4
不意にグイッと、袖を引っ張られる様な感覚があった。腕を見ると地面から浮いている状態で、密教ちゃんが引っ張っていた。どうやら浮遊霊の体が埋められている場所に案内しようとしている様だ。
普段であれば、小鳥遊さんにしたであろう行動をどうして僕にしたのだろう?小鳥遊さんも密教ちゃんの行動に少し驚いているようにも見えた。
『あの人の……家、庭……他に、も』
そこまで言うと浮遊霊の彼女は消えた。他にも、とは一体、どういう事だろう?……まさか、他にも人が埋まっているという事なのだろうか?最早、物騒な考えしか浮かばず、思わず生唾を飲み込む。
「他にも……か、」
小鳥遊さんは、そう呟いて何か考えている様だった。
「場所が分かるにしても、他人の住居に侵入は出来ないからね」
「確かにそうですね……」
「いやいや!なんでそんなに前向きに探す前提になってるんスか!?」
一輝を除く、全員がやる気になっているこの異常な状態に思わずツッコミを入れている。宮部教授と冴子は兎も角、綿貫が異常なまでに探す事にこだわっている事に違和感を感じているのだろう。
「探さないといけない、そんな気がしてるんだ」
「何言ってんだよ わたっち!お前、可笑しいぞ!?」
一輝は思わず、綿貫の肩を揺さぶっていた。何かに、と言うよりあの浮遊霊に取り憑かれていると思ったのだろう。それは盛大に揺さぶっていた。ぐわんぐわん、と。胃から何か出てしまうのではないかと思う位に。
「確かに、今の綿貫くんは傍から見れば異常だわ」
「なら……!」
「それでも、今回は探さないといけないわ」
冴子のその言葉に一輝はたじろいでいた。
「……絶対に、ですか?」
「ええ、探さないと大変な事になるでしょうね」
念を押して聞く一輝に対し、小鳥遊さんは大変な事、と濁した。敢えて濁した言葉に、一輝は何か言おうと口を開いたが、すぐに噤んだ。
その言葉の意味は、深く考えなくても思いつくだろう。想像するのも恐ろしい。一輝も僕と同じ想像をしたのだろう。顔色が悪くなっていた。
「――……分かりました」
数分後、一輝はようやく口を開いた。すんなり承諾したというより、苦渋の決断をした、という様な感じだった。
「探し出した後、その幽霊から危険な事をされるなんて事はないんスよね?」
「彼女からは、その気を感じられないわ 仮にそうだとしても私がそんな事させない」
そう一輝に言った彼女は真剣そのものだ。
もし仮に、探した後に何かされそうになっても、絶対に止めてみせる。そんな風に決意した様な、何処かの物語に出てくる勇者みたいな感じの雰囲気だった。
正直探した後に何かされるのは嫌だ。物凄く、嫌だけど!!
そして、僕が捕らわれの姫みたいなポジションみたいで、少し納得がいかない。何も出来ないのは事実だけど、やっぱり男として守られるのはなんだか違和感しかないが、受け入れるしか無いのが現状だ。
如何にかこうにか一輝を説得……いや、言い負かした僕達は浮遊霊の体探しを始めた。
始めた、と言っても場所は彼女が分かっているようなので、後は私有地であった場合に許可を得るだけだが……。
「なんか……こう、さ」
唐突に一輝が口を開いた。なんだか余計な事しか言わなそうな予感がする。それ以上余計な事は何も言わないで欲しい。
「結構、無謀な話だよな」
みなまで言わない様にしていたのに、この男と来たら……いや、まぁそのポロっと言ってしまうのが一輝なんだが……。
浮遊霊の女性を見てくれ、少し悲しそうな顔……して、るのか?ちょっと僕には分からないけど、多分いや絶対悲しい顔してるハズだ。
「それにさ殺人事件の遺体探しってのもアレだけどさ。20年以上前の事だから、時効は兎も角どうやって犯人に自供させるんだ?」
更に追い打ちをかけるように言葉を続ける一輝に、宮部教授は苦笑いし、冴子は深く溜息を吐いている。
綿貫はと言うと、顔に手を当てていた。そんな三人の心情を全くと言って良いほど一輝は理解していなかった。
暫く浮遊霊の彼女に着いて行くと、ある所でピタリと動きを止めた。彼女の目の前にはいかにも、といった感じの薄暗い林があった。
だが、そこには 私有地に付き立ち入り禁止のデカデカとした看板に、ご丁寧に有刺鉄線とキープアウトの立ち入り禁止テープ付きだ。明らかに入って欲しくない雰囲気が漂っている。
「いや、これ絶対許可出ないやつじゃん」
またも、一輝が一刀両断した。頼むからもう少しオブラートに包めないものなのだろうか。
そんな一輝の言葉に浮遊霊は反応して、スッと指を差す。その先はなんと、有刺鉄線付きの立ち入り禁止看板ではなく隣の空き地を差していた。
「えっと……こっち??」
僕がそう言うと浮遊霊の彼女は何やら口をパクパクとさせて何か話しているが、聞き取れなくて耳を澄ませてみた。
『ユる、サなイ……』
「え、」
『消えタ、きエた、キエタ!!!』
彼女の感情が昂ったと同時に、この辺一帯の空気が一瞬で澱んだ。
とても息苦しい。辛い、痛い。アイツが憎い。殺してやりたい。
もっと早くに殺すべきだった。殺してやる。殺してやるんだ。
アイ、ツを……殺す殺すころすコろスコロス。
「……。」
「わたっち、どうした?大丈夫か?」
ああ、そうだ。殺さなきゃ。僕はコイツを――……。
一輝の首に手が届くまであと少し。あと少しで連れて逝けるか?
「綿貫君!!」
「……ッ!」
小鳥遊さんに腕を掴まれて、僕は我に返った。
「今、僕は何を……?」
思い出した内容があまりにも衝撃的過ぎて、血の気が引いていくのが分かった。
あの一瞬で、僕は友人に手を掛ける所だった。もしこの場に小鳥遊さんが居なかったらと考えるだけでも恐ろしい。
一大事にならなくて良かったと安堵していると、小鳥遊さんが口を開いた。
「……やっぱり、今日はここまでにしておきましょう」
「折角来たんだ。最後まで探そうぜ」
少し前まであんなに渋っていた一輝から出た言葉とは思えなくて思わず見ていると、パチリと目が合った。そして、僕の言いたい事が分かったのだろう一輝は更に言葉を続ける。
「いや、だって……また来るのは面倒じゃん」
ああ、うん。いつもの一輝だ。
何かしらの影響を受けたか、はたまた唐突に責任を感じてあんな言葉を言った訳ではなかった。
ただただ、ここまで来るのが嫌なだけで言っただけのようだ。
「そうは言っても彼女が居ないのだからこれ以上何をしても意味ないのよ」
彼女が居ない、という小鳥遊さんの言葉を聞いて周りを見てみれば確かに居ない。何処かに行ってしまったのだろうか。
『……し、い』
今にも消えてしまいそうな声、いや、風に紛れて微かに声が聞こえた。
「小鳥遊さん何か言いました?」
「何も言ってないわ」
「え?小鳥遊くん言ったじゃない。悔しいって」
そう言ったよね?と宮部教授は問うて来たが、そこまではっきりとは聞こえていないので、肯定は出来ない。
「いえ……僕には途切れた言葉が聞こえたように聞こえただけで、そこまではっきりとは聞こえてないです。一輝は聞こえたか?」
「俺、なんにも聞いてないけど?」
「えぇ?あんなにハッキリ小鳥遊くん言ってたのにそんな事ある?」
小鳥遊さんは何も言っていないのにはっきりと聞こえたと言った宮部教授。
誰かの声が風に紛れて微かに聞こえたと言った僕。
そして誰の声も聞いていないという一輝。
同じ場所にいて、三人ともこんなに食い違うものだろうか。そして何より小鳥遊さんには聞こえていないというのも不思議だし、不自然だ。
もしかしたら、意図的に小鳥遊さんには聞こえない様にしたのかもしれない。勿論、幽霊にそんな使い分けの様な事が出来ればだけれども……。