彼女
「そこまで達観したってことね。――良かったじゃないの。
セディクへの気持ちは片付いた。
娘のリリちゃんだってもう成人して働いているでしょ。
これからは好きに生きなさいよ。旅行でもする?」
黒髪の友人が言えば、亜麻色の髪の同僚の奥方が慌てたようにフェリを見た。
「待ってよ。
ねえフェリ。その前に貴女のその気持ち、全部セディクに打ち明けたら?
夫婦なのに。そんな虚しい気持ちを抱えたまま、これからも一緒にいるの?」
黒髪の友人が鼻白む。
「あら、貴女はフェリにやり直しを提案するの?」
「だって夫婦よ?」
「20年よ。
結婚して20年、セディクがフェリにとってきた態度は今、聞いたでしょう?
フェリが気持ちを打ち明けたとして変わるかしら」
「……でも……夫婦なのに……」
「《夫婦》を20年続けたフェリが、夫のセディクと接して手に入れた気持ちが、貴女の言う《虚しい気持ち》なの。
たとえセディクが変わっても、きっともうフェリの気持ちは動かないわ。
時が戻って、最初から全てやり直せでもしない限りね。
ねえ、フェリ。違う?」
フェリはただ微笑んで言った。
「そうね。結婚前からやり直せたらいいわね」
黒髪の友人がはっきりと言った。
「そうなったら私はフェリにセディクとは結婚しないことをすすめるけど」
「ふふ、そう言うと思った」
「……貴女、随分セディクにきついのね」
亜麻色の髪の同僚の奥方が、黒髪の友人をまじまじと見て言った。
黒髪の友人は心外だとでもいうように目を見開いた。
否定するのかと思った。
だが続いた言葉は―――
「当然でしょう?そういう貴女はどうして――。
……ああ。そうか。貴女たち夫婦は結婚と同時にこの町に来たから知らないのね。
教えてあげる。――いいでしょう?フェリ」
「どうぞ」と言ってフェリはお茶を飲んだ。
黒髪の友人は、亜麻色の髪の同僚の奥方に顔を寄せる。
そして、言った。
「セディクにはねえ、フェリと付き合う前に彼女がいたの。
――アメリアっていう、ね」
亜麻色の髪の同僚の奥方は大きく口を開けた。
「アメリア?――っ嘘でしょ?!まさか――」
「――本当よ。ほら、耳をかして」
黒髪の友人が同僚の奥方に何事かを囁いた。
同僚の奥方の顔が見る見る青ざめる。
顔を離して黒髪の友人が言った。
「わかったでしょう?フェリはもう十分すぎるくらい頑張ったのよ」
「……フェリ。ごめんなさい……。私、何も知らなくて」
同僚の奥方は泣きそうな顔でフェリに謝った。
フェリは微笑んだまま、ゆっくりと首を横に振った。
俺は混乱していた。
何故そこにアメリアの――大昔の彼女の名が出てくるのか全くわからなかった。
フェリと付き合う前。
確かに俺はアメリアと付き合っていた。
赤い髪のきつい顔立ちのアメリア。
その見た目のとおり性格もきつく、化粧も服装も行動も、派手なものを好んだ。
好きだったから付き合っていた、というより遊び仲間だった。
そう分かったのはフェリと出会ったから。
アメリアに対する気持ちとフェリへの想いは全く別のものだったのだ。
フェリに一目惚れして、アメリアとは別れた。
それも修羅場になったわけじゃない。
「別れよう」と言ったらアメリアはすんなり「わかった」と言ったのだ。
追い縋るような奴じゃなかった。
小さな町だ。
別れてからも偶然出会うことはあったが、その時は軽い挨拶をしたり他愛ない話を少しした程度。
最後に見たのは俺がフェリと結婚してしばらくした時でその後は会っていない。
結婚して別の町に引っ越して行ったと人伝てに聞いた。
そのアメリアの話が何故、今さら出てくる?
正直、今の今まであいつのことなど全く忘れていたくらいなのに。
察するに同僚の奥方も《アメリア》という名には聞き覚えがあったようだった。
小さなこの町で、派手なアメリアはとにかく目立った。
悪い評判でも聞いていたのかもしれない。
しかし黒髪の友人にアメリアについての話を囁かれた後の、泣きそうな様子は?
もしかしたら……
アメリアは……フェリに何かしていたのか?
怒りが込み上げてきた。拳を握る。
もしそうなら許さない。
アメリアがどこにいるのかも知らない。
だがもしフェリに何かしていたなら見つけだしてフェリに謝罪させてやる。
何年前の話でも、だ。