新婚時
「フェリ。どうしたの?貴女がそこまで言うなんて。
詳しく話を聞かせてよ。
セディクは優しかったじゃないの?貴女そう言っていたじゃない」
亜麻色の髪の友人が言えばフェリは眉根をよせた。
「私が、あの人は優しいと言っていた?」
「ええそうよ。例えば……ほら、フェリは結婚してすぐに妊娠したじゃない?
フェリが悪阻で苦しい時期、セディクは店で食べてくるから彼の食事は作らなくていいんだって」
「……それを聞いてあの人が優しいと思ったの?」
「え。そうでしょう?
だって悪阻の時に無理して料理をしなくて良いようにしてくれたんだから」
「悪阻の時。私、食べ物の匂いで吐き気がしていたのよ。
あの人と一緒に食べている時にも何回か途中で吐きに行ったことがあったわ。
あの人はそれにうんざりしたのよ。
大きなため息を吐きながら言ったの。
《お前と食べると食欲が失せるからこれからは外で食べてくるよ》って」
「え?」
「それが理由?だとしても言い方ってものがあるわよね」
黒髪の友人の方が言った。
「待って。じゃあ。フェリが流産しそうになった時は?
医者に絶対安静だと言われた貴女を心配して《実家でゆっくり休め》って提案してくれたんでしょう?」
「誰に聞いたの、それ」
「誰にって。私の夫によ。夫が《セディクがそう言っていた》って」
「――ああ、貴女の旦那様はあの人と同じ職場だものね。
あの人、職場ではそんなふうに話をしたの。
あの人が私に言ったのはこうよ。
《実家に帰れば?家にいたって寝ているだけで何もできないだろう?》」
「ひどい言いようね」
黒髪の友人が切り捨てる。
亜麻色の髪の友人はフェリと黒髪の友人をおろおろと見比べた。
「ま、待ってよ。それは言い方がまずかっただけで。
フェリが一人で家にいて、もし何かあったらって考えたんじゃない?
自分は働きに行って日中は留守にするわけだし」
「そうかしら。
《その間、俺はゆっくりできるな。久しぶりに遊びに行ける》とも言ったけど。
実際、遊びに行ってたでしょう?友達何人かでのびのびと。旅行に」
「私の夫が《フェリが大変な時に何を言ってる》って止めたんだけど……」
その時、俺は初めて亜麻色の髪の友人の正体がわかった。
愛妻家で有名な、俺の同僚の奥方だ。
驚いた。
いつ、どこで知り合った?
だが小さな町だ。
そんな偶然があってもおかしくない。
フェリは微笑んだ。
「ありがとう。いいの。私は実家で看病してもらっていたし。
あの人は働いているんだもの。息抜きが必要だったのよ。
私もお腹の子も無事だったし、気にしてないわ」
「本当?」と黒髪の友人が聞く。
フェリは頷いた。
「ええ。それより実家から戻ってからの方が辛かったもの。
大きなお腹で動くのが辛いから家事を手伝って、とお願いしても《仕事で疲れてるんだ》と言うばかりで何もしてくれない。
疲れて休んでいれば《怠けてる》。
他所の奥方は妊婦でも働いているのにお前は、と比べる」
―――それはお前の甘えだろう!俺は当然のことを言ったまでだ!
そう叫びたいのを堪える。
と。
同僚の奥方が言った。
「待って、その《他所の奥方》ってもしかしたら私のこと?」
「多分ね」
「そりゃあ確かに私は妊娠中も働いていたけど。
それは体調に問題がなかったからよ?
妊娠中の体調は個人差が大きいのに……。
私は平気でもフェリに当てはまることじゃないでしょう。
それに、何より私の夫はいつも私を気遣ってくれたもの。
家事は夫がやってくれてたの。実は私より上手いのよ」
(―――――)
殴られた気分だった。
フェリが言った。
「残念ながら何度そう話しても、あの人にはわかってもらえなかったの。
妊娠がどんなものか理解する気もなかったみたい。
大きいお腹を見て笑っていたし。
挙げ句《恥ずかしいからお前とは一緒に出かけたくない》って」
「何よそれ。軽口にしても酷すぎるわ!」
「怒ったんでしょうね、フェリ」
「当然よ。でも《あまり怒るとお腹の子に障るぞ》と笑って言われただけ。
話にならなかったわ」
「信じられない!」
言った記憶がない。
怒られた記憶も。
言ったか?俺が?
フェリの記憶違いじゃないのか?
……いや、言ったにしても。
そんなもの、俺にとってはすぐに忘れてしまう軽口だったのだ。
大したことじゃないだろう。
なのになんだ。
だいたい何年前の話だよ。
大昔のことを。
いつまでもぐじぐじと。
今の生活に何の関係もないだろう。
フェリは続ける。
「出産してからも体型の戻らない私を揶揄ったわ。それは忌々しそうに。
仕方ないわね。あの人はほっそりした女性が好きだもの。
……だからわざと体型を戻さなかったのよ。
むしろ太るよう食べ続けたわ。
あの人に極力身体を求められないように」
(―――――)
「不妊薬も飲んだ。子どもは一人で十分だと自分に言い聞かせてね。
妊娠したらまた同じ態度をとられる。そんなの堪えられないもの」
……ただの……軽口……だった……のだ……