プロローグ
この世には――――――……
〝視える者〟と〝視えない者〟が存在する。
それが良い事か、悪い事か。
それは本人のみぞ知る――――――……。
森の中にある獣道を一心不乱に走り抜ける男性がいた。
何かに追われているのだろうか、時折、後ろを振り向きながら走り続けている。
「くそ……ッ!あんなバケモノがいるなんて 聞いてねぇぞ!!」
そう言いながら男は走り続ける。彼の後方からガサガサと何かが迫って来ている音が聞こえた。
「もうきやがったのか!?」
男性はピタリと足を止め、息を殺しながら様子を伺う。音のした草叢現れたのは一匹の野兎だった。
「んだよ……驚かせんなよ」
安堵したのも束の間、突然彼の携帯が機械音を立てた。思わず、びくりと体を震わせる。着信は、一緒に来た仲間の一人からだった。
『やっと繫がった!ザザ……今 ザザザッ いん……だ、よ ザザザ』
「あ? なんだよ ノイズ凄くて聞こえねェぞ!!」
『ザザザザッ だから……ザザッ 今 どこにいんだって!!』
「入り口の獣道だ! お前等はどこにいんだよ」
居場所を言った途端、ザ――――――――――……と、これまでで一番酷いノイズが携帯に流れる。
「おい!またノイズ……」
『――――……た』
「あぁ?」
『見つけタ 見ツケタ ミツケタ アハハハハハハハハハハハハ』
先程まで聞こえていた仲間の声とは違い、電子音のような。狂った機械人形のような。無機質なそれでいて男女の声が混ざりあった気味の悪い声が聞こえてブツリ、と通話は勝手に切れた。
呆然と立ち尽くしていると、徐々にではあるが冷静に考えられる様になって来たらしく、頭に情報が入ってくる様になっていった。
先程まで話していたのは確かに友人の声だった。だが、友人の声であって友人ではないナニカ。友人ではないという事実に気が付いてしまった瞬間。一気に寒気がやってきた。
何故か足が……いや、体が動かない。どうやら目だけは、辛うじて動かせるらしく、ゆっくりと視線を下にやる。だが、そこには何もなかった。
安堵したものの、疑問が残る。それじゃあ なんで身体が動かないのか……。
そんな事を考えていると、べちょり。ナニか生暖かい液体が頬を伝う。液体からは、鉄臭さとツンと鼻を刺激する生臭さが一気に漂った。
謎の液体から放たれる異臭に嘔吐きそうになったその時――――…… 。
『ツ カ マ エ タ』
耳元で聞こえたのは、スマホから聞こえてきたあの声だった。ケヒヒヒ、と言う特徴的な笑い声と共に、男性とその仲間はその日を境に忽然と姿を消した。
その出来事は〝遠野山の神隠し〟と呼ばれ、心霊マニアの間では噂になったのだった。
しかし、この話を誰が一番最初に言い出したのかは未だに謎である。