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燕の子  作者: 鏑木桃音
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滅亡

これで1章終わりです。ちょっと加筆修正を加えました。


 敗走してきた兵がバラバラと帰ってきて、鄴の都は評の敗戦を知り、全ての城門が閉じられた。

「太尉、太尉。朕はどうすればいい。」陛下は皇甫真に尋ねた。

「龍城に逃れて再起を期すのはいかがでしょうか。そうなされるのであれば、一刻の猶予もなく出発せねばなりません。」

龍城に逃れたからといって、使える手駒が増えるわけではない。

「・・・他には?」

「餓死するか討ち死にするか自死するか・・・降伏するかです。」4択もある。皇甫真は笑った。しかし、まだ少年の面影の残る皇帝と幼い皇子たちに傾国の責任のすべてが押し付けられるのは実に不憫に思えた。文官畑の自分にできることがあるとすれば・・・皇甫真は神妙な面持ちで言った。

「降伏なさるのはいかがでしょうか。聞くところによれば秦王は降伏した者には寛大だそうでございます。」

陛下は悲嘆にくれる。自分の代で国を滅ぼすのだ。中々に受け入れがたかった。

 陛下が究極の選択を迫られている最中、秦軍本体に先立って、秦軍の使者が鄴を訪れた。使者が差し出したのは垂からの書状であった。皇甫真が読み上げた。

「不肖垂、燕国皇帝陛下へ謹んで申し上げます。

大秦天王苻堅様は大変慈悲深く、陛下が抗うことなく帰順なされ、国をお明け渡しになるのであれば、燕の王族から臣下に至るまで尽くご助命くださることをお約束くださいました。

算多きは勝ち、算少なきは勝たずと申します。どうか速やかにご開城くださいますようお願い申し上げ奉ります。」

一同水を打ったように静まりかえった。

「それって、呉王が秦軍に従軍してるってこと?」最初に口を開いたのは泓である。誰もが怖くて口にできなかったことを聞いた。

使者は答える。「呉王?垂将軍は最早呉王ではございません。秦の冠軍将軍です。」

泓は怒りを露わにして剣に手をかけた。「裏切り者!降伏なんて誰がするものか!」

沖が慌てて宥める。「ちょっと待って、この人は呉王じゃないんだから!」

 皇甫真は使者に対し丁重に謝罪をし、別室に移ってもらった。

「陛下、いかがいたしましょうか。」皇甫真は聞いた。

泓がまたも叫んだ。「絶対に許せない、垂に降伏なんて絶対に嫌だ!」

垂は燕の皇族だ。反感を持つ者は泓だけではなかった。降伏は容易ならざる雰囲気になった。

陛下は独り言のように言った。「王族から臣下に至るまで尽く助命し・・・本当だろうか。沖も泓も私も許されるのだろうか。」

「何故?!陛下には誇りというものがないのですか!」泓が噛みついた。

「垂は我が国随一の将軍でした。その者を敵に回してお前は勝てると思うのか?」

垂の強さはみんなが知っている。勝てる気がしない。

「勝てる勝てないの問題ではありせん!」

「いいえ、戦の勝敗は大問題です。私が恥を忍べば、国は滅んでも人は残る。人が残ればいつか国を再興することができる。」泓だったり、沖だったり、誰かがしてくれたらいい。

「泓、垂を先に裏切ったのは燕の方ではないですか。」

泓は言い返せない。ここにいる誰が望んだことでもないのが悲しい。

皇甫真は陛下の考えが決まったのを見て取った。「では、私が秦軍に赴き降伏の交渉をして参りましょう。」陛下は頷いた。

陛下は龍城に退くことをやめ、城内の反降伏派を宥めることに注力した。

やがて鄴は敵軍に囲まれた。秦王苻堅の10万の兵も加わった。

皇甫真は万の軍旗がはためく敵中に、一人使者として赴いた。

秦王は、完全降伏を条件に、皇帝を含む全員の助命を約束した。

 降伏の日、皇帝王族臣下一同正装し、正殿で秦王を迎えた。

皇甫真は城郭の正門を開け、馬上の王猛に拱手をし、秦軍を鄴に迎え入れた。

秦軍は粛々と王宮へ向かって進んだ。

王宮の門は開け放たれている。正殿では陛下が玉座に座り、陛下の右側に王族臣下一同が並んでいた。

王猛を始め秦の将軍たちが護衛とともに正殿に入ってきて玉座の左側に並んでいく。その中には垂もいた。垂には楷が従っていた。

「裏切り者!」泓が罵声を浴びせた。

「黙りなさい!」陛下は泓を鋭く叱った。

沖は信じられない気持ちでいっぱいで何も考えられなくなった。

垂と楷は陛下以下一同に向かって深い礼を示した。燕側は恨みのこもった目で垂等を見た。

最後に秦王が入って来る。真っ赤な大袖の皇帝服に金ピカな鎧をお飾り程度に身に着けて、両脇に屈強な将軍二人を連れいる。鄧羌(とう きょう)張蚝(ちょうもう)である。秦王は、がっしりとした大柄な体格で、浅黒い肌をし、濃い眉と野心的に光る大目玉、大きな鷲鼻を持ち、全身に生命力と自信が迸っていた。繊細そうな面持ちで貴公子然としている陛下とはまるで正反対の人種である。

陛下は、秦王をみとめると玉座を降り、右側の臣下の列に加わり臣下の礼をとった。

秦王はそのまま玉座に就き、満足そうに階下を見下ろす。

陛下は、王猛の指示により燕国の玉璽を秦王に捧げた。秦王はゆっくり玉座を降りて玉璽を手にする。

秦王は勝ち誇ったように言った。「そなたとそなたの有するすべての物は、これより朕のものとなる。」

少年のような皇帝が、脂ののった天王に跪いた。燕国滅亡の瞬間である。

 降伏の儀式が終わると、城内にある全ての財宝が正殿大広間に集められた。

家宝の大刀、宝石で縁取られた鞍、螺鈿の持ち手の鯨の髭の鞭、銀の弓、毛皮、玉でできた水時計、象牙でできた椅子、真珠の散りばめられた大きな鏡等々どれもそれぞれに思い出のある物たち。これらはすべて秦軍の論功行賞に充てられる。降伏が先にあるだけで、略奪と何も変わらなかった。

 暐以下鮮卑族は皆捕虜となって長安に送られた。暐と沖と泓はまとめて檻車に入れられ、王族はみな手を縛られて馬に乗せられた。臣下と配下の鮮卑族は荷運び用の馬を連れて徒歩である。馬も戦利品であった。移住させられた鮮卑族は20万人、捕虜の列は鄴の都から長安まで延々と続いた。

 沖は檻車でガタガタ揺られながら、途切れることのなく続く捕虜の列を後ろに見て、やっと国が亡んだのだと実感した。恪の言葉が頭の中で響く。

「沖、お前は私が亡き後、空く大司馬に推されるだろうが、決して受けてはいけません。陛下と皇国のことを思うのであれば、大司馬には垂を就けるのです。どうか約束しておくれ。」

皇国のことを思えば、・・・以前の沖にとって、民は顔のない被支配者にすぎなかった。しかし今、人々が無理やり家を捨てさせられ、寒空の下、長い道のりをひたすら歩かされている様子を目の当たりにし、民は一人一人が生きている人間なのだと知った。沖は、この期に及んでやっと、自分がどれほど罪深いことをしたのか心底悟った。

沖の目から止めどなく涙が流れる。どれだけ後悔してもし足りない。

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」沖はずっとうわ言のように繰り返した。

陛下が沖を抱き抱えて言う。「沖のせいじゃない。この罪はすべて私の罪だ。」

泓が言う。「約束する、俺が絶対取り返す。だからもう泣くな。」

沖は陛下にしがみ付いて声を上げて泣いた。



落ちたよ落ちた 鳳雛が巣から落ちた

太歳(木星)が南行した午の年 鳳雛は巣から落ちた

ハハハハ ハハハハハ

寒風にのって、(しゃが)れた道士の声がした。


草食系男子と肉食系おじさん。

何章あるの?3章を予定しています。歴史資料は大体が戦いに関するもので勝者の歴史だから捕虜の子供の資料はちょっとわからない。しかもただの捕虜じゃないし。ということで2回お休みします。

 今回の話の史実は、暐が龍城に向けて逃走し、その途中で捕縛されます。沖などは鄴に放置です。作中、皇甫真が言った最初の策ですね。ただ、再起を計るというよりはただの逃亡的な感じが・・・。陛下ちゃんにイケメン補正。

 評はどこへ行った?評はね、高句麗まで逃げて捕まった。評は奸臣扱いされますが、積極的に悪事を働いたというよりは、老いて臆病になってしまったのだと思います。なので作中もそんな感じにしてあります。恪が死んで3年で子供の国は滅びました。

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