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燕の子  作者: 鏑木桃音
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満ちれば欠ける月の如く

1回お休みをいただきありがとうございました。


 

 陛下は淡々と母の命令に従い、成人の儀式を行い、妃を迎え、子供の宮殿を出ていった。

 妃を後宮に迎える数ヶ月前から、皇太后はご機嫌だった。

毎日、沢山の衣装と宝飾品を広げさせ、どの組み合わせがいいか、ああでもないこうでもないと悩んだ。もちろん自分を飾るものたちである。

 今は、トルコ石、翡翠、金、銀、紅珊瑚、これらの宝石の中からベストな組み合わせの三種類を選び出し、その配置を考えているところだ。

「沖、どれが似合うと思う?」母は明るい声で沖を呼び寄せた。

「お母さまなら全部似合うよ。」にこっ。

「もう、沖と泓のを選んでいるのよ。」これは母の怒ったうちには入らない。

「どれもきれいで沖には選べないから、お母さまが選んで。」にこにこっ。

沖は、お母さまの好きそうな、あどけない子供を演じる。母の愛が絶対ではないことを知ったからである。

母は「仕方ないわね。」とため息をつくが、嬉しそうに沖に順々に首飾りを当てていった。

 当日、妃が皇太后に拝謁すべく子供の宮殿にやってきた。

沖は翡翠の王子様、泓はトルコ石の王子様に仕立てられ、金銀できらっきらに飾りたてた皇太后の御前立ちになった。三人の衣装は漢風である。妃は鮮卑の伝統的花嫁衣裳を纏い、紅珊瑚の頭飾りをつけていた。誰が今日の主役かわからない。皇太后は大そうご満悦である。

 皇太后によく似た少女は、うやうやしく挨拶を述べた。「幾久しくご懇情を賜りますようお願い申し上げます。」

きれいな鮮卑語だった。漢語と鮮卑語をごちゃまぜに使う沖には、とても新鮮に響いた。少女の初々しさに沖の胸がちくりと痛む。

――― 馨ちゃん。

風の噂では秦には無事に着いたと聞いている。麟は恩赦により解放されることになっている。

それ以上のことは何も考えない。沖は、涙がこぼれないように、深く笑顔の仮面を被った。

 沖は母と二人で子供の宮殿に住み続ける。

「沖や、胡餅を作らせたの。」

「・・・わーい、沖の大好物。ありがとうお母さま。」

胡餅は罰の味がする。母は沖からあらゆる大切なものを奪っていく。しかし、それでも母なのだ。沖は母から愛されることを望んだ。

陛下と沖に分散されていた母の愛は沖一身に注がれるようになった。

子供部屋は深い水底のよう。母は真綿のように優しくゆっくりと沖の心を殺していった。

 皇帝の妃選びは国家の重大事である。皇太后は、その一存で国家に何の利益ももたらさない自らの血縁を妃にした。専横はここに極まった。

――― 月満つれば則ち()く。



秦の首都長安の王宮にて

 大秦天王苻堅(ふけん)は高笑いをする。「(つばめ)一羽が我が国に飛来したのは、まさに吉兆であった!」

 苻堅は秦の皇帝で、皇帝の称号は使わず大秦天王を自称している。苻堅は前皇帝である従兄の苻生を殺害して帝位についた、いわゆる簒奪者である。歳の頃は三十三と若過ぎず、中華統一の野心があり、我が諸葛亮・王猛を得て、権勢の絶頂期を迎えつつあった。

 苻堅は燕を捨てて秦に亡命してきた垂を大変気に入った。苻堅は、このような優秀な男が亡命せざるを得ないとは、燕の政治は終末期にあるに違いないと考えて、燕領内にスパイを送り込んだ。そして今、燕では貴族から民草に至るまで尽く政治から離心しているとの報告を受けたのである。

 大秦天王は、常に傍らに侍る宰相王猛に燕国討伐を命じた。

「これは確実に勝機である。宰相に楊安・張蚝(ちょう こう)鄧羌(とう きょう)ら猛将十将と精兵6万を授けよう。壺関(こかん)・上党から()川に出るように。私も兵を率いて後から向かう。鄴で再会しよう。」

 上党は鄴の西にある郡でそこにある関所が壺関である。潞川は壺関の東を南北に流れている。潞川を渡れば、鄴の周りには小さな都市が二三あるだけとなる。

王猛は、秦と晋と天下を三分する大国の征討を命じられたわけであるが、落ち着き払って答えた。

「陛下の神算を賜りましたからには、胡族の残党など平定していただくにも及びません。天子の御車を煩わせ、霜や露に御身をさらして頂きたくはありません。ほどなく勝利をお目に掛けて見せましょう。」

 王猛は、兵を二つに分かち、楊安に一軍を与え、壺関の北にある城郭都市晋陽を攻めさせ、王猛が壺関を攻める作戦を立てた。晋陽と壺関は街道でつながっており、晋陽を落とせば壺関の攻略は確実なものとなるだろう。

 苻堅は王猛の作戦を聞くと、この北軍の道先案内役に垂を指名し冠軍将軍に任じた。

 冠軍とは覇者の意である。()しくも垂の本来の名は覇であった。


当初は、陛下ちゃんの結婚について陛下ちゃんの心情を描こうかと考えたのですが、私の陛下ちゃんは、反抗するわけでもなく、妃に八つ当たりするのでもなく、ただ淡々と受け入れるだろうなとの考えに到り、母の怠惰で驕奢な様子を描くことにしました。毒親ですね。毒親でも有能なら救いがあるんですけどね、隋の独孤伽羅みたいに。

 陛下ちゃんが母から独立し、これから母が陰に回って、燕に善政が返ってきました的なハッピーエンドな展開も見てみたかったな。

 垂に親(先先帝)がつけた名前は覇でした。先帝が改名させたのですが、両者とも本質を見抜いていますね。生まれ持った宿命のようなものを感じます。

 州>郡>県です。郡県が日本とは逆になります。


 

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