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「教授!そのライト直ぐに消して下さい!!」
これまでに聞いた事が無い位のボリュームで、小鳥遊さんが宮部教授に注意を促した。小鳥遊さんの声に驚いたであろう宮部教授は、危うくライトを落としそうになっている。
「び、吃驚した……どうしたの、小鳥遊くん そんな大きな声出して……」
「すみません。ですが、急を要したので……赤いライトで辺りを照らすのは止めて下さい」
なんでだろう?と首を傾げていると、すぐ隣からコホン、と咳払いが聞こえた。すぐに横を見れば、そこには鶺鴒さんがいた。そして、僕が声を出すよりも先に鶺鴒さんが話し始める。
『ライトの光ってあまり霊は好きじゃないの。その中でも特に赤い光は、霊を攻撃してる事になる 1番危ない色なのよ』
鶺鴒さんの言葉に衝撃を受けた。正直、赤い色のライトを向けただけで、攻撃してる事になるなんて考えてもいなかった。
「どうして赤い色のライトは駄目なんですか……?」
『赤い色は攻撃を示すイメージがあるでしょう?それは霊にも通ずるのよ それに、霊と言っても元は生きてた人間 ライトを向けられたら眩しいって感情もあるし、不快な思いはするのよ』
霊だからなんでもしていいって訳じゃないわ、と鶺鴒さんは言った。
『……今回は、教授先生もわざとでは無かったみたいだし、近くに誰も居なくて良かったわ』
鶺鴒さんはそう言って、胸を撫で下ろしている様だった。
「もし、近くに霊がいたら……」
『確実に標的にされていたでしょうね』
その言葉に、思わず息を飲んだ。
「――……と、言う訳で 決して赤いライトは使わないで下さい」
恐らく鶺鴒さんと同じ話を、小鳥遊さんも教授達にしていたのだろう。話を聞いていた2人は頷いていた。
「……ミ、た…………」
また、あのか細い声が聞こえる。
「見た……?」
『な、か……あヵ、り……ひ、ト……』
明らかに生きてる人ではない、何故だかすぐに分かった。
「綿貫くん……?どうしたの?」
小鳥遊さんが僕に声を掛けると、その声も聞こえなくなってしまった。
「また、か細い声が聞こえたんですが、断片的にしか声が聞こえてこなくて……」
今はもう声なんて聞こえないです、と僕は付け加えた。小鳥遊さんは隣にいた鶺鴒さんを見るが、鶺鴒さんは首を横に振る。
「……その声はなんて?」
「みた、なか、あかり、ひと……、しか聞き取れなかったです」
そう言うと小鳥遊さんは、呪文の様に先程伝えた言葉を繰り返す。
――……そして、こう呟いた。
「……車内灯で中の人を見た、」
その言葉に全員が教えられる事となった。
「車内灯がついてたなら、相手が見える!」
「でも髪型だけって……どういう事スか?」
「……多分、加害者が車内灯をつけて、後部座席の方を見てたんだ それなら――……」
そこまで言うと、突然この場所の空気が変わった。
「……、……ッ!」
声が出せなくなる程に、異様な空気だ。そして、突然体が言う事を効かなくなった。恐らく これが所謂〝金縛り〟というやつだろう。
急に景色が暗転すると、僕は歩いていた。周りには一輝や教授、そして 小鳥遊さんも……誰一人居ない。
コツ、コツ、と……ヒールのある靴を履いた人物が歩いている足音がする。でも、それは小鳥遊さんが履いている物とは違う音だった。
着信音がして携帯を取り出した鞄は女性物の様に見え、携帯を掴んだその手も自分のモノではなく女性の様に見えた。携帯を見ると、画面が小さい上にアンテナの付いたボタン式 。今どきの若者が持つにしては、かなり古い機種だ。
綿貫達が音切町にやって来たのは遅かったが、まだ日は少しだけ出ていた。しかし、ディスプレイに表示されている時刻は、既に深夜1時を超えている。
遠くから車の音も聞こえ、かなりの台数が通っているらしい。道幅的には、優に車がすれ違えるだけの十分な幅があるが、車のライトが背後から近付いて来て、少しだけ道端に逸れる。
ここで再び視点が動く。だが、何故か嫌な予感しかしない。嫌だ。振り向きたくない、という綿貫の意思に反して、視点はゆっくり、ゆっくりと後ろに振り向いていく。
完全に後ろを振り向いたその時、車内灯で中の人が見えた。だが、運転している人物は後部座席を気にしていたらしく真正面の顔は見えなかった。
「え……――、――――」
戸惑う様な、驚いた様な女性の声がした。そして、雷でも落ちたのかという程の轟音と共に体が宙を浮き、何かに衝突した。何かが辺りに広まり、周りが徐々に明るくなる。
「――た……、……!」
誰かが私を呼んでいる。
でも、どこから呼ばれているのか全然分からないぐらい遠くから呼ばれてる……そんな気がする。
どうして、私を呼んでいるの?
……そもそも、この声は一体誰の声?
私は、一体……――。
「綿貫くん!!」
冴子の大声と共にバシン、と背中を叩かれてようやく綿貫の金縛りは解けたらしく、同時に綿貫は何かを吐き出す様に咳込んでいた。
「――……い、今……ッ!!」
そう言いながら僕は、自分の体を触ったり辺りを見渡す。どうやら、帰ってこれたらしい。正直、生前見た景色を見せられるとは思ってもみなかった。と言うより、共有と言って良いのだろうか?そんな事が出来ると思っていなかったので衝撃だった。
「あの人の、彼女の――」
そこまで言うと小鳥遊さんは口元に指を当てる。みなまで言うな、と言う事だろうか?そう考えていると、急に空気が変わった。あの時と同じ様な嫌な空気に変わった。
『――ゔ、ゥ……』
苦しそうな呻き声と共に、ゴボボ……と何か水音の様なものが聞こえる。
「なんだ今の声……」
どうやら一輝と教授にも聞こえたらしい。辺りを見回すが、何かがいる様子は見受けられなかった。どうやら姿を隠しているようだ。
『……ォ、前の ゼ、いデ……』
その言葉は何故か僕に言われた様な気がした。
『お前……せい、デ……ばだジ、ば……』
その言葉と同時に彼女が目の前に現れた。
あの時と同じ様に辺り一帯に、血 独特の鉄臭い匂いが充満した。彼女の姿は相変わらず体の一部が欠損し、足や腕があらぬ方向に向いている。敢えて違う所を敢えて探すならば、彼女の足元一帯に血の海が出来ているという点だ。
その姿を初めて見た一輝は、思わず目を逸らしていた。
『ご……ろ、ジで……や、る……ッ』
「……貴女の命を奪ったのは 僕じゃありません。本当は、覚えているんですよね?」
綿貫の言葉に動揺したのか、彼女は動きを止めて綿貫を見ている。
「貴方の命を奪ったのは……」
『ヤめ、ろ……ッ!』
続く言葉を聞きたくないのか、彼女はあらぬ方向に曲がってしまった手で懸命に耳を塞ごうとしている。
「……貴女の携帯の待受画面に、一緒に写っていた男性の横顔でした」
綿貫がそう言うと、彼女は怒り出す訳でもなく、涙を流す。そして、いつの間にか姿も生前の事故に遭う前の姿に戻っていた。
「……わたっち。なんでそんな事知ってるんだよ」
二十年以上も前に起きた事件だ。事故に遭った彼女の遺留品は一切見付からず、今でも身元不明者のまま。それなのに、綿貫が彼女の所持していた携帯の待受画面の事を知っている訳がない。
「金縛りにあった時、見えたんだ……事故直前の彼女が見たであろう景色を」
「死者の見たモノが見えるなんて、そんなまさか……」
「そんな事が、可能とは……」
綿貫の驚くべき発言に教授と一輝は動揺していた。
「出来るわ。幽霊が視せたり、術者で覗き視る方法があるの」
勿論、今回の場合は前者だ。後者の方法の場合は、恐らく小鳥遊さんなら出来るかもしれない。
「本当に言われたくない事なら見せないわ でも、彼女は綿貫くんに過去を見せた……」
「ど、どうして……スか?」
一輝の問いに、冴子よりも早く綿貫が答えた。
「見つけて欲しいから……ですよね?」
なんで自分でもこんな事を言ったのか分からない。でも、見つけて欲しいと言われた気がしたんだ。そうじゃなければ自分が死んだ時の情報なんて誰かに見せたりするものだろうか。
「見つけるって何を……まさか体とか言わないよな?」
「そのまさかだよ」
「冗談だろ!?二十年以上前の事件だぞ!例えあったとしても白骨化してる!それに何処にあるかの検討だって無いのに無謀にも程があるだろ!」
綿貫の思いがけぬ言葉に、一輝は叫喚する。それを宥めるかの様に教授は一輝の肩に手を置く。
「何処か見当が付いていれば、少し時間は掛かっても見つかる可能性は出てくるかもしれないけど……」
二人の言う通り、この段階で見つかる可能性はない。それに彼女を轢いた男性、恐らく恋人だったであろう人を見つける事も困難だ。20年前ともなれば尚の事。相手だって20年の時を経て歳をとり、見た目も変わってしまっている事だろう。
「もし、場所が分かるとしたら……どうかしら?」
僕に助け舟を出したのは、なんと小鳥遊さんだった。まさかの発言に、僕を含め全員が驚きを隠せない。
「分かるのかい!?」
「但し、彼女が知っていればですけどね」
「死んだ後に、どうこうされたなんて本人が知ってる訳ないじゃないッスか」
小鳥遊さんの言葉に一輝はまた反論の声をあげる。死んでから何処かに移されたなんて、分かる訳がない。そんなの犯人にしか分かり得ない事実で、当然の反論だった。
『……轢かれて――……』
今まで黙っていた浮遊霊が突然口を開き、言葉を話し始めた。
『轢かれて……暗く冷たい、土の中……あの、庭……』
そう言って、彼女はとある方向を指差す。どうやら何処かの庭に埋められている様だが、本当の事なのかと半信半疑だ。自分で探すと言ったにも関わらず、矛盾しているのは分かっているのだが……。正直に受け止める事が出来なかった。