠を誓わせながら酷い話だが、どうか何も聞かずに沖を支えて欲しい。」
暐は頭を下げた。
玉は段の娘に生まれ、ずっと肩身の狭い思いをして生きてきたが、他の誰でもなく段玉でなければならないという。玉の心は震えた。
「承知いたしました。我が命に替えましてもお支え致します。」
暐は嬉しくて何度も頷いた。
数日内、沖は段氏と何人かの従者(騰が市で集めてきた脱走燕人)を連れて長安を出発した。
「沖。私が言うことでもないが、民衆と苦楽を共にしなさい。そうすれば上手くいかないことはなく、傾かない者はない。
・・・体に気をつけるのですよ。」
沖はこっくり頷いた。「陛下もお元気で。騰、陛下を宜しく頼みます。」
「もちろんです!」騰は明るく答えた。
暐が言う。「随、玉、沖を頼みました。」
「「承知!」」
みな馬上の人となった。
立ち去る一行を見送りながら、騰が言った。「寂しくなりますね。」
「沖は関中の燕人を率いに行ったのだ。何が寂しいことがあろうか。」暐は強がりを言った。
騰はふと思った。「関中の燕人をみんな率いてしまったら、殿下は誰を率いるんです?」
「私か?私のことはいいんだよ。」大罪人だから。
「そうですか。では私は殿下の第一の将ということで。」騰はお道化て言った。
「将も何も一人だけかもな。」暐は騰に向かって笑った。
沖が長安を発ったことが王猛から秦王に知らされた。秦王は心に穴が開いてしまったように寂しい。そういう時は不思議な術に頼りたくなるものだ。秦王は久しぶりに王嘉を呼んだ。
「王嘉、もう一度鳳雛が戻ってくるには、どうすればいいだろうか。」
皺々お婆は呆れ顔で言った。「鳳は竹の実しか食べん。青竹を植えればよろしかろう。」
「そうか、いいことを教わった。」嬉しそうに言った。
秦王は、早速青竹を用意させ、阿房宮の鳳雛がいた御殿の周りに植えることにした。
「開心、お前も鳳雛に会いたいか?」秦王が尋ねた。
「はい。」鳳雛は開心が育てるはずだった美しい鳥だ。
「じゃぁ、一緒に植えるか。」「はい!」
開心と秦王は一緒に青竹を植えた。
「「鳳雛、鳳雛、阿房に帰れ。鳳雛、鳳雛、阿房に帰れ。」」
長安の人々も沖を惜しんで歌った。
鳳雛、鳳雛、阿房に帰れ。
鳳雛、鳳雛、阿房に帰れ。
すっごく時間がかかってしまった。なんだか難しかった。
沖ちゃんは一番の姫キャラで、周りの人間を皆たくましくしてしまう。でも仕方ないよ、12歳の傾国の美少年だもん。一度拝みたい。写真が欲しい。絵でもいい。でも妄想が一番いいんだろうな。
鳳雛、鳳雛、阿房に帰れと唱えたら、雛鳥は凶鳥の大風(鳳が怒ったやつ)になって帰ってくるというこわーいお話。
こうやって想像しててみると、泓の厳しい性格はこういう風に形成されていったんだな。
すいません。水曜日は絶対無理です。




