5.
そんな三人言葉を聞いて、小鳥遊さんは何か考える様な素振りを見せていたが、ものの数分もせずに何か考えがまとまったのかこちらを見てきた。
「綿貫くん。貴方には声が途切れて聞こえてきたのよね?」
「はい、そうです」
「どっちの方向から聞こえてきたか分かるかしら?」
「方向ですか?えっと、確か――……」
あの声は風に乗って聞こえてきた。確か、さっき風が吹いていたのは左から右だった筈だ。
「左から吹いてきた風に乗って、右に流れる様に聞こえました」
つい、と指を左から右に指しながら小鳥遊さんに説明していると、その指先の方である右側から誰かが歩いて来るのが見えた。
「貴方達、まだ帰ってなかったの?」
その人もこちらに気が付いたらしく、女性はこちらを見てそう言った。その人はここに来た時、初めて出会った女性だった。
「あ、あの人ッス!ほら、最初に会った現地の人!」
「そんな人、どこにいるんだい?」
住宅街に街灯がちらほらあるだけだよ?と宮部教授は首を傾げながら言った。そんな宮部教授の言葉に、僕と一輝は一瞬で青褪める。
つまり今、僕らの目の前にいるこの女性は……生きていない。幽霊であるという事だ。それにしても彼女は普通に生きている人となんら変わりない見た目をしている。話し掛けられたら、普通に話をしてしまいそうな程だった。
『そんな顔しなくてもいいでしょ?別に私、貴方達の事どうこうしようって思ってないんだから』
失礼しちゃうわ、と少し怒ったような顔をしながら、言葉を付け加える幽霊の女性。本気で怒っているようには見えないが、もしかしたら、これでも本当に怒っているのかもしれない。
素直に謝っておこう。チラリと一輝の方を見てると、どうやら一輝も同じ考えなのか、こちらを見て小さく頷いた。
「ご、ごめんなさい」
「すんませんした……」
『まぁいいわ。貴方達、迷惑かける子達じゃなさそうだし……』
もし迷惑かける感じの人間だったら、どうなっていたのだろうか。と、ふと疑問に思ったが、恐ろしくなってすぐに考えるのをやめた。それにもしもの事を考えるだけ時間の無駄だ。うん、そういう事にしておこう。
「ねぇ、綿貫くん!どこに幽霊がいるんだい!?」
一人興奮しているのは宮部教授だ。僕らにはこんなにもハッキリと視えているのどうして、この人には視えないんだろう。
『そうそう。普通はこうよねぇ……』
宮部教授の真正面。最早顔と顔がくっ付きそうな程近い位置に女性がいるのだが、宮部教授は全く気が付いている様子はない。
なんなら真逆の方向を見て、此処かな?それともこっち!?と言いながら写真を撮っている。正直、宮部教授が変質者で通報されないかが不安だ。
「貴女、20年以上ここにいるの?」
そんな考えをしている僕をよそに、小鳥遊さんは、いつもと変わらぬ様子で女性に話し掛けている。
『あら、貴女も視える子なのね』
一度に沢山こんなに視える子達がいるのなんて……珍しい事もあるのね、と女性の幽霊は驚いているようだった。
「この近くで起きた轢き逃げ事件について何か知ってるかしら?」
女性がこちらをまじまじと観察しているのを遮るかのように、小鳥遊さんが女性に話掛ける。
『そんなに急いで聞き出そうとしなくてもいいじゃない』
「知らないならいいの」
小鳥遊さんは女性の傍を通って、その場から離れようとする。そんな小鳥遊さんの様子を見て、彼女はあの子随分とせっかちなのね、と言ってため息を吐いて言葉を続ける。
『……見てないわ』
その言葉にやっぱり駄目か、と僕も一輝も落胆するが女性は言葉を続けた。
『だけれど、彼女ならこっちにいるわよ』
彼女は自身が来た道を指差す。あの子、とは僕に憑いていた彼女の事だろうか。確かに僕が聞いた声の方向だ。
もし、あの子が僕達の知ってる彼女じゃなくても、そっちに行くべきではある筈だ。
『でも……申し訳ないけど、この子とそっちの子は駄目よ』
一輝と宮部教授を指差して、彼女はそう言った。
「どうしてですか……?」
『この子は強過ぎるから。それからあの子は五月蝿いから』
一輝を指差して強過ぎると言ったのは、前に小鳥遊さんが言っていた守護霊の事だろう。その手の場所に行っても絶対に持ち帰らない。と言っていたから相当なのだろう。
しかし当の本人は、彼女の言葉の真意が分かっておらず、納得していなさそうな顔をしていた。
「何が強過ぎるのか分かんないんスけど、そんな駄目なんスか?」
『そうねぇ……貴方の場合、強過ぎて消しちゃうからごめんなさいね』
彼女は申し訳なさそうに一輝に向かって言っていた。それにしてもこんなに普通に話してくれる幽霊なんて初めてで、なんだか違和感すら感じてしまう。
「消すってどう言う事ッスか?除霊ってやつ……?」
「除霊は、確かに元いた場所に戻すってやつですよね?それなら問題無いんじゃ……」
「違うわ。彼女が言ってるのは〝消霊〟の事よ」
「「消霊……?」」
消霊という聞きなれない言葉に、僕と一輝は思わず同時に反覆した。
「輪廻転生の輪に還す事無く、霊魂を消滅させるの」
「それって……つまり、」
「文字通り、この世界から消してしまうのよ」
まさか、一輝を守っている守護霊がそんなに強い存在だなんて考えてもいなかった。つまり、今まで一輝が行った場所では……。いいや、考えるのはやめよう。
「別にその人も、誰彼構わず消してる訳じゃないわよ?」
相変わらず僕の考えが読めるのか、それとも僕の考えが読みやすいだけなのか、小鳥遊さんは僕に向かってそう言った。
「敵意を出してきた霊だけよ。ただ今から行く場所は恐らく……」
『この子の推測通り、弱ってる子達が多いのよ』
「それなら……仕方ないッスね?」
「そうですね。」
一輝も僕もようやく納得出来た。しかし、留守番を言い渡された宮部教授は不服そうにして、まるで子供のように駄々を捏ねている。因みに、五月蝿いからという理由ではなく、大人数で行くと幽霊が出てこないから、という理由に変えて伝えている。
「宮部教授……仕方ないですよ」
「そうそう。それに教授視えないんじゃ意味ないッスよ」
「でも、ポラロイドカメラには写るかもしれないでしょ!?」
流石に心霊部の教授だ。視えるかもしれない可能性について熱弁して、こちらを納得させようとしているが、女性は軽く引いている様にも見える。多分、いつもこんな感じなのだろう。小鳥遊さんもため息を吐いている。
「教授、はっきり言わせてもらいます。」
「なんだい?小鳥遊くん」
「教授は五月蝿いので、着いて来てほしくないそうです。」
小鳥遊さんは、オブラートに包む事もせず宮部教授に本当の事を言ってしまった。
「うわぁ、すげぇ……。小鳥遊先輩、容赦ねぇ……」
関心するかの様に一輝は、ポツリと言葉を零している。一方の宮部教授はショックなのか項垂れたまま微動だにしない。
「あの、宮部教授……?これから行く場所は、弱い霊が多いらしいので……その、」
なんて言葉を続ければいいだろうか、と辿々しく言葉を紡いでいると、宮部教授は勢いよく頭を上げた。
「そっかぁ……僕ってそんな五月蝿かったのか。ごめんよ、次からは気を付けるね」
宮部教授はいつもと変わらぬ感じで言い終えると、へらぁ……と力なく笑った。勿論、謝っている方向には女性はいない。相変わらず真逆を向いている。
そんな教授の様子を見て、女性は、本当に変わってる子ねぇ……と呟いていた。それには同意したいと思う。因みに、僕の励ましの言葉らしき声も聞こえていなかったらしい。