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密教が置いたであろう白い花を手に持ち、花瓶を探すが生憎そんなものはないので、コップに水を入れてそこに花を挿す。
「僕にはお札かお守りが全く身に覚えがないんですが……」
「密教がさっき教えてくれたんだけれど、」
そう言いながら小鳥遊さんは押し入れの扉を開ける。
「この、ダンボールの中に入ってるみたいよ」
小鳥遊さんは下から2番目に入っていたダンボールを指差した。それは、祖父が僕に渡してくれたダンボールだった。なんで渡してくれたのか、忘れてしまったのだけど……。
「祖父が持って行けって僕に渡してくれたものなんです」
中身が何なのかは全然確認出来てないです、と正直に付け加える。
「……お爺様は御守りとか作る職種の方なの?」
「いえ、普通の大工だったって聞いてます」
ふぅん、と何故かあまり納得していない小鳥遊さん。何か気になる事でもあるのだろうか?
「このダンボール開けてもいいかしら?」
その言葉に僕は承諾したのを確認してから、小鳥遊さんはダンボールを開ける。中には缶詰だったり、何故か滋養強壮のドリンクだったりが入っていて、特に変なモノは入ってなかった。
まあ、滋養強壮のドリンクが入ってる時点で、色んな意味で変なモノに入るのかもしれないけど……。
「小鳥遊さん、何か気になる物ありましたか?」
「んー、……あ、コレだ」
それは、じいちゃんがこの中にはこれが入ってるぞ、と書いてくれていた封筒の中に入っていた。封筒の奥からコロン、と出てきたのは……。
「これは……?」
「木彫の魔除札、ね」
そう言って、小鳥遊さんはそれを手に取りマジマジと見ている。
「凄い念が入ってるわ 〝ここに入るな、近付くな〟って」
「え、」
なんでそんなモノが、と若干引いていると小鳥遊さんは首を横に振る。
「幽霊に対してのお爺様の念、がね」
「じいちゃんの……?どうしてですか?」
「恐らく、貴方が幽霊を視る事が出来てしまうって言ったからでしょうね」
孫の為にしてあげたいって相当強く想いながらこの木彫の魔除札を造られたのね、だから想いが念として篭ったのね、と小鳥遊さんは言った。
「そう言えば、大学入る少し前に、じいちゃんがもう少し我慢しろって言ってたアレが……」
木彫の魔除札が出来る、という事だったのだろう。
「でも、素人がそんなこと出来るんですか?」
「普通は出来ないわ でも、丑の刻参りなんかの藁人形、あれは相当な怨みを篭めて相手を呪うでしょう?篭める想いが違うだけであの類と同じね」
ただ、と小鳥遊さんは言葉を続ける。
「こんなに強い念だと、本人にも少なからず影響はありそうなものなのだけれど……貴方のお爺様が体調崩された、なんて話は無いのかしら?」
「いえ、じいちゃんは元気だけが取柄って位頑丈で……特に倒れたとか病気したとかは一切聞いてないです」
綿貫の言葉を聞いて、少し考える冴子。影響を受けない?いやでも……、特殊体質?等とブツブツ言いながら何か考えている様だった。
「取り敢えず、この木彫の魔除札は絶対に捨てない事」
「はい」
「それから、もしその御札が少しでも可笑しいと思ったら、私の所に持って来て」
物理的ではないけど直してあげれるから、と冴子は付け足した。
「その御札は、見える所の一番高い所に置いておいて。神棚みたいのがあればーーー……」
そう言いかけて冴子は、じっと上を見ていた。
「小鳥遊さん?そこに何が……あ、神棚」
くるりと方向転換して小鳥遊さんが見ている場所を見ると、僕が設置した覚えのない神棚があった。
「前の人が作ったんでしょうか……?」
「貴方が作ったわけじゃないのね、少し待ってて」
そう言って小鳥遊さんは何か取り出して、何かをスッと撒いて、呪文の様な言葉を小さな声で言っている。
「……これで、大丈夫よ この上に御札を置いて」
「分かりました」
そうして僕が御札を置くと、小鳥遊さんは満足そうに頷いた。
「この上には何も置かないで、神殿とかお神酒とか色々」
「ダメなんですか?」
「ここだと位置が悪いからね 置くのであれば……そうね、こっち側でこの上かしら」
小鳥遊さんが指差したのは、南向きで他より明るい場所だった。まぁ、特に更に神棚を設置して、何かを置く予定とかも無いのだが……。
「さて、と……。じゃあ、この場所はそれで良いとして、貴方に付いてきた浮遊霊をどうにかしないとね」
これ以上部屋で改善する物は無かったので、僕達はアパートの外に出た。
「ここも、ねぇ……どうにかしたいんだけど。いやでも、ここだけで使い果たしそうだし、なんなら足りないかも……」
アパートを出て早々に、小鳥遊さんはブツブツとまた何かを言っている。声を掛けてみようか迷ったが、何となく声を掛けたら怒られそうな気がしたので、声を掛けるのを止めた。
「……よし、やっぱりここからにしよう」
その言葉を聞いて、僕は思わず〝え……っ〟と言ってしまった。
「小鳥遊さん?ここから、って……?」
「貴方に付いてきた彼女より、ここを少しでも良くした方がいいと思ってね、だから悪いけど今日はここからやらせて欲しいの」
小鳥遊さんの言っているここから、と言うのはアパートの周りだ。正直、小鳥遊さんが言う程あちこちに何かがいる様には、僕には見えないのだが……。
なんて考えていると、貴方に付いてきた彼女もちゃんとどうにかするから、と小鳥遊さんに言われた。
恐らく、僕について来た幽霊の事は何もしないのでは?と僕がそう思っている様に感じたのだろう。そんな事は全く考えていなかったのだが、ある意味怪我の功名というやつだろう。
僕はすぐにではなくとも、どうにかなるのであれば……そういう思いで、首を縦に振った。
「じゃあ、皆の話を聞かないとね」
そう言って、小鳥遊さんは霊へと近付いて普通に話をし始めた。
「こんにちは、ここでなにをしているの?」
何も視えない人からすれば、小鳥遊さんがとても不審者に見えそうだ。だって、何もいない所に話しかけているのだから。
話し掛けたのは、僕が集中しないと視えそうにない程に薄い……というかとても視えにくい。小鳥遊さんの目の前にいた視えにくい幽霊は、子供だった。小鳥遊さんに話し掛けられた子供の幽霊は、驚いた様に目を瞬かせる。
『……、……』
「ごめんなさい もう一度いいかしら?」
『みえる、の?声、聞こえる……の?』
「ええ、ちゃんと視えるし、聞こえるわ」
『ぼく……帰りたいの、おっかあとおっとうのとこ……でも、まいごになっちゃって、帰れないの』
幽霊の男の子は、そう言って泣き出してしまった。そんな少年をあやすかの様に、小鳥遊さんは少年の頭を撫でる。
その子の姿は、どう見ても最近の子供の姿ではなかった。恐らく、戦時中の子供だろうか?髪は丸坊主で、服は長年着ている着物だろうか、あちこちがボロボロで、泥で汚れていた。
それに、自分の親を〝おっかあ〟〝おっとう〟なんて、今時の子供は呼ばないだろう。多分〝ママ〟〝パパ〟や〝お母さん〟〝お父さん〟呼びが主流ではないだろうか。
彼の様に呼ぶのは昔のドラマの中でのイメージだ。そんな事を考えていると少年がこちらを見てきた。
『あのお兄ちゃんもみえるの……?』
「どうして?」
『いつもこっちをみて、なんだかいやそうな顔してたから……』
少年の言葉にとても心当たりがあった。なんなら心当たりしかない。視えていなくても、なんだか嫌な感じがすると思って、いつも怪訝そうな顔をしていた。小鳥遊さんがこちらを見る。そして言葉の代わりに僕は苦笑いをした。そんな僕を見て、小鳥遊さんは溜息を1つ零していた。