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僕は大学に入学したのを機に一人暮らしを始めた。両親も元々気味の悪い事を言う僕の事なんて早く追い出したかったのか。僕が一人暮らしをしたいと言った時、反対すらしなかった。
寧ろあの顔は……清々した。とでも言いたげな、厄介払いが出来たと言わんばかりの表情だったと思う。あんな表情をされる事なんて分かり切っていたから、僕も両親に期待なんてしていなかった。
両親の元を離れた今は、両親や親戚から気味の悪いモノを見るという目から解放され一人暮らしを満喫している。
そして今は、小鳥遊さんがあの浮遊霊をどうにかしてくれるという事で、二人とも講義がない今日決行する事になり、僕は小鳥遊さんを連れてアパートに帰って来た。
アパートに着くと何故だかポストをチラリと見る小鳥遊さん。何か気になる事でもあるのだろうか?
「ここのアパート。僕を含めてまだ4、5人しか入ってないみたいなんですよ」
みんな階もバラバラで離れてるから、かなり静かなんですよねと付け加えた。
「いや……、ここは」
そう言いかけて、小鳥遊さんは口を噤んだ。
小鳥遊さんに言いかけた言葉を飲み込まれ、気になった僕は、なんですか?と問うが、何でもないわと、小鳥遊さんには首を横に振られてしまった。
多分、良い事ではないのだろうと思って、僕もそれ以上聞くのをやめた。
来る途中、小鳥遊さんがあちこち見ていたり、何か話している様な声が聞こえていた。
恐らく……そういう事だろうと思って深く追求はしなかったのだ。
「この周辺、霊道が重なってるわね」
家に着くなり、小鳥遊さんはそう言った。
「霊、道……ですか?」
霊道とは、文字通り【霊の通る場所】の事であり、主に浮遊霊や動物霊、不浄霊などが好んで通る場所。もしくは、霊が成仏するために通る道という説もある。
だが、霊道では霊の目撃情報が頻繁にあったり、怪奇現象が起こる。
そのことから、霊道は怖いイメージを持つ人のが多いだろう。
因みに、霊道の方角は鬼門と裏鬼門と言われて、鬼門が北東で、裏鬼門が南西だ。
「重なってるっていうのは、私の予想ではあるのだけれど……恐らく2つ重なってるわ」
この周辺の地図印刷してもらえる?あと定規とマーカーも、と言われたので、急いで用意した。
「あの、これで何が分かるんですか?」
「大体の霊道の位置が分かるわ。そうすれば……」
そう言いながら、小鳥遊さんは霊道が通っている場所をマーカーと定規で線を引いていく。
「……これは、思った以上に多いわね」
「この線全部、そうなんですか?」
「ええ、そうよ」
アパートに通っていたのは、小鳥遊さんの言う通り2つだった。
だが、その周りや周辺には何本もの線が引かれている。
「ここ借りる時に何か言われなかった?」
「いえ、特に何も言われなかったです」
もし言われたら借りないですよ。と付け加えると、確かに……貴方の場合はそうよね、と小鳥遊さんも納得していた。
「と、なると……意図的に言わなかった可能性もあるわね」
事故物件以外は特に言わなくても問題はないから、とシレっと小鳥遊さんが言った言葉に頭を抱えた。
「それで、どこで借りたのここのアパート」
「このアパートはーーー……」
そう言うと、今度は小鳥遊さんが頭を抱える番だった。
「五月 鈴のお店の物件だったのね……」
それは何も言われない訳だ、と小鳥遊さんはブツブツ何かを言っている。
「あの、五月 鈴さんって……?」
「五月 鈴は本名及び年齢不詳の女性で、一応知り合い まぁ、本人が危険かどうかで言えば危険ではないの、怪しいだけで……」
危なくないけど、怪しい人物って……。年齢は兎も角、本名も分からないってもう、十分に危険人物なのでは……?というか、どうしてそんな人と小鳥遊さんは知り合いなんだろうか。
「綿貫くん、気を悪くしないでね?五月 鈴が扱っているのは、主に心霊系の場所なの」
「……え、」
小鳥遊さんの言葉に、本日何度目か分からない衝撃を受けた。
知らず知らずの内とは言え、そんな物件に住まわされていたなんて……。でも、そんな変な場所に住まわされていたという違和感がなかったのは、どうして何だろう……?
「貴方の部屋に近付けなかったから、特に違和感なく過ごせていたのね」
どうして部屋に近付けなかったのか聞く前に、小鳥遊さんがあたりを見回しながら言葉を続ける。
「お札かお守り、なにか持ってるでしょ?」
小鳥遊さんの言葉に思い当たる節はない。自分で買ったり親に持たせて貰ったという記憶もないのだ。
「特には持ってなかったと思うんですが……」
悩んでいると、いつの間にか目の前に女の子がいた。近所にいる女の子が勝手に部屋に入ってきてしまった、という様なものではなく、いきなり目の前にフッと現れた感じだった。
そして、その少女がもうこの世の人間ではないという事は僕にもすぐ分かった。何故なら、その少女の身体は半透明に透けていて少女の後ろの物が見えていたからだ。
そんな現状に僕は驚いて、思わず小鳥遊さんを見ながら、口をぱくぱくと金魚の様にしていた。
「あら、貴女が出てくるのは珍しいわね 密教」
そう言いながら、小鳥遊さんはその子の頭を撫でていた。
密教と呼ばれた少女は、僕をチラリと見ると恥ずかしそうに小鳥遊さんの後ろに隠れた。そうして少女は、小鳥遊さんにだけにしか聞こえない様な小さな声でなにかを話している。
黒鵐の時にも補足させてもらったが、今回も同様に説明していこうと思う。
密教とは、冴子に憑いている幽霊で、見た目は4歳くらいの幼い女の子だ。とても人見知りが激しく、滅多な事では人前に姿を表さない。その上、とても小さな声で冴子にだけ聞こえる様にヒソヒソと話をし、用件が終わるとすぐにその場から消えてしまう。
「ーー、ーーー」
「そうなの?教えてくれてありがとう 密教」
冴子がお礼を言うと密教は、ニコッと笑ってすぐに消えてしまった。
「あっ」
「あの子に言いたい事でもあった?」
「いや、その……つい吃驚しちゃったので、嫌な思いさせちゃったかなと思って謝ろうかと……」
いくら既にこの世の世界の人間ではないにしても、あんな反応されるのは嫌だったよなと反省した。
「……大丈夫よ、今の言葉で十分だと思うわ」
小鳥遊さんはそう言って、僕の手元を見る様に促す。まさか、変なモノじゃないだろうな……。なんて思いつつ手元を見ると、そこには、小さな白いお花が一輪だけ置いてあった。




