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燕の子  作者: 鏑木桃音
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生まれながらの中山王

昔々、中国に燕という国がありました。

どれくらい昔かというと、魏呉蜀の英雄が天下を三分した時代が終わり、遊牧騎馬民族がたくさん国を作った時代の話です。燕は中華の中原と河北、遼西、遼東を支配する大国で、他に大国といえる国は、晋と秦がありました。

 燕に玉のような皇子が生まれました。燕の皇帝の第三皇子にして皇后の第二皇子です。

 今日は、その子の誕生を国をあげて祝う目出度い日です。燕の都、(ぎょう)にある宮殿では祝賀会が催され、王宮は、門戸を開け国中の人々の祝福を受け入れ、帝室庭園で放牧されていた羊の肉やチーズ等を大盤振る舞いしました。音楽は絶えず奏でられ、宮殿の前庭では騎射大会が行われています。

 父帝はこの子に中山王の爵位を与えました。中山は、燕王であった父帝が初めて皇帝を名乗った特別な場所です。つまり、皇帝は、この子が皇太子に次ぐ地位にあると宣言したのです。

 百官にも及ぶ朝臣が、一人一人、皇帝夫妻の前に進み出てお祝いの言葉を述べました。夫妻はそれらすべてを笑みを湛えて聞きました。父帝は武勇と知性を併せ持ち、真面目で理想的な君主でした。后は慈愛に満ちた母でした。

「中山王に幸あれ!」

「皇帝陛下万歳!」

「燕に繁栄あれ!」

皇子は前途洋々、幸せいっぱいに見えました。

 国中の道士がお祝いに集まりました。祝詞を奉り、皇子の未来を占って、ご褒美をもらおうという考えです。道士は御前に進み出で、次々と祝いの言葉と皇子の未来を予言していきます。

「皇子様は健やかにご成長なさいます。」

「皇子様は容姿端麗、多くの人に愛されることでしょう。」

「皇子様は国一番、いいえ、この世で一番美しく成長なさいます。」

皇后と皇帝は顔を見合わせて苦笑する。

「きっと陛下に似るのね。」

「きっと后に似るのさ。」

次の道士が御前に進む。

「皇子様は皇帝になられるでしょう。」

それを聞いた皇后は不安になりました。

()はどうなるのかしら?まさか(ちゅう)が帝位を簒奪(さんだつ)したり、僭称(せんしょう)したりするのではないかしら。」

次の道士が答えます。

「皇子様は優しく、皇太子様も皇子様を慈しみ、仲の良いご兄弟になられます。」

皇后は胸を撫で下ろしました。皇帝も安心しました。往々にして、遊牧騎馬民族は、部をまとめ上げるために父であれ兄であれ統率力がないと判断すれば抹殺します。しかし、もう遊牧をする必要はないのです。皇帝は国家の安定のために、安定的な皇位承継を望みました。

 道士たちは一様に良いことしか言いません。祝いの席なので当然のことですが、皇帝は不満に思いました。

「人生は常に順風満帆とはいかず、悪い時も必ずあるものだ。耳の痛いことほど聞く価値があるのだ。今後の諫めとするために良くないことも教えてほしい。祝いの席とて構わぬ、皆申せ。」

百人ほども集まった道士たちは静まり返りました。権力者が言う無礼講を真に受ける庶民がどこにいるでしょう。あまつさえ遊牧騎馬民族は凶暴です。悪いことを口にして怒らせようものなら死を賜るに違いなく、道士たちは一同に口を閉ざしました。しかし、その沈黙がかえって皇帝夫妻の不安を高めます。

「どうした、なぜ言わぬ。無礼講だと申しておるだろう。」皇帝は不機嫌になりました。

これはこれで漢民族は生きた心地がせず、皆縮み上がってしまいました。見かねて、年老いた道士が名乗りを上げました。

「儂は生い先短いのでな。」よぼよぼと前に出ます。残された道士たちはざわざわとざわめきました。

老道士は御前で畏まって跪き、頭を地につけました。

「恐れ多くも申し上げます。鳳雛(ほうすう)は巣から落ちまする。凰雛なら幾らかよかったものを。」

宮殿中がどよめきました。

「・・・不吉な。」「不敬な!」「無礼な!」「捕らえよ!」

朝臣の困惑と怒りの入り混じった声がして、衛兵が一斉に道士達に襲い掛かりました。

皇帝は驚き立ち上がります。「朕が無礼講と申したのだ。手荒いことはしてはならぬ!」

道士たちは慈悲深い皇帝に涙を浮かべて感謝しました。

すると皇后が皇帝の隣に歩み寄り言いました。

「いくら無礼講と言っても、言って良いことと悪いことがありますわ。我が子をこのように悪しく言われて、我慢できる母親がどこにいましょうか。」

「だって、それはお前・・・。」

「無礼講を口にしたあなたにも責任があります。ですので、罪はその老道士一人に減じましょう。」そう言うと、玉座から広間を見下ろし言い放ちました。

「門外にて車裂きの刑にせよ!」

宮殿中が動揺しました。体躯の大きな衛兵が、骨と皮だけのような、あと幾ばくもなさそうな老人を打ちのめします。道士は引きずられながら呪いの言葉を吐きました。

「ハハハ、こんな巣、さっさと壊れてしまえ!鳳凰?お前たちはただの杜鵑(ほととぎす)じゃ!さっさとあるべきところに帰れ!」

后の顔が鬼の形相に変わりました。皇帝は急いで道士たちを帰らせて、必死に后をなだめます。

音楽を一際美しく奏でさせ、祝言は積み重ねられました。雑音はかき消され、いつしか后は幸福そうに微笑でいます。その様子に皇帝は安堵し、目出度い宴は終日つつがなく続いたのでした。

 


前作は、ファンタジーとして、陰陽道がまだ生きており同和問題がない世界をラストに書きましたが、今作はそういうこともなく史実の流れの中の一人の人生です。不思議な能力もありません。反動強すぎですね。

多くの人が興味のない時代ではないでしょうか。実は私もありません。え!?そうなの?

うん。だって漢字読めないもん。漢字っていうだけで難しいのに遊牧民族の名前ってあれ何?単于・・・読めないねぇ。私は美しくて儚いものが好きなだけですから。

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