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小鳥遊さんには盛大に溜息を吐かれたが、仕方ない。視えても、視えなくても、嫌な雰囲気の場所はどうやっても嫌な顔してみてしまうものだ。それが、偶然少年のいた場所だったというだけで……。
それにしても、幽霊が全然視えなかったのは初めてだ。何か原因でもあったのだろうか?特段、いつもと変わらない朝の過ごし方だったと思うのだけれど……。
原因を考えてみるけれど思い当たる節は無い。結局、幽霊が視えなかったのは何が原因なのか分からないままだった。
「それじゃあ、貴方のご両親の所にいきましょうか?」
『本当に?会える??』
「えぇ、大丈夫。会えるわ」
そう言って小鳥遊さんは少年の頭を撫でると、また呪文の様な言葉を呟いていた。すると、少年の身体がキラキラと小さな光を纏いながら消えていく。
そんな光景を目の当たりにして、僕は目を瞬かせる。
少年も自身の身体が光を纏いながら消えていくのを見て最初は戸惑っていたが、小鳥遊さんの顔を見て落ち着いたのか。それとも、両親に会えるのが分かったのか嬉しそうに笑っている。
消え行く少年は、満面の笑みを浮かべて最期に口を開く。ありがとう、と感謝の言葉を述べ終えた瞬間、少年は静かに消えた。これがさっき言われた〝浄霊〟なのだと、この時初めて識る事が出来た。
そして〝浄霊〟とは、なんて綺麗なんだろう……と、この時の僕は目を輝かせていたのを覚えている。
「……どうか、安らかに」
浄霊の終わった小鳥遊さんは、静かにそう言った。僕はこの感動と興奮をすぐに小鳥遊さんに伝えたくて、駆け足で近付いた。
「小鳥遊さん凄いですね!アレが浄霊なんですね!あんなにキラキラするものなんて……僕とても感動してます!」
本当に子供の様に目を輝かせながら、僕は小鳥遊さんに言っていたと思う。初めて見たモノに僕はかなり興奮していた。そんな僕を見て、小鳥遊さんは少し険しい顔をした。
だが、どうしてそんな顔をしたのか分からなくて、僕は思わずキョトンとしていた。
「……えっと。小鳥遊、さん?」
「次もそう思えるといいわね」
そう言うと、小鳥遊さんは別の方向にいる他の霊の元に向かった。
「どういう……」
意味ですか?と聞く前に、僕は目を疑った。先程の少年とは違い、腐敗に満ちた霊がそこにはいた。身体は腐っていて何処がどこだか分からない状態だ。
RPGに出てくる様なゾンビ、なんて可愛げのあるものだ。スライム……いや、例えようの無い。ブヨブヨとした様な、青黒い……最早、人としての形も成せていない、よく分からないモノがそこにはいた。
『ウ、ヴゥ……』
『……オ、ォオ……』
口であった場所なのかも分からないが、穴から声の様なモノが漏れ出ている。その漏れ出た音で何かを訴えているが、僕には分からない。
見た目が気持ち悪いというのは別としてもこの何とも言えない腐敗臭だ。日常では嗅ぐ事はまずない強烈な異臭。
例えるなら、ドブのような腐った臭い。身近な物で例えるならば、生ごみや魚などの生ものが腐敗した時のような臭いと言えば分かってもらえるだろうか。そんな強烈な臭いに、思わず込み上げてくるモノがあった。
それは、離れているこちらにまでやって来たのだ。あんな姿になっても誰かに助けを求めているのだろう。だけれど、僕にはそんな力はない。それに思わず後退りしてしまった。
小鳥遊さんにも分かるはずなのに、顔色1つ変える事無く、先程と同じ様に接している。僕はソレに耐え切れる事無く、部屋へとダッシュで向かった。
胃にあったであろう全ての物を綺麗に出し切り、僕は小鳥遊さんの元へと戻る。その時には、先程いた腐敗霊は居なくなっていた。どうやら浄霊は終わった様だ。
その事に胸を撫で下ろして安堵した。僕は小鳥遊さんに声を掛けようとしたが、声を掛けられなかった。
だが、不意にこちらを振り向いた小鳥遊さんを見て、僕は慌てた。小鳥遊さんの顔が、顔面蒼白になっていたからだ。いつもであれば、僕が顔面蒼白になっていただろうに、どうして小鳥遊さんが……。
「小鳥遊さん!大丈夫ですか!?」
僕は慌てて小鳥遊さんに近付いて声を掛けるが、近くで見ても大丈夫そうには見えない。
「……大丈夫よ、少し力を使い過ぎただけ」
ふぅ、と小鳥遊さんは一息吐く。そうして更に深呼吸をして息を整えただけだが、さっきよりも顔色は少し良くなった様に見えた。
「どうだった?」
「……え?」
「そう思えた?」
小鳥遊さんの言葉に、僕はドキリとした。
「それは……そ、の……っ」
僕は言葉に詰まっていた。〝そう思えました〟とは、嘘でも言えなかった。実際、腐敗霊を見てすぐに嘔吐いて、その場を離れたのだから。
「あんな事言っておいて、逃げ出してすみませんでした……」
そう謝罪する綿貫に冴子は言葉を掛ける。
「腐敗霊を初めて視て、動じない人なんていない 私も初めて視た時その場で嘔吐したわ」
小鳥遊さんの思わぬ言葉に驚いた。
「臭いは勿論、見た目も……幼かった私には全てが受け入れ難かった」
先程まで顔色1つ変えずにやっていたので、そんな過去があったとは思えなかったのだろうか、綿貫は驚きの余り声が出ない様だった。
「意外、って顔してるわね」
「そ、そんなつもりは……!」
綿貫は慌てて訂正しようとするが、冴子が言葉を続けた。
「だから無理する必要はないわ。ただ……綺麗だけで済むモノだけではないけれどね」
「は、はい……」
「今日は取り敢えず結界も張ったから終わりね。浮遊霊は明日にしましょう」
小鳥遊さんの言葉で、今日は解散とはなったのだが……。流石に今日これだけして貰った次の日にどうにかしてもらうというのは、申し訳ない。
それに、僕的には小鳥遊さんの体調とかも気になるので後日、小鳥遊さんと僕の都合の合う日にしてもらう事にした。