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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

咆哮する肉塊

作者: Sさん


 光が差し込む雲の上、小陰は端っこに座っていた。


 昔通り、ポツッと一人で座っている。少しでも体勢を崩したら、今にも落ちてしまいそうだ。

 小陰は俺の存在に気づかず、太陽の方を向いていた。無表情で、ボーッと眺めている。

 俺はもう老いぼれてしまったが、小陰はまだ高校生の姿のままだ。その無表情が、今は美しく感じる...


「やぁ、隣に座ってもいいかな?」


 俺は勇気を出して、話しかけてみた。小陰が覚えているのか、確かめてみたくなったのだ。


「...はい、お好きにどうぞ」


 無愛想な態度で接されたが、今はその態度も懐かしい。

 しかし、俺のことは覚えていないようだ。無理もない、もう何十年も経っているのに加え、俺の身体も変わっているのだ。よぼよぼのシワに、小汚い服装で...


「なぁ、俺の名前は...ヒカルだ」


 小陰の顔色が変わった。ひどく驚いたようだ。


「俺の話、聞いてくれないか?」


 小陰はしばらく黙ったあと、ようやく頷いた。




 -1章- 友達作りは台本をなぞって


「よっしゃ! 俺ら、一緒のクラスになったじゃねぇか!」


「...うん。そうだね」


「おいおい、もっと喜ぼうぜ? この俺と一緒なんて、今年はもう勝ち確定じゃねぇか」


「誰と戦っているの?」


 掲示板の前、2人の少年が騒いでいた。掲示板には、新しく高校に入った1年生のクラス分けが書かれている。

 2人の少年の名前は、小陰と光流。読み方は、それぞれコカゲとヒカルだ。言うなれば、ご近所の仲である。


「えーっと、これ見たら次は始業式だっけ? さっさと行きますか!」


 うるさい方が光流。両親が名付けてくれた名前は、少し読み方は歪だが、光流は気に入っている。


「あっ...」


 こっちのオドオドしてる方が、小陰である。こちらは何の変哲もない名前だ。

 2人は小学校の頃から同じ学校にいたが、運命のいたづらか同じクラスにはなったことがなかった。昔は一緒に遊んでたりもしていたが、時が経つにつれ、あまり関わらなくなっていた。

 しかし、それは友達をやめたわけではない。普段は一緒に投稿した、2人は関わる機会があれば (主に光流が) 楽しく会話をする。旅行で一緒に寝泊まりすることだってある仲だ。




「俺の名前は隆宗 光流! 光と書いて流れるです。好きなものはサッカーで、そこの高山 小陰とは、幼馴染の関係。2人まとめて、是非話しかけてください!」


 始業式やら学活やらが終わり、クラスで自己紹介をすることになった。俺の得意分野だ。

 コツはとにかく堂々とすること。あと、ウケは狙いすぎないこと。滑らないようにハキハキ喋れば、勝手に周りは好印象を持ってくれるのだ。

 さらに、これがあったら尚良しというのが、笑顔。にこやかにこやか笑顔キープ、俺の魔法の呪文だ。これを詠唱することで、笑顔を保ちつつ落ち着くことができる。


「んじゃ、次は小陰! よろしくお願いしまーす!」


 みんなからの、やや大きめな拍手が響いた。ただ適当に叩いてる人もいれば、感動したのか強く叩く生徒もいる。俺は特に失敗もなく、自己紹介を終えることができたのだ。

 しかし... 次はたまたま出席番号が隣の小陰の自己紹介。言うまでもなく、不安が残る。初手失敗とかやめてくれよ?


「ガタッ」


 大きく木が擦れる音がした。小陰が、緊張で足をブルブルと震えさせながら、椅子を強く引いて立ち上がったのだ。クラスの注目を変に受け、小陰はフリーズした。

 椅子に座る前に俺が背中を押してやると、小陰は再び動き出した。石化の魔法は、俺という僧侶によって解けたのだ。

 小陰は教卓の前まで動くのに成功し、完全直立の状態で口を動かす。現時点でもコミュ障なことバレバレだが、問題はこれからだ。


「えーっと... さっき紹介された、高山 小陰です。よろしくお願いします...」


 無難だ。...うん、まぁ、無難は良いことだ。無難ならば、少なくともアウトにはならない。あとは俺がなんとかしよう。俺と一緒にいれば、勝手にコイツのカーストも上がるはずだ。


( 結構よかったと思うぜ?)


 小陰が顔を青くして、今にも倒れそうなぐらいフラフラと歩いていたため、小声で小陰をフォローしといた。小陰は顔の筋肉を強張らせたまま、なんとか席についた。

 これが俺らの距離感。俺がフォローして、小陰が頑張る。どうして俺は面倒くさくならないの? と思う方も多いだろうが、それには深い理由が結構あるのだ。

 それらは後々紹介していこうと思うが、今はとりあえず面倒くさくないとだけ思っておいてくれ。


 そんなこんなで全員の自己紹介が終わった。つまり、学校が終わって自由になったのだ。しかし、最初にやることは家に帰ることではない。

 俺はそそくさと帰ろうとする小陰を捕まえて、周りの人に話に行った。目標は今日で5人。同じ中学校だった人たちのグループが巨大化してしまう可能性があるから、立ち向かうための友達を増やしておくのだ。


「こんなかで、サッカー部入りたいなって思ってる人いますか〜?」


 俺は大声で張り上げた。いちいち1人ずつ話に行くのなんて、時間がかかる上に浮いてる奴と思われるだけだ。だったら、あくまで共通の趣味を持ってる人だけ集めたら良い。

 目立ちそうで怖いのか、小陰が本気で俺の手から逃れようとしているが、しっかり掴んでおく。小陰の友達も、せっかくなら増やしておきたいのだ。


「あ、はーい。俺、サッカー部入りたいなって思っています」


 クラス30人中、手を挙げたのは1人だけだった。うーん...少ねぇ。そいつの友達が多くいることを祈るが...

 しかしそこは流石サッカー部。そいつの友達は3人もいた! これで一気に4人ゲット。これで何人かが教室に残っていれば、もうそれだけで目標達成だ。


「えーっと... なんていう名前だっけ?」


「星空 陽太です。君は... 光流さん? だったよね?」


 お、俺の名前は既に覚えられている模様。客観的に見ても印象的だったということで、地味に安心だ。


「俺、サッカーそんなにできないけど、なんとかレギュラー目指して頑張ろうって思っています。フォワードです」


「あぁ、大丈夫大丈夫。俺もそんなに上手くないから。俺もフォワードについてるね」


 2人とも初手は謙遜。これ大事。人間やっぱり、自信過剰には付き合いづらいからね。

 「星空 陽太」顔も名前もイケメンだ。俺の顔も割といい方だと思ってたが、それより全然上だろう。8頭身爽やかイケメンというよりは、やや小動物感のある、小柄な見た目をしている。

 2人でサッカー話を1分ぐらい続け、周りの人達とも会話をつないでいく。やはり小陰は話に入ろうとしないが、みんなには名前だけでも覚えてもらう予定だ。


「こいつ、小陰っていいます。見ての通り人見知りだけど、いい奴なんで仲良くしてやってください。俺の家から歩いて30秒のところにいます」


 他人の紹介は、ウケや小ネタなどを挟むと上手くいく。たとえそいつに面白味がなくても、俺の傍らのキャラとして認識してもらえるのだ。


「30秒... めっちゃ早いじゃん。いいなぁ、俺近所に友達いないから、そういうの割と羨ましい」


「でも、今までずっとクラス別だったからね。それを差し引きしたら、プラマイ0超えてややマイナス気味。マジで、どんな確率なんだよ?」


「それは...ドンマイ」


 陽太との会話を適当に続けながら、俺は周りを観察してみる。今残ってるのは...女子3人のグループ、多分同じ中学校の人達だろう。男子はもう残っていなさそうだ。そして...

 何故かこっちをチラチラと見ている女子1人がいた。陽太の女友達だろうか。俺はこの高校に小陰だけと来たから、そういうのを見ると少し羨ましくなる。

 初日から異性に話しかけるのはリスクが高いため、とりあえずはスルーをするべきだ。陽太から話を振ってくれたら楽なんだがなぁと、軽く目線を移してみたりしたが、陽太は全く気づいていなさそうだった。


「んじゃ、そろそろ昼も食べたいし帰るわ。...小陰もちょっと緊張しまくってるし」


「お、おう。...どう反応したらいいか分からん。まぁ、初日から仲良くなれてよかったよ。また明日」


 暖かい言葉を陽太からもらい、硬直している小陰の腕を引っ張る。小陰は意識を取り戻し、俺にテクテクとついてきたのだった。


「ほら、今日はもう終わりだ。帰るぞ」


「う、うん...」


 小陰が何かを言いたげな声を出した。けど、言っていいのだろうかと困惑しているようだ。ここは空気の読める俺としては、しっかりと聞いてあげる場面だろう。


「どうした? 何か言いたいことがあるなら、遠慮なく言えた方がいいぞ?」


「あ、うん。ありがとう... あの、僕は......」


 小陰の言葉が尻すぼむ。何を言おうとしているのか、全くわかんない。とりあえず、もう少し待ってみよう。


「・・・」

「・・・」


「え、言いたいの? 言いたくないの?」


「あ、ごめん...」


 10秒ほどの沈黙が続き、耐えきれなくなった俺は小陰に改めて聞いた。落ち着け、コイツも精一杯なんだ。決して圧はかけてはならない。にこやかにこやか笑顔キープ。


「あの... 大丈夫。別に、何か言いたかったわけじゃ、ないから...」


 さっきは明らかに何か言いたげな声をしていたが...まあいい。これ以上掘り下げても、小陰がビビってしまうだけだ。ほんと、せめて俺に対してぐらいは、コミュ障も治ってくれると嬉しいんですがね。


「わかった。んじゃ、バイバーイ」


 文句は顔には出さないように、俺は柔らかく声を出した。小陰は深く追求されなくて安心したのか、早歩きで帰ってしまった。下を見ながらそそくさと帰るのも、小陰の悪い癖だ。

 はぁ、今年は小陰も、()()()()()()にちゃんと入ってくれるだろうか?

 俺は不安を抱きながら、家に帰る道を辿った。




 小陰がこんなにも人を怖がる理由は、その過去にある。小陰は、昔はそこそこ明るくて、言うなれば普通の男の子だった。

 自由気ままに自分のやりたいことをやり、クラスの男の子と一緒にゲームしたり、前述の通り俺と旅行で寝泊まりしたことだってあった。みんなにも好かれていたと思う

 しかし、小陰が友達の家で遊んで帰ってきた時、小陰の実の祖父が死んでいた。死因は心臓発作。祖父が大好きだった小陰にとって、これだけでも相当キツかったであろう。

 そして、小陰は1週間の間、学校を休んだ。この時ばかりは、親も先生も責めなかったらしい。彼が次に学校に来た時、彼は人を怯えるようになっていた。

 この1週間のうちに何があったのか。それを覚えているのは、今は何人いるだろうか...




 光流はベッドから目覚めた。日光はカーテンに遮られ、頭は少し重い。布団から身体を起こすのに、約5分ほどかかってしまった。

 ・・・あぁ、嫌な夢を見た。気分が萎える。リフレッシュ代わりに、朝風呂にでも行ってこよう。

 今日はいつもより早く起きたらしい。いつもが7時起きなのに対して、今日は6時半起き。母親もまだ起きていないため、やや空腹のまま風呂に入った。


「シャァァァ」


 シャワーから床を削るような音がする。水圧が高すぎるのだ。そんなのが皮膚に当たると、寝起きの肌が驚き、痛みを伴うレベルの刺激が襲ってくる。

 シャワーの水圧を強くするだけ、頭から嫌なことが吹き飛ぶ、という彼の独特の感覚によるものらしい。彼は2分ほどシャワーを浴び続け、満足そうに風呂を出た。


 目が覚めた光流は、顔を洗ってご飯を食べ、歯磨きをして荷物を整えた。余裕を持って行動し、待ち合わせ場所の近くでこっそり隠れるのが、光流のスタンスだ。

 小陰のことだ。俺が早く来すぎたら迷惑をかけたと謝り、逆に遅く来たら、もう先に行ってしまったのかと不安になるだろう。小陰が来たら10秒後ぐらいに現れるのだ。


「・・・」


 今日は少し遅いようだ。日かげに隠れているため、待っているのはそれほど苦ではない...が、小陰はいつもフラッと現れるため、集中力を切らせてはいけない。これは地味に大きな問題だ。

 まず、朝だから頭がボケボケだ。高水圧シャワーで頭を起こすのも、これが理由である。こうしないと、降りたい駅で降り忘れたみたいな状態になってしまうのだ。

 次に、俺の集中力は低い。小陰が来たのに気づかずに、5分ほど待ち続けていることだってあった。もちろん小陰は先に行かないため、小陰にとっても迷惑だったと思う。

 さぁ、今日はしっかりと待ち続けるぞ!


「っ...ぁ...」


 俺が気合を入れていると、早速小陰が現れた。「遅く来たのに光流の姿が見えない。もう行っちゃったのかな?」とでも言いたげな顔をしている。

 そこで速やかに現れるのが俺! 小陰は安心したように息を吐き、俺は朝からハイテンションに話をする。


「よう、遅れてごめんな! 待った?」


 あくまで俺は待っていないよとアピールし、小陰が話すための軽い質問を投げかける。こうすることで小陰のコミュ障が治るといいなという、俺のささやかな気遣いだ。


「いや... 今来たところ...」


 付き合いたてのカップルみたいな会話を済ませたあと、俺らは並んで登校する。中学の頃は勝手に他の人もよりついて来てたが、今は俺ら2人だけだ。

 途中は常に話しかけ続け、健気にも小陰は言葉を返してくれる。小陰は話すのが苦手でも、他人を傷つかせないようにする根がいい奴なのだ。

 しかし、電車内での40分は、基本的に無言。俺の声はでかいから迷惑だし、あっちから話しかけてくれることはない。2人でそれぞれスマホをいじっているだけだ。

 電車を降りて、高校への通り道に向かっている途中。再び俺は、小陰に話しかけてみた。


「なぁ、今日から授業じゃん? 俺がわかんない漢字とかあったら、ちゃんと教えてくれよ? 代わりに数学は教えてやるから」


「うん、わかった...」


「おぉ、俺も数学苦手だから、俺にも教えてほしい」


「ん? あぁ、陽太か」


 特に変哲のない、普通の会話をしていると、陽太が1人で後ろから現れた。俺らと違い、誰かと来ているわけではないようだ。それにしても、2日目で登校中に会うとか、中々のラッキーだ。


「ふっ、俺の数学を受け取るには、それなりの対価が必要だ。お前にそれが払えるか?」


「俺英語できるよ」


「残念、俺も英語はできるのでした!」


 2人でテンションの会話をしながら、やがて教室に移動する。小陰は会話をする必要がなくなったため、安心しながらついてきていた...俺と話すの、迷惑なんかな?

 俺にだけは多少会話をできると思っていたため、少し悲しい。まぁ、話すのが嫌ってだけで、多分信頼はされてると思うから、あんまり気にしてないんだけどね。

 うーん...距離感を測るのが難しい。とりあえず朝のHR中は、これ以上話すのはやめておく。これから要調整って感じだな。

 そして、小陰の代わりに話し相手になってくれるのは...


「いやぁ、マジ初日に友達できて良かったわ。最初ら辺って、友達いないと朝の時間を潰すのに困るんだよな」


「あぁ、確かに。俺は中学の人がいっぱいいるけど、そっちは1人だけだもんね」


 そう、可愛い系イケメンボーイ、陽太君である。


「そうなんだよな。ついでに言えば、あいつはガツガツ話すタイプじゃないから、仲はいいけどこういう微妙な残り時間じゃ話さないんだよね」


 俺は小陰に聞こえないように、なおかつ聞こえても大丈夫なように、言葉を選びながら声のボリュームを下げて話す。小陰は繊細で、俺はそれに気を遣える男なのだ。

 声の大きさを落としたついでに、俺は言いづらかったことを陽太に言う。


「なぁ、あの女の子。さっきからやけにチラチラ見てくるじゃん。なに、お前の彼女?」


「......俺に彼女はいないよ」


 残念そうに言われた。彼女ではない...あの子は、気になってるからこっちを見ているのではないのか? とりあえず、他にも情報を集めよう。


「だとしたら、なんであんなに見てくるん? 絶対好かれてるでしょ」


「え、えぇ〜。困るな〜。...えへへ」


 おい、可愛いなおい。やけに照れてるじゃねぇか。


「でも、流石にそんなことは... 理由がないじゃん理由が...」


 さてはコイツ、好意に気づかない鈍感タイプだな? 絶対過去に、カッコよくて優しいことをやってあげたんだ。この羨ましい奴め。


「ほら、同じ中学校だったんだろ? なんかなかったのかよ。イベントとか」


 基本他人の恋愛話が大好きな俺としては、ここでできるだけ掘り下げたいところ。しかし、次に陽太の発したセリフは、思いもよらないものだった。


「えっ、別に、同じ中学校じゃないよ?」


「・・・え、何もの!?」


 つい大声を出してしまった。ついでに目線も向けてしまった。どうしよう...あの子気づいちゃったじゃん。第一印象が意味わかんないことを叫ぶ奴になっちゃうじゃん...

 えっ、でも、陽太と同じ学校じゃないのなら、一体どうして見る理由があるんだよ? なんの接点もないのに、あんなに見てくるのはキモくないか!?

 俺が軽くひいていると、その子は口元を引きつらせて苦笑いし、そのままフリーズする。「ヤベっ」とでも言ってそうだ。...あれでバレないと思ってたのか?

 俺が白けた目で見つめていると、彼女はついに口を開いた。


「えーっと............お構いなく」


「いや構うわ! 」


 華麗にツッコミを入れ、俺らはその子に近づく。彼女はきまりが悪そうに目を逸らしていたが、俺が回り込むと、諦めたように弁明を始めた。一見すると、男2人が女の子を責めているみたいだ。


「俺は光流。こっちは陽太。君の名前は?」


「あ、月野です... 夢見 月野です...」


 「夢見 月野」これまた凄い名前だ。ペコペコと頭を下げ続けるのを見るに、俺らへの敵意はないようだ。

 陽太の「どうも〜、陽太です。よろしくお願いします〜」と気の抜ける挨拶はスルーして、俺は月野さんに早速質問を投げかける。


「なんか接点でもあったか? ぶっちゃけ、俺はあんたのこと全く覚えていないんだが...」


「いや、別に昔会ったとかじゃなくて...」


 実は俺が忘れているのか? と思ったが、それも違うようだ。どうしよう...意味不明すぎて対応策が分からない。とりあえず話を聞いてみよう。


「あの...なんというか...」


 月野さんの目が泳いでいる。言いにくいことなのだろうか。うーん...話すのを待つべきか否か...

 よし、気になるし待ってみよう。チラチラ見られてるのに、その理由が気にならない方がおかしい。


「ほら、スパッと言っちゃって? 俺も気になるから」


「あ、はい。...サッカー部、私も見てみたいです!」


 ・・・あぁ、それか! マネージャーやりたいのか!


「何? マネージャー志望ですか!? おぉ〜!!」


「あれ? でも、マネージャーって、こんな早くからできるもんなん? まだ1年生だよ?」


「あぁ、大丈夫らしいですよ。最悪、マネージャーじゃなくても、見れれば問題ないですし」


 3人で会話を進めていく。なるほど、この子はサッカーファンなのか。よし、予想外の収入、異性の友達GETだ。これは幸先がいい。


「最初の体験って...来週だっけ?」


「うん、そうらしいよ。楽しみ」


「んじゃ、その時までに期待しててね。俺サッカーは上手いから」


「俺はちょっと不安...」


 朝のHRはこうして終わり、これにて、俺の高校生活のメンバーは、早くも完成したのであった。




 -2章- 信頼の理由に証明なし


「すっごい! 2人とも凄いじゃん!」


 サッカー部の体験日、試しにみんなで試合的なのをやっていた。月野は俺らのサッカーを見て、相当感動したらしい。


「ふぅ、はぁ、あ、ありがとう...」


 陽太が疲れきった声を出す。ずっと謙遜していたからどんぐらいの実力なんだろうと思ったが、想像の3倍は上手かった。小柄な身体を生かしたのか、相手を簡単に抜けるのだ。


「本当に強いよ2人とも! サッカー部員がクラスにいて良かった!」


 子供みたいに大はしゃぎする月野。彼女はガチのサッカーオタクらしい。基本的には友好的社交的で、それ以外は普通の女子だ。彼女のおかげで、俺の女友達もそこそこ増えた。


「いやぁ、そんな褒められると、やる側も嬉しいわ。でも、本当にサッカー好きなんだな」


「遺伝だね。父さんがサッカーオタクだから、家族でオリンピック観てたりもよくしてる。私の推しは××××」


 ということらしい。俺もサッカーは好きで色々観てるため、基本的に共通の話題があって楽しい。しかし、俺の推しは断然⚪︎⚪︎だ。そこだけは譲ることのできない。


「で、マネージャー? にはなれそうだったのか?」


「あぁ、なんかあっさり認められたよ。顧問の先生が可愛いだって。ごめんね、照れちゃうな」


 クネクネとナルシ発言をする月野は置いといて、俺は地味に1つの期待をしていた。

 これ、ワンチャンいけんじゃね?

 何がいけるのかは君たちの想像に任せよう。ヒントを言うならば、華の高校生活を送りたい俺としては、早速リア充になれるのは、嬉しい以外の何者でもない。


「おぉ、これからは、マネージャーさんって読んだ方がいい?」


「いや、普通に月野でいいよ...クラスでそんなの言われても嫌だし」


 しかし、俺を超えるイケメンがここにいた。お? お? 俺の恋敵はお前か? ラブコメ始まっちゃうか?

 俺としては、陽太は草食系だしなんとかなるかなって思っているし、別に取られてもそこまで怒る気はしないが、とはいえ機会を逃すのは嫌である。ガツガツ行けるところはガツガツ行っちゃおう。

 だけど、そんな甘酸っぱい青春の前に、俺にはやらなきゃいけないことがある。


「そういえば、小陰は大丈夫なの? いつも一緒にいるじゃん」


「俺としては、ここに残して見学しててもらおうと思ってたんだが...」


 そう、小陰である。俺は月野より、今はこっちを優先しないといけない。


「なんかさ、『別に僕サッカー好きじゃないし...』とか言って帰っちゃったの! 別に強制はできないんだけど、それでも帰られたの!」


 ショックであった。2時間ぐらい、あいつのことだし待ってくれるかな? って楽観的に見てたら、一瞬で裏切られた。小陰とは思えないくらいマジで即答だった。


「あぁ、ドンマイ。まあ、なんか予定でもあったんじゃない?」


「うーん...なんかあったかなぁ?」


 俺が知る限りでは、小陰に塾も習い事も、もちろん誰かと遊ぶ約束もないだろう。...早速不良に絡まれてるとかじゃないだろうな。いや、流石に同じクラスだし、そんな雰囲気もなかったから大丈夫か。


「ま、そこまで気にする必要ないか。んじゃ、俺は〇〇線乗るから、バイバーイ」


「「バイバーイ」」


 俺は結局、一人で帰ることになった。




 翌日、いつも通りに待ち合わせをし、今度は小陰も時間通りに現れた。俺は昨日の考えが捨てきれず、試しに様子を伺ってみた。

 顔色、いつも通り悪い。顔つき、いつも通りぼんやりしている。目線、いつも通り下を向いてる。...問題はあるけど、特に何かに困ってるってほどではなさそうだ。

 いや、でもまだわからない。一応直接聞いてみよう。俺は言葉を選びながら、小陰に悩みを聞いてみる。


「なぁ、なんか不安とかあるか?」


 ちょっと違うニュアンスになったが、まあこれでも反応は見れるだろう。


「? ......数学」


 お、おう。予想外の答えが返ってきた。この分なら、不良に虐められてる云々は、俺の考えすぎだったようだ。


「そうか。まあ、俺が教えてやるから、困ったら言ってくれよな?」


「う、うん。・・・?」


 俺の質問の意図が全く分かんなかったらしい。キョトンとしている。まあ、別に問題がないならいいんだけど...


「他にも、困ったことがあったら、いつでも頼っていいからな!」


「あ、ありがとう...」


 俺の急な優しさに小陰が戸惑っているが、とりあえずはこれでいいだろう。うん、まぁいいだろう。...なんか、俺が変な人みたいで釈然としねぇ

 もやもやしたまま教室に着き、早々にいつものグループが集まる。陽太だけは少し遅いが、陽太の友達と月野と俺らは基本早い。前回はたまたま遅れただけだ。

 小陰と朝話すという目標は未だ叶わない。俺がアピールしたおかげで存在こそ認知されているものの、まだ小陰と誰かが話すところを見たことがない。うーん...


「どうしたの? そんな浮かない顔して」


 月野が話しかけてきた。俺としたことが、心配されるような顔をしていたらしい。にこやかにこやか笑顔キープ。魔法の呪文を唱え、俺は表情筋を緩める。


「そう? そんな顔してた?」


「さっきしてたよ。めっちゃしてましたよ」


「ま、別に大した悩みとかじゃないよ。小陰に友達できるかなぁって思って...」


 俺は軽い感じに悩みを話す。こうすることで、過度な心配をせずに、解決策を考えてくれるのだ。


「あー、あの子なんとなく暗いもんね」


「お、おい。そんなはっきり言ってやるなよ...」


「あ、今のは悪口じゃなくて! その、こう...キャラ的な意味で!」


 月野が慌てて弁明する。微妙にフォローになっていないが、まぁ熱意は伝わったため良しとしよう。客観的に見て暗いから、そう言いたくなるのも分かる。


「ま、無理に話しかけるとかの必要はないからね。常に話しかけてる俺がいうのもなんだけど、アイツ話すの好きじゃないから」


「へぇ、よく知ってるんだね」


 俺が注意を促しておくと、月野が感心したように頷いた。まあ、小陰が話すの好きじゃないことなんて、ちょっと関われば誰でも分かることだけどな。強いていうならば...


「ま、幼馴染だからかな」


「そう? 幼馴染でも、何にも分からない人だって結構いるよ。少なくとも、私は友達の趣味やらなんやらは半分以上知らない」


「えぇ...それはそれでどうかと...」


 俺が呆れ、月野が「酷い!」と抗議をしていると、陽太がドアを開いて現れた。律儀にもドアを丁寧に閉め、呆然としてその様子を見ていた俺らに陽太が近づいてきた。


「何が酷いの?」


「いや時間差。そんな丁寧にドア閉める必要ある?」


 具体的には、ドアの方を向いて、両手でゆっくり少しずつ、壁に着いても音が立たないぐらいのスピードで閉めていた。時間さは約10秒だ。


「小陰君について話していたの。光流って、すごい小陰君に世話を焼くよねって思って...」


「俺は誰に対しても世話を焼く、心の優しい人間だよねっていう話」


 俺が話に脚色を加えると、月野が「は?」という目で見つめてきた。冗談だったのに...


「で、何が酷いの?」


「ヒント、月野」


「.......あぁなるほど、月野さんは反対に心の醜い人間と言われたのか。俺はそこまでとは思ってないけど...」


「待って地味に胸にくる...」


 純粋な陽太の本音が漏れ、見るからに月野が落ち込み出した。すまん、俺も陽太がここまで言うとは思ってなかった。醜いって...笑っちゃいけないけど草w


「くそぅ...この男子2人がいじめてくる。私は怒ったら結構強いぞ!」


「へいへい。先生が来るから待っててな」


 俺は適当にあしらい、1時間目の準備をする。結局小陰については何の意見も出て来なかったが、まぁじっくりと進めていくことにしよう。




 放課後、もう一回小陰を見学に誘ってみた。もちろん、サッカー部に入らせたいわけではない。単純に一緒に帰りたいだけだ。


「なぁ、小陰。もし今日用事がなかったらでいいんだが...そこで待っててくれないか? サッカーが好きじゃなくても、ルールぐらいは分かるだろ? 俺が神プレイで飽きさせないようにするからさ!」


「神プレイって...でも、早く...か、帰り....たいから...」


 断るのに罪悪感があるのか、酷くしどろもどろしながら答える。どうしよう...マジで断られてるじゃん。用事があるわけでは無いはずなのに...やっぱりショック。


「ま、まぁいいや。うん、全然気にしないで!」


 俺が明るくそう言うと、小陰はそそくさと帰り始めた。俺は「バイバーイ」と別れの挨拶をする。そして、グラウンドに戻ろうと思った時...


「待って!」


 声が響いた。グラウンドに戻ろうとする俺に向けた言葉ではない。学校を出ようとする、小陰に向けた言葉だ。男にしては高めの声、陽太の声だ。


「ねぇ、君。小陰君だっけ? ちょっと待ってよ。見てってくれてもいいじゃないか」


 小陰も驚いて、かつ怯えたように振り返る。陽太の声には、親し気な態度で押し殺しきれていない圧が隠れていた。何かに怒っているのだと、肌で感じることができる...


「えっ...」


「おい、陽太。別に強制したいわけじゃないから、別に喧嘩とかでもなんでもないから」


 俺は焦って陽太を止める。何かを勘違いしたのか、それともまた違う理由か...


「別に、そうじゃないよ。俺は、ただ小陰君に見ていってもらいたいだけなんだ」


 陽太は未だにツンツンしている。怒っても微妙に小動物感が抜けていないが、小陰にとってはそれでも毒だろう。ただ、俺は陽太の怒っている理由が分からない。


「あ、あの...」


「ほら、なんか用事あるの?」


「いや...」


「じゃあ来いよ!」


 陽太は小陰の腕を引っ張った。半ば強引にグラインドに連れ込み、月野と一緒に端っこで待機させる。多分俺のためを思ってくれているのだろうが...流石にやりすぎだ。

 普段はいいやつな陽太が、特に理由もなしにこんなことをするとは思えないので、俺は練習中にこっそり聞いてみた。


「なぁ、どうしてあんなことしたんだ? 別に強制はしてなかったんだが...」


 陽太を責めるような声は出さない。ここで変な感じに話がこじれて喧嘩になっても面倒だ。それに、まだ怒るほどのことはやっていない。一旦話を聞こう。


「あぁ、それか...ごめんね。ちょっと強引にやっちゃって」


 本人にも罪悪感はあったらしい。よかった、やっぱり陽太は基本いいやつだ。俺が安心していると、陽太は気まずそうに話を続けた。


「俺、ああいう...何? 常にオドオドしてるやつ? あんまり好きじゃないんだよね」


「で、ああしたの?」


「そこまでワガママじゃないよ。別に、恨みがあるわけじゃないんだし」


 あ、だよな。ちょっと安心した。一瞬陽太を過激派な奴だと思っちゃった。でも、そっか...小陰みたいなタイプは嫌いか...2人の友達として、少し残念だ。

 でも、実際小陰を嫌う人って、結構いたんだよなぁ。嫌うまでとはいかなくとも、こっそり噂してたりだとか、よく聞いたことがある。


「じゃ、結局なんでなんだ?」


「一応、アイツに対して光流は結構頑張ってるわけじゃん。 それに全く感謝せずに、ああやって誘いを断るアイツが許せなかった」


 お、おう...俺のせいか。いや、俺のせいではないけど...俺は関わっているのか。うーん...小陰を弁護したいけど、陽太の言い分も分かるんだよなぁ!

 どうしよう、とりあえずは今日は許そう。その上で、帰りに色々小陰から聞いてみよう。うん、それがいい。

 俺はなんとか自分を納得させることに成功し、「なるほど。ま、今回は許そう」と上から目線で言いやって、練習に再び励む。もやもやするが、気にしすぎたのだろう。

 俺は二人にはいつか仲良くしてもらおう、と決め、気合を入れ直した。その様子を、陽太が不服そうに見ているのにも気づきながら...




 練習が終わり、もう日は落ちかけていた。体験ということもあり、そこまでキツい練習はしていない。俺の体力はまだまだ残っていた。


「ぜぇ、はぁ、おぇ...」


 なお、陽太はあんまり残っていなかった。本人が謙遜をする理由、なんとなく分かった気がする...


「おーい、大丈夫か?」


「ふぅ、はぁ、大丈夫...まだマシだよ...」


 明らかに無理をしている。というよりは、大丈夫の定義がバグっている。今にも吐きそうな雰囲気じゃねぇか。


「大丈夫? ほら、水。...なんかマネージャーっぽくてこれいい! 光流のも取ってくる!」


 月野が陽太の水筒を持ってきた。...で、また行ってしまった。相変わらずハイテンションなやつだ。陽太は水筒をがぶ飲みし、4つんばいになって倒れ込んだ。


「あ、そういえば、小陰はどこ行った? 確か月野と一緒に居たよな?」


 俺は小陰が居たことを思い出し、周りを見渡してみた。小陰は目に見える範囲にはいない。トイレにでも行ったのだろうか?

 陽太の顔が若干ムッとなり、慌てて俺は月野に聞く。


「えっ、月野知ってる?」


「あぁ...なんか丁度体験が終わった時に帰っちゃったよ? 1人で」


 ・・・は!?

 ということは...俺を置いて先帰った? あそこまで待ったのに? えっ、待って。それショックとか以前の問題なんだけど! もはや俺それ嫌われてんじゃん! えっ? えっ?


 俺が混乱で頭を抱えていると、もっとヤバいことが起きてることに気がついた。俺は恐る恐る隣を見てみると...


「へぇ、小陰って、そういうことするんだぁ。ねぇ、光流はどう思います?」


 ・・・もう勘弁してくれよ




 2分後。


「よし、ようやく落ち着いた。うん、まあ落ち着いた」


 いつもの呪文、にこやかにこやか笑顔キープと繰り返し唱え、俺はようやく平静を取り戻した。


「なぁ、流石にあれは、ぶっとばしてもよくない? 俺だったら蹴りとばした上に絶交する」


 陽太は平静を取り戻していないようだ。言い方こそ戻ったが、目に光が入っていない。あと、可愛い顔して言ってることが鬼畜である。


「ちょ、そんな怖いこと言わないでよ。まぁ気持ちは分かるけど...」


 ようやく事態を把握した月野が、申し訳なさそうに呟いた。小陰を引きとめることができず、罪悪感を覚えているらしい。まぁ、月野を怒りたいわけではないが...


「くそ、せめてなんか言ってくれないもんかねぇ」


 何にも言わずに帰ってしまった小陰が気になる...ちくしょう、まさか体験終了直後に帰られるとは思ってなかった。本気で想定外だ。

 もちろん俺らが強制的に待たせたのは分かってる。それは分かってるんだが...随分と傲慢な気がする。ましてや基本優しいアイツにしては...


「あれって、もう『あなたのことは嫌いです』って言ってるようなもんでしょ。逆にそれ以外の意味ないでしょ」


 陽太は、もう既にこれを宣戦布告と受け取ったようだ。決めつけが早い...と言いたいとこだが、実際俺もそれ以外の理由を思いつかない。


「それでも、俺はあいつを信じるわ...小陰は優しい奴のはずだからな。そもそも、俺がアイツに嫌われたって事象を、そんな簡単に受け入れたくない...」


 陽太の顔が、俺に同情するものに変わる。いくら怒っていても、俺に裏切られたことを認めろ! とは言えないようだ。よかった、もし言われてたら喧嘩に発展していたかもしれない...


「あ、その...とりあえず帰ろう? こんなところで集まっていても変な空気になるだけだし、ね?」


 月野が恐る恐る声を張り上げ、なんとか最悪の雰囲気を変えようとした。ありがたい、俺もこういう空気は苦手だ。


「うん… じゃあ帰るか。俺はこっち行くから...」


 そして、俺は駅に向かう。今日も独りで帰るのかと落ち込んでいた時、月野が俺を呼びとめた。


「あ、私も...今日は光流の電車に乗ることになってるの! 用事があって!」


 月野のセリフはいやにわざとらしかった。陽太は怒りで全く気づいていないようだが、おそらく即興で思いついた嘘だろう。俺に強く同情し、放っておけないらしい。

 ぶっちゃけ見てて心配になるほど落ち込んでいるつもりはないが、心配してくれるのは凄い嬉しい。友達を作ってよかったと、本気で思える瞬間だ。


「そうか。んじゃ、一緒に行くか」


 俺は喜びを陽太に悟られないよう、澄ました顔、いつもの笑顔を意識しているのであった。




「ねぇ、真剣な話をしていい?」


 陽太が見えなくなってきて、月野は立ち止まった。俺も立ちどまり、月野を見て話を聞く体制を作る。普段は軽い会話しかしないため、こういうのはあまり慣れない。

 月野がこの件について心配してくれるのは嬉しいし、もちろん月野の話を聞くのが有意義だとは思う。しかし、今はシリアスな会話をしたくなかった。今はとにかく明るい話をして、いつもの雰囲気を取り戻したかった。


「うん... いいよ。何?」


 そんなことを本人の前で言えるわけもなく、俺は諦めて月野の話を聞くことにした。


「あのね、私...小陰君のこと、全く理解できないの。別に嫌いってわけじゃないんだけど、本当にあまり知らない...」


 これは確か、前にも言っていたことだ。朝のHRだったっけか。その時と違うことといえば、さっきの小陰の行動を見たことである。

 けど、それを見ても理由が分からず、さらに困惑が進んでしまったのだろう。自分でもそれを整理できないぐらいには、彼女には意味が分からなかったらしい。

 しかし、それは当たり前のことで...


「今回の件は、マジで理由が分からない。陽太も意味不明だって思ったらしいし... 俺だって分かんねぇよ。検討もつかない。だから、月野がそんなに気にする必要は...」


 月野と小陰はまだ会ってすぐで、しかも異性で全く交流がない。俺が言うならばともかく、月野が言う必要は一切ない筈だ。


「いや、違うの。私は、それでも信じて理解しようと頑張る、光流が凄いって思って...」


 お、おう。ナチュラルに褒められた。ヤバい、照れて内容に集中できない...平静、平静、あっちはそういうことを全く意識してないぞ。

 俺はようやく内容に集中できた。でもそれは...


「ねぇ、光流は小陰君のこと、どう思っているの?」


 俺の考えを遮り、月野は問いた。その問いに答えるのは、すごく簡単だ。俺は即答できる。

 小陰のことを聞かれると、俺はいつも同じ答えを持っている。だって、それしかないのだから。だって、それ以上のものは、()()()()のだから。


「アイツは、俺の大切な幼馴染だと、そう思ってるぜ?」


 小陰は俺の幼馴染であるから、だから俺は

 小陰(× ×)のことが、大好きなのだ。


 俺が即答したことに驚き、月野は俺に笑いかけた。かわいい...緊張してしまい、俺は身体を身構えてしまった。月野はそんな俺に覚悟を決めたのか、勇気を振り絞って、それでも震えて今にも消えて無くなりそうな声で言った。


「あの...わ、私と...付き合ってください!」


 ・・・何故今!? ちょっと待って、小陰の件全部吹っ飛んだ! 今の意識、全部こっちに持っていかれた!!本日1番の驚きがここに来た!!


「あ、えっ、あ...」


 マズイ... これ以上返事を待たせるのは、俺の紳士ポリシーに反する。今すぐ返答を決めなければ。でも、考えるまでもなくそれは...


「ありがとう... じゃない! いいよ! 全然、凄い嬉しい!」


 一瞬間違えてありがとうと言ってしまったが、そのおかげでノリで返事ができた。ふぅ...とりあえずはこれでOK。端的に俺の返事を伝えられた。

 色々急すぎてついてこれなかった。一旦落ち着いて考えてみよう。みんなも一緒に、にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか...


「・・・あ、えーっと... よかった! なんかよくわかんないけど成功した!」


 呪文詠唱を遮って、月野が反応を示した。本人もよく分からずに呆然としている。...なんで本人が分かってないんだよ。

 よし、落ち着いた落ち着いた。俺は今完全大人の余裕モード。まず月野と付き合って、何か問題があるか... ないな。全く思いつかん。高校生だしこんなもんだろう。

 次に、どうして月野が急にこんなこと言い出したか... 分からん。意味不明だ。小陰の30倍は意味不明だった。


「...なんで急に?」


 俺は思った通りの言葉を声に出した。月野が未だにパニックに陥って「あっ、えっ、あっ」と繰り返し続け、ようやくまともなセリフを吐いた。


「あの、優しいなって思って... 幼馴染だからって、そこまでできるのはすごいと思う」


 照れながら月野が俺を褒める。こんなこと言われると、俺も少し気恥ずかしくなるものだ。どうしよう、こういうの初めての経験だから照れる〜。


「あ、あぁ。...とりあえず、一旦今日は帰ろう。わざわざこっちまで来てくれてありがとな!」


「あ、やっぱり気づいてたんだ... そうだね、今日はもう遅いし、とりあえず帰ろうか!」


 2人で照れてるのを隠そうとテンションを上げながら、とりあえず月野と別れる。...どうしよう。俺、思ったより早い段階で彼女ができちゃった...

 俺は独り、混乱が収まらないまま電車に乗り込んだ。この前と違い、寂しいとかいう感情が出てこない。ただただ嬉しさと困惑で頭が埋もれる。


 でも、月野が俺を信頼した理由は...


 ふと、場違いに暗い感情が浮かんだ。シリアスで、重くて、心が怒りを訴えたくなるような、そんな感情。...これは、考えないようにしよう。



 -3章- 徐々に崩れていく蓄積


 翌日。悶々としてあまり良く眠れなかった俺は、再び朝風呂をした。


「シャァアァーー!!!」


 前よりもさらに強い。水圧全開だ。ここまで行くと、健康な肌ですら痛く感じ、終わった時には赤くなっている。けど、代わりに頭は相当起きる。


「はぁ...」


 シャワーを止め、一番最初に出た言葉は溜め息だった。小陰に陽太に月野、全員が急に変な状態になってしまったため、俺の困惑は未だ治らない...


「にこやかにこやか笑顔キープ」


 毎度お馴染みになっている言葉を、今日はセリフとして吐いた。考えるだけより言葉として発した方が、やっぱり効果があるのかもしれない。俺はそこそこ落ち着いた。

 今日やることを挙げよう。まず、最初なのに一番恐い、昨日の小陰の意図を質問だ。とりあえず、これを終わらせないと、何も始まらない。恐いけど頑張ろう。

 次に、陽太の説得だ。俺としては、たとえ小陰がどう思っていても、小陰の弁護を優先するつもりだ。あわよくば、小陰と陽太を接触させ、友好を図ろうと思う。

 そして、月野との会話。なんて表現すればいいか分かんないけど、とりあえず会話はしないといけない。付き合う云々の会話も必要だが、小陰関連も話を聞いておきたい。

 今日は体験がないため、放課後は暇だ。ここで小陰と一緒に帰る。これで俺らは仲直り、陽太も月野もハッピー。よしよし、完璧な日程だ。




 というわけで、俺は小陰をいつものところで隠れて待っていた。いつもより10分早く来ている。小陰が今日来るかどうかを、見極めないといけないからだ。

 もちろん、俺だって嫌われたとは思いたくない。しかし、客観的に見てそうなのだ。これは証明、小陰が俺を嫌ったわけではないことの証明。断じて不安だからではない。

 ソワソワしながら待ち続けていると、小陰が角からさりげなくと現れた。よし、とりあえずは来てくれた。ここからが本番だ...

 小陰は辺りを見回して、俺がいないことを確認した。さぁ、その反応はどうなる? 俺が小陰の表情を見てみると...


 悲しさと寂しさの混ざった複雑な顔をしていた。


 ほらほら、俺がいなくて寂しそうじゃん! OKOK、昨日はなんか用事でもあったんだ! 俺が嫌われたわけじゃなかったんだよ!

 俺が内心ですごい喜んでいると、小陰が地べたに座り込んだ。...やっぱり、何か思い悩んでいることがあるのかもしれない。ここは慎重に行かなければ...

 俺は言葉を選ぶつつ、ぼーっと下を向いている小陰に話しかける。小陰は俺を見ると、再び複雑な顔をしだした。今度は、疑いと怒りが混ざったような顔だ。


「よう、どうした? そんな顔して、何か辛いことでもあったなら、この俺に言ってみぃよ!」


 何故俺を見て、怒りと疑いの顔が出るのだろうか。...気になる。何か嘘でも吹き込まれているのだろうか? 昨日のも、もしかしてそれが原因か?

 尽きない疑問も、結局は昨日の件を聞けば解決できるだろう。そこにはあえて言及せず、俺はテンションを上げて小陰に接した。小陰は、きまりが悪そうに目を逸らして...


「...なぁ、お前は最近どうしたのか、教えてくれないか?」


 俺は低い声を出し、決定的な質問を投げかけた。俺の表情が強張り、小陰の表情が一気に曇る。怯えるでもなく、驚くでもなく、小陰は下を向いて黙りこくった。


「・・・」

「・・・」


 こうやって小陰に黙りこくられると、流石の俺も怒りが溜まる。あぁ、叫んでしまいたい。「なんか言えよ!!」って怒鳴りたい。けど... 俺はそんなことはしない。

 にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか...

 心の中で、魔法の呪文を唱え続けて5分。2人の間で、沈黙が続いていた。学校にそろそろ間に合わなくなりそうになり、俺が我慢に負けて出した言葉は...


「ごめん、もういい。ほら、駅行くぞ?」


 まるで何も気にしていないとでも言うような、優しくて暖かく、いつも通りの俺の言葉だった。

 この言葉を聞いて、小陰はさらに下を向いた。その表情は読めなくなり、俺は前を向いて歩き始める。そして、その次の瞬間...


 小陰が、反対方向に走り始めた!




「えっ? おい! どうした!?」


 振り返っても、小陰の足は止まらない。追いかけるかどうか迷っているうちに、そのまま距離が開き続け、やがて小陰は見えなくなった。


「・・・」


 ちくしょう、予想外の出来事が起こって、咄嗟に反応することができなかった!

 俺は自分に恨み言を言いながら、3分ほど何もせずに立ち止まっていた。呆然と、小陰が走っていった方向を見ていた。大きな混乱が頭の中を暴れ回り、フリーズしているのだ。


「あ、あぁ... ばいばーい?」


 弱っちぃ言葉が口からこぼれた。あまりにも場違いな言葉だ。大変だ、急に小陰に逃げられて混乱しすぎて、脳がパニックになっているようだ。

 そのまた1分後、俺はいまいち頭がハッキリと活動しないまま、駅に向かって歩き出した。

 ...俺、どうしたらいいんだろう?




 学校に着いた。独りで学校に来て、寂しいとも感じずに、ただただ「遅刻してしまった」と思う自分がいる。今日の朝の出来事を、しっかりと実感できていないようだ。

 頭が働かないまま教室の前へ。既に1時間目の授業の半分以上が終わっている。俺は今まで遅刻をしたことがないため、途中から入るのには勇気が必要だった。

 恐る恐る、ドアを開ける。みんなが音に反応してこっちを見た時、みんなは驚いた目で俺を見て、俺は少し恥ずかしくなる。...にこやかにこやか笑顔キープ。


「失礼します。少し事情があって、遅刻しました」


 先生には敬語で話す。とりあえず、寝坊とかではないことは伝わった。周りの視線... 月野や陽太が心配そうに俺を見てるが、それらを気にせず堂々とすることが大切だ。


「えーっと... 事情?」


 先生は、その事情というものが何か尋ねた。この学校は、遅刻の理由はしっかりと伝えなければならないと決まっている。さらに言えば、遅刻日には連絡をしないといけない。

 連絡もせずに遅刻して、さらに理由も曖昧な場合、俺は結構怒られる筈だ。ただ、今回ははっきりとした理由がある。これを伝えれば、なんとか許してもらえるだろう。


「その...少し言いにくいことなので、授業が終わったら個別に話します...」


 「小陰が急に逃げ出して唖然とした」とクラスの前で言うのは、小陰のためにも流石にやめといた。俺の普段の行いが良いからか、先生はそれで納得してくれた。

 俺は「ありがとうございます」と感謝をし、自分の席を見る。後ろの小陰もいないため、教室にポッカリと穴が空いていた状態だったらしい。俺はその穴を埋めるように座った。

 ...今日は朝から、違和感の風が止まってくれない。




「どうしたの? 何かあった?」


 1時間目が終わり、先生に事情を全て話した。先生は俺に「...分かりました。遅刻理由は、それっぽく書いておきますね」とだけ言って、職員室に帰ってしまった。

 そして教室に帰ると、早速陽太に問い詰められた。後ろには月野もいる。2人とも俺を心配してくれているらしい。俺はその事象に感謝しつつ、質問に答える。


「あぁ... 簡単に言うと、小陰が走ってどっか行ってしまったんだ」


「・・・は?」


 陽太の表情が、心配そうな顔から怒りに変化する。これ以上続けると陽太がブチギレてしまいそうだが、今は続けるしかない...


「昨日のこと、小陰に聞いたんだよ。そしたらずっと黙り込んじゃったものだから、俺が『とりあえず、駅に行こう』って言ったんだ。そしたら...」


「逃げられたと?」


「お、おう...」


 陽太の圧を感じる。明らかに怒っているようだ。それに対して、月野は心配そうな顔を崩さない。おそらく、俺だけでなく小陰のことも心配しているのだろう。


「へぇ... 言っちゃ悪いけど、俺アイツもう無理かも。絶対に仲良くできない。信じらんない、なんで友達やってたの?」


「ちょっ、陽太! 確かに小陰君も酷いとは思うけど... 少なくとも、光流を責めるのはおかしい!」


 月野が陽太の罵倒を止める。声色から察するに、今回は弁護ができそうになかったが、本当は小陰のこともフォローしたかったのだろう。それは嬉しい、嬉しいが...


「はぁ... 今日はもう、なんか疲れたんだ。それを言われても怒りが湧いてこないし、庇われてもなんも感じない...」


 そう、俺の頭はもうパンクしてしまったのだ。小陰に関わることに対しての感情が、マジで全く湧いてこない。小陰のことが、友達とも他人とも違う、別の何かに感じるのだ。

 月野と陽太が、憐れみと同情の目で俺を見てくる。なんというか...気恥ずかしい。何にも苦しくないのに、憐れみの目線を向けられているから、ものすっごく恥ずい。

 だから俺は、笑って気にしていないフリをする。にこやかにこやか笑顔キープ。こう呟くだけで、俺は笑顔になれる。


「まぁ、とりあえず気にしなくて大丈夫だぜ? これは俺と小陰の問題だし、きっとなんとかなるだろ?」


 俺は楽観的なセリフを吐き、2人から逃げるように、次の授業の準備を始めた。陽太は不機嫌な顔で自分の席で寝始めて、月野は俺と同様に2限の準備を始めた。

 2人とも、俺の言葉には何の返事もしなかった。もちろんそれには俺を傷つける意図はない。むしろ心配してるから、あえて返事をしなかったのだろう。

 しかしそれは、俺の心を抉った。俺は気遣いなどされたくないのに... 残された俺は、まるで全てが空回りする、哀れなピエロのようだった。


 はぁ... 全てがめんどうくさい...




 憂鬱の気持ちのまま午前の授業を終え、班の人たちと適度に話しながら、ご飯をつつく。俺らは全員お弁当で、机をくっつけて4人で食べる。

 小陰が学校に未だに来ていないが、いたところで話さないため、結局はいつも通り3人で話すだけだ。

 3人のメンバーは、俺と陽太の友達と月野の友達。ぶっちゃけ陽太と月野から派生を繰り返していけば、クラスの90%と仲良くなれた。残った10%とも仲良くなって、現在クラス中が、俺の友達だ。


「ってわけでさ、俺はこの映画は傑作だと思う! なんかそういうサイトを持っているなら、絶対見たほうがいい!」


 俺は今、ある映画について熱弁していた。こうやって色んな友達と話してたら、朝の憂鬱な気持ちは薄れてきて、もう呪文がなくてもテンションが上がるくらいには回復した。


「えっ、でもでも、その映画の傑作ポイントはストーリーじゃなくて声優と演出だと思う。あれはすごいじゃん!」


 早々に飯を食い終わった陽太は、(本当はあんま良くないことだけど、) 俺らの班に混ざって話を聞いていた。

 こいつも朝は機嫌がめっちゃ悪かったが、いつのまにか治ってた。やっぱり、人間こういう時が一番幸せだ。朝のようなシリアスな展開は、俺には向いていない。


「ま、とりあえずはその映画を見とけってことよ」


「見たら感想を話し合おうね」


 2人で仲良く映画を宣伝し、昼食は終わった。ちなみに、月野も俺らの気分が良くなっていくにつれて、いつも通りに戻っていった。今はあっちの班でおしゃべり中だ。


 そんなこんなで時間が進み、放課後になった。前述の通り今日は体験がないため、早くのうちに独りで電車に乗って帰る...と思っていたら、

 月野が「ちょっと待って、どっかで遊ぼう?」と言ってきたため、遊ぶことにした。そういや、今日から俺は月野の彼氏だった。色々ありすぎてすっかり忘れてた。


「いやぁ、マジでごめん。今日全くそういう話できなかったわ」


「ま、あんなことがあったわけだし、私はそんなに気にしてないよ? 今から話すわけだし」


 とりあえず、俺らは周りの目に見つからないよう、少し離れた駅に行っていた。俺は定期で交通費がかかんなかったが、月野はかかっているだろう。少し申し訳ない。


「よし、どこに行く? ちなみに、私は10000円持ってきた!」


「マジで遊ぶ気満々じゃねぇか。いや嬉しいけども...」


 10000円って、はりきりすぎだろ... まあ、かくいう俺も、3000円ほど持ってきているんだけれども


「うーん... 無難なのはカフェとかじゃないか?」


「私コーヒー飲めない」


 デートっぽいけど全くデートになってない会話をしながら、俺らは行く場所について考える。急に入ったデートなので、1から計画を練らないといけないのだ。


「いやぁ、彼氏彼女って感じしないなぁ。色々急だったけど、なんかいつもと同じ感はある」


「私もあんまり実感湧いてないから、逆にデートをしてから恋び...彼氏彼女っぽくなっていきましょ?」


 普段から放課後一緒に居て会話してたため、あまり付き合ってる実感が湧いてこない。ただ、やっぱこうしているだけで、月野が可愛いと意識してしまうから不思議である。

 

「やっぱサッカーでも観る? せっかくお金持ってるんだし、なんか映像でも買って...」


「よしそれで行こう!」


 食い気味に言われた。俺らはスマホでライブ映像を購入し、近くの公園のベンチに座り、2人で並んで一緒に観る。

 1つのスマホを2人で見るため、必然的に肩がくっつくことになり、最初は少し恥ずかしかったのだが... もう既に2人とも、そんな場合じゃなくなってた。


「あっ、あっ、どう? 勝てそう?」


「いけるいける、相手の⚪︎番にボールを取られなければ...抜いた! ナイスナイス!!」


 俺らの応援しているチームが、激戦を繰り広げていたのだ。2人とも大興奮! 結果は、応援チームの逆転勝ちで終わった。


「ふぅ... 最初のデート、観てただけで終わったね」


「まぁ、平日の終わりでろくに計画も立てていなかったしな。今度の日曜日、ちゃんと計画を練ってから遊ぼうぜ?」


 さりげなく次のデート予定を作っとく。恋人感は1ミリもなかったけど、友達と遊ぶのと同じイメージで、結構楽しかった。月野も同じ感じなのか、ちゃんと頷いてくれた。


「んじゃ、バイバーイ」


「あっ、その...」


 公園から出て駅に戻り、俺は月野と別れようとしたが... 月野が何かを言いたそうにしていた。言ってもいいのかどうか、迷っているような顔だ。


「どうした? 言いたいことがあるなら、遠慮なく言ってくれていいぞ?」


 俺はここで、紳士の優しさを見せる。やっぱ男っていう生き物は、本能的にカッコつけたがるらしい。

 月野は言う覚悟を決めたらしく、オドオドと申し訳なさそうに話し始める。


「あの... 小陰君の... 件なんだけど...」


 あぁ、その件か。確かに今はそれを話し合いたい気分じゃなかったわ。まあ言わせたのは俺だし、俺が迂闊だったということで話を聞くか。


「光流は、陽太についてどう思う?」


 この前は小陰について話したが、今回は陽太か。確かに陽太も小陰関連のこととなると、一気に性格が過激になる。それについて、どう思うか話して欲しいってことか...


「まぁ、普段はもちろん良い友達だと思うけど... 怒っている時? その時は、ちょっと怖いって思うな〜」


「怖いって、具体的にどう怖いの?」


 怖い... 俺が言った今のセリフは、単純に陽太が圧をかけてきて怖いっていう意味だった。それをそのまま話しても良いんだが、月野が求めているのは、それではないだろう。

 月野が欲しい答えは、陽太と小陰と両方に関する答え。俺としては、陽太が小陰に対して怒りを覚えることは、そこまで悪いことだとは思っていない。小陰の難ありな性格が気に食わない人だって、いるにはいるだろうと思ってた。

 問題は、そういう人が小陰に危害を加えることだ。この前の強制的に待たせたことはまだ良い。あれは小陰を傷つけることではなく、俺を安心させることが目的だった。

 しかし、小陰を傷つけようとする人が出てくると話は別だ。俺はそれを妨害し、本気で怒るだろう。では、もしそういう状態に陽太がなったら? その答えは...


「陽太が小陰に危害を加えようとした時が怖い。その状況が起こった時、どうすればいいか分かんないから怖い」


 そう、その答えは分からなかった。俺は小陰を守るには守るだろうが、どう陽太に接するかは想像もつかない。俺はまだ、何も決めていなかったのだ。


「...そうだよね。私もそう。もしかしたら陽太を責めるかもしれないし、責めないかもしれない。一緒でよかった。どっちにするかを光流に聞くために、こんな質問をしたの。でも、やっぱりこれは、自分で決めなきゃなんだね...」


 真面目な声の調子は変わらない。月野も色々と悩んでいるのだろう。...俺はそんなこと、悩んだことすらなかった。全て全て、なんとかなるだろうと楽観的に見てた。


「ごめんね、こんな変な雰囲気にして。じゃあ、私は帰るから...」


 月野は心から申し訳なさそうに謝り、俺の反対方向に歩いていった。俺は別れの挨拶を言おうと思った。...にこやかにこやか笑顔キープ。

 呪文の効果で身体の硬直が解け、口が動こうと活動を始め、表情筋が上がった。口から言葉が出始めて、高くて大きい声が響き出す。


「んじゃ、バイバーイ!」


 その声を聞いて、月野も「バイバイ」と小声で返してくれた。そして2人の間に残ったものは、奇妙な沈黙と優しい信頼だけになった。


 


 俺はどこか落ち着かない様子で、電車に乗っていた。頭も身体もソワソワし、早くベッドに寝転がりたいと思った。だから俺は、帰宅してすぐにベッドの上に倒れ込んだ。

 目を開けたまま、天井を見ていた。ベッドの上でも眠る気はせず、腹も空いた。俺は夕飯を食べた後、いつも通りに家を過ごして、再びベッドについた。

 ...どうして小陰は走って逃げたのだろう。

 ずっと頭の中では疑問としてあったのに、それでも今まで考えてこなかったことだ。意図的に考えてこなかったのか、それとも本当に思い浮かばなかったのか、俺にはそれすら分からない。

 小陰が逃げた理由は、やっぱり俺から離れたかったからなのだろうか。だとしたら、本当に嫌われてしまったと思う。学校を休んででも、逃げようとしたのだ。

 うーん... 1人で考えてもネガティブな考えが生まれるだけだし、会っても話してくれないし、そもそも会えるかどうか分からない。...もう詰みじゃね?

 

「はぁ」


 俺は溜め息をついた。そして、考えることを放棄して、目を閉じた。俺が眠れたのは、そこから30分後だった。これが短いか長いかは、きっと誰にも分からない。


 そして迎えた翌日の朝。俺の気分は...


「ういぃ! よく寝た〜」


 普通に高かった。もう風呂に入る必要ないくらい、マジで気分がよかった。なんだろう、デートできたからかな? だとしたら、もう月野様様だ。ありがとうございます。


「行ってきまーす!」


 今日も早めに外に出る。待ち合わせ時間の20分前。さぁ、今日はおやつを持ってきた。こっから張り込み調査を開始する。目標は小陰への軽い接触。会話ができればOKだ!


 そして開始から5分。俺がチョコ菓子に手をつけ始めていると、テクテクと歩いている小陰を見つけた。...ん? なんか来るの早くね? 15分前だぞ?

 俺はモグモグを中断し、小陰をこっそり観察する。小陰の表情を見るに、いつもより暗くて落ち込んでいる。

 お? 俺を突き放して落ち込んじゃったか? 大丈夫だ、俺はお前を嫌ってなどいない。絶対に許してやるぞ。早く来て謝罪をしようとするなんて、健気じゃないか。

 こんな感じでテンションは高くなんか偉そうだったが、俺は内心超嬉しかった。よかった... 嫌われてなかったんだ。これが素直な気持ちである。

 小陰が立ち止まったら、1分後ぐらいに俺が現れる。それを予定に俺が飛び出す準備をしていると...

 小陰は一切立ち止まらず、駅の方に行ってしまった。


 ・・・マジっすか。




 朝の妙なテンションのまま駅に移り、小陰より一本後の電車に乗る。そして考えられることはやっぱり...


「うーん...多分これ嫌われたな」


 ようやく納得がついた。今までは認めたくなかったが、今回は流石に確信犯だ。嫌われた以外の理由があるのなら、逆に言ってみろって感じだ。

 俺は結構落ち込んでいた。そこには色々な感情がひしめき、俺自身もどう思っているのか分からなかった。けど、1つだけ分かることがあった。

 俺は小陰に対して、悲しみも怒りも湧いていない。小陰に嫌われたと知って生まれた感情は、混乱と困惑と驚きと。そんな感情ばっかりだ。

 どうして悲しみが湧いてこないのか? どうしてこんなに落ち着いているのか? 小陰への悲しみがないのに、どうして落ち込んでいるのだろうか? そんな疑問が頭をよぎる。


 それらを考えていたら、あっという間に学校の駅に着いた。2日連続で独り登校... 最近独りでいることが増えた気がする。もう寂しいとも思わなくなってきた。

 俺は電車を降り、いつも通り教室に歩いて移動する。俺が教室のドアを開けると...


「あぁ! 光流いた!」


 陽太が俺を指差して叫んだ。これまたご大層な歓迎である。陽太が俺に、何かを問い詰めるように近づいてきた。まぁ、何を言うかの予想はついてる...


「なんで小陰が先に来てんの!?」


 うん。知ってた。陽太の大きい声が、教室中に響く。もう小陰に隠す気すらないじゃねぇか。

 周りのみんなもそろそろ事を知ってきたらしく、あまり驚く様子はない。興味深そうにこちらを見てくる人が殆どだ。


「いや... なんか先に行かれてて...」


「あぁ、やっぱりそうだ! もう分かっただろ!? もうアイツは光流を嫌ってるって!」


 椅子に座って俯いていた小陰が、それを聞いてさらに下を向く。しかし陽太はそれを気にもとめず、俺の説得を続ける。...どうしよう、俺ももう嫌われてるのは理解しているが、ここで話すのは勇気がいる...


「ま、まぁ。一旦廊下に出よう。そっちで全部話すから、一旦待っててくれ」


 俺は一旦場所を変えようとした。ヒートアップした陽太は、一瞬「何を言っているんだ?」みたいな顔をしたが、周りを見渡すと落ち着きを取り戻したらしい。

 みんなの視線... 小陰の視線さえもこっちを向いていたことに気づき、羞恥で顔を赤くしている。


「えっ、あ... ごめん、全く周りを見てなかった。そうだね。とりあえず外で話そう...」


 陽太はそうやって申し訳なさそうに納得した。クソ...こういうところで良い奴だから、責めるに責められない。

 俺らが廊下に出ようとしても、大体の人が教室に留まった。ついてきたのは、面白半分で見に来た陽太の友達の悪ガキと、心配そうな顔をする月野だけである。


「えーっと... とりあえず、今日のことを教えて」


 人目のつかないところに行くと、陽太は口を開いた。さっき注目を浴びたせいか、言い方は柔らかくなっている。


「あぁ、分かった。俺と小陰はいつも待ち合わせしてるじゃん?」


 これは陽太も承知の事実である。しかし、俺がいっつも先回りしていることは、まだ誰にも話していない。それを話してもいいんだが...


「俺が待ち合わせ場所に行くと、小陰が先にもう進んでいたのが見えたんだ」


 俺は嘘をついた。先回りしていることを話すと、ストーカーみたいに思われて嫌だったからだ。しかし、それが嘘だってことには全く気づかず、陽太は質問を続ける。


「それ以外はなんかあった?」


 やや圧が戻りかけている。本当に何も言わずに先に行かれたことを知って、静かに怒っているらしい。周りの観客も、そんな陽太を見てビビっていた。


「いや、ない。本当になんも言われなかった。俺も嫌われたってことは ...流石に理解した」


 俺は陽太が疑問に思ってることに全て答えた。最後のセリフを言った時、陽太は圧を未だに出しつつも、俺を同情の視線で見つめた。月野も陽太の友達も、見てみると陽太と同じ目をしている。


「そう… 光流は休んでてくれ。俺が小陰を問い詰める。全て終わったら、ちゃんと報告するから... 一旦待ってて」


 優しくてシリアスな声をだし、陽太は俺に背を向けた。そしてそのまま走り出し... 俺が返事をできないうちに、教室に戻ってしまった。


「あっ... 行っちゃったな」


 俺は残った他の人たちに話しかける。みんなが呆然と陽太を見守る中、月野はある懸念を抱いていた。

 俺らも教室に戻ろうと歩き出し、そのタイミングで月野も隣に並んだ。彼女はその懸念を俺にだけ小声で話そうとして... 俺はそれを聞くのを避けた。

 このままだと、何か取り返しのつかないことが起きる。そんな気がしながらも、俺は考えるのをやめた。俺は重い嫌な空気は、もう作りたくなかった。無言で天井を見つめて歩く俺を、月野はどう思ったのだろうか?




 -4章- 暴力と温和の二面性


 何週間が経った。今はもう小陰と殆ど話していない。朝の待ち合わせも、いつのまにかなくなった。それでも1日に1〜2回は話しているが、いつも無視される。

 しかし、小陰との日々はそんなでも、今の俺の高校生活は華色だった。現在は学年全員に好かれている自信がある。

 そして、サッカー部の活動である。俺と陽太は正式な部員となり、レギュラーに入って大会などもやった。陽太はキツい練習でゼーハーしてるが、それでも楽しそうだ。

 最近は小陰関連で怒ることも少なく、なんとなく肌色もよく見える。元の顔と性格にサッカーが合わさって、今となっては学校一モテる男だ。

 次に、月野との付き合いである。やっぱり彼氏彼女感はないが、それでも合計で5回ぐらいはデートをした。小陰を心配して表情が曇ってた月野だが、最近は笑顔も増えた。

 一番印象に残ったデートは、サッカーの大会見に行ったら俺を置いて推しのところまで走っていった時だ。まぁ俺も推しのところに行ってたから、人のこと言えないんだけど。

 まあそんなこんなで、小陰を除けば全てが上手くいっている状況だ。っていうか、小陰も念願の完全独りが達成しているから、そんな問題ではないと思う。


「はぁ、アッツい... 夏休みまでの辛抱だ...」


 夏休みまで残り1週間の昼休み、俺は暑さに項垂れていた。


「まあ仕方ないよ... 授業中はマシだよ。練習が始まったら俺死んじゃう...」


 陽太が机の上で溶けそうになりながら言う。陽太はマジで熱中症とかになりそうだから不安だ。


「おーい、そこの2人。水でもかけてあげようか〜?」


 水筒を持って月野が現れた。男子2人と違い、彼女はなんとなく余裕そうだ。流石マネージャーというべきか、水を持ってくるタイミングがバッチリである。

 月野が俺の頭に水がかかるギリギリを攻めているうちに、俺は水筒を奪って陽太に水をぶっかけた。


「うわぁ! 冷た!! 本気でかけなくてよかったのに!」


「ちょっ、今のは私じゃない! 勝手に水筒を奪い取らないで!」


 冤罪をかけられた月野が叫ぶ。やっぱり暑くて気分が下がる時は、何か面白いものを見るに限るな。


「おい、今光流笑った? 俺に氷水かけて笑わなかった?」


「ははっ、ごめん。氷水だとは思わなかったわw」


「反省すべき点そこじゃない!」


 散々陽太をおちょくって笑っていると、俺の前に立っていた月野が急に笑いを止めた。後ろを振り返ってみたところ、小陰がなにやら起きてしまったらしい。


「ちょっとだけ静かにしよっか」


 月野がそういうと、案の定と言うべきか、陽太が不満を垂れた。


「別に大丈夫だよ〜。今昼休みなんだし、うるさくしてもなんの問題もないはずだもん」


 怒りはしないとさっき言ったが、普通に嫌ってはいるようだ。全く罪悪感を感じていない陽太に、月野と俺は呆れるだけである。特に悪い雰囲気にはならない。


「夏休み〜。部活〜。クーラーが効いた教室でやりたい〜」


 陽太が弱々しい声で歌い出す。教室でサッカーというのは意味分かんないが、俺も夏休み外で練習は暑いと思う。


「氷水は必須だねぇ。光流にもかけてあげようか?」


「頭からかけてあげて」


「了解」


 陽太がさっきの仕返しをしてきた。俺は暑かったから素直に頭を差し出し、月野から氷水をかけてもらった。いや、思ったより冷たいなこれ! 差し出すんじゃなかった!


「ほら、俺の気持ち分かったでしょ〜?」


「へいへい分かりましたよ。...これ本当に冷たいな」


「氷の方が量多かったからね。今は半分ぐらい溶けちゃったけど」


 俺らが平和な会話を続けていると、小陰は再び机に顔をつけた。一瞬俺らを睨んだ気がしたが、別に俺らが悪いわけじゃないから無視しよう...

 そんなこんなで昼休みを過ごし、俺らは各々の机に戻った。事態が重くなったのは、これから3日後である。




 今日は夏休み2日前。今学期の学校の授業は全て終了し、俺らは学活をしていた。学活といっても、要はただのクラス会みたいなもんである。

 クラス会では希望者が趣味を発表し、俺と陽太はリフティングを見せることになっている。目標は100回だ。

 もちろん俺はこういう雰囲気は好きなわけだが... こちらももちろんと言うべきか、小陰は端っこでチョコっと座っていた。興味ない、とでも言いたげな顔だ。


「なぁ、小陰。お前もそんなところじゃなくて、もっと前に出たらいいじゃないか。せっかくの俺のプレイを見逃しちゃうぜ?」


 俺は小陰に話しかけた。あからさまに小陰は嫌な顔をし、目を逸らしたままいつも通りのシカトに持ち込んだ。

 最近はこれに怒りを感じることもなくなった。ただ、それでも疲れの感情は出てきて... 俺はにこやかにこやか笑顔キープと唱える。これで俺は、笑って誤魔化せるのだ。


「ま、本当にすごいリフティングしてやるから、しっかり見てるんだぞ? 近づきたくなったら、全然近づいてきていいからな」


 俺は優しく声をかけ、小陰の隣に座る。別に話しかけたりはしない。ただ座っているだけだ。

 俺は拍手やら応援やらしながら、みんなの発表を見ていた。小陰はその間も興味を示すことはなく、ずっと下を向いて床をいじっていた。

 やがて、俺の番になった。俺は小陰の方をみてアイサインを送る。返事は返って来なかったが、俺はサッカーボールを持って立ち上がった。


「よし、次は俺らの番だな! んじゃ、俺のリフティングを見てもらいましょう!」


 みんなが俺に拍手をして、陽太も「あ、そっか。次俺の番じゃん」と言って立ち上がった。2人がサッカーボールを両手で持って、「セーノッ!」と合図をする。


「あ、待って。俺失敗しそう、ここ狭い」


「おいおい頑張れよ。100回だぞ100回」


 弱気な陽太の声を聞きながら、なんだかんだで50回成功させた。みんなのカウントに合わせてタイミングよくボールを蹴らないといけないから、地味に結構難しい。しかし...


「ここで技見せまーす!」


 俺はあくまで余裕そうに、足を一回転させてからボールを蹴り上げる。月野が「お〜」と感嘆してくれているが、実は昨日めっちゃ練習したなんて言えない...


「待って、俺そういうのない! 俺普通に蹴る以外の方法知らない!」


「まあ主役は俺ってことだな。はい、60回!」


 陽太が恨めしそうに俺を見てくるが、そういうプランなので仕方がない。俺は基本的にカッコつけたがりなのだ。


「えー... 俺もやってみる。70!」


 陽太がカウントと共に俺と同じことをする。...マジかよ、成功させやがった。昨日俺1時間練習してたのに。


「ちょっ、100でなんかやろう! なんか、なんか意見プリーズ!」


 まさかの陽太が俺の株を奪って行ったため、急遽違うプランを考える。そこで月野が手を挙げて、期待の目をして叫んだ。


「2人でボール連続入れ替え!」


「いやムッズ! 連続はパナイって!」


「えっ、やるの? おい、光流!?」


「しゃーない、90からスタートで!」


 ノリでやることになった。みんなの90!という掛け声とともにボールを高く蹴り、上手く交差して受け取ったボールを蹴り繋いだ。

 そのままなんとか何回か成功していたが、98回目で陽太の体勢が崩れた。なんとかそのボールは受け取ったが、2つのボールは交差せずにぶつかり...

 跳ね返ったボールを100で蹴ると、すっごい高くまで飛んでった。そしてそのままボールは運動を続け... 下を向いていた小陰の頭に、綺麗にクリーンフィットを決めた!


「やった100回!!」


 陽太の場違いな喜びが響いた。みんなはそれを聞いて喜ぶべきか否かで悩み、教室中が静寂に包まれた。

 ・・・どうしよう、最悪なタイミングでやっちゃった! めっちゃ綺麗にぶつかった! とりあえず謝らなきゃ!


「え、えーっと... ごめん、大丈夫? 小陰?」


 小陰は俺を恨めしそうに睨み、黙り込んでしまった。


「あ、あー... その、わざとじゃなくて...」


 俺がしどろもどろしていると、陽太がクラスのみんなに笑って話しかけた。


「よし、じゃ、ありがとうございました〜」


 いつもの気の抜ける声で発表を終わらせ、特に拍手をもらうことはできないまま、個人発表は終わってしまった...




「ごめんね、なんか無茶振りさせちゃって。私のせいで、少し変な空気になっちゃった...」


 学活が終わり、放課後になった。今日の放課後は先生達がいない。夏休み前にパーティーやらなんやら知らんが、どっかに行っているようだ。

 そのため、俺ら生徒で教室の片付けはしないといけなかった。俺は月野とその他諸々とボランティアとして片付けをしていたんだが... 月野が急に謝ってきた。

 さっき俺らに高レベル技を課した月野は、自分のせいで小陰にボールが当たってしまったと罪悪感を持っているようだ。

 もちろんあんなのは誰にも予想できなかったため、月野を責める人はいない。しかし、本人は納得できていないらしい。今は小陰が何故か帰っていないし、謝りにでも行くか。


「まあ大丈夫だよ。今から小陰に謝りに行こうと思ってんだが、月野も来るか?」


「あ、んじゃ行かせてもらおうかな。私も...」


「行く必要なんてないよ」


 月野が納得しようとした時、俺の後ろから陽太が現れた。今日も怒っている感じはしないが、いつもより何か圧を感じる... 小陰がライン越えちゃったかぁ。

 

「...なんか最近、光流ってよく笑うようになったよな。昔の分かりやすい作り笑いが、上手くなったっていうか...」


 陽太は皮肉気味に、そんなことを言い出した。作り笑いをしている自覚なんて、全くといっても無いんだが...


「俺は、作り笑いが上手くなるって... そういうのは、あんま良くないことだと思う」


 陽太は真面目な声で、それでも俺を諭すように優しく言った。月野は何もいいかえせないのか、下を向いて俯いている。

 ...わからない。陽太と月野が言いたいことが、何1つ理解できない。けど、心配してくれるのは分かるから、俺は別に悲しくない。だから俺は、話を聞き続けた。


「小陰は、光流のことが嫌いだよ... どうして、そんなにも構うんだ?」


 陽太は悲しそうに言った。俺にこれを言うのが、悪いと思っているらしい。しかし、これに関しては、俺は明確な答えを持っている。絶対に揺るがないたった一つの答えだ。


「俺は、小陰の幼馴染だもの。アイツにたとえ嫌われたって、俺はアイツを守り...た...い?」


 俺は違和感を覚えた。何かがおかしい、何かが間違っている。いつも言っていることなのに、いつもと俺の思いは変わっていないのに、何か前提から間違っているような...


「...光流がそう思うなら、別にそれは良いと思う。でも...」


 陽太は、俺に同情するように、俺を説得するように、力強く悲しそうな声で続けた。


「今日は、小陰と話すのはやめといた方がいい」


 俺は無意識に月野の方を見た。彼女も元々話に行く予定だったのだ。彼女の反応を見て決めよう...


「・・・」


 何も言わずに、俺に全てを委ねるとでも言うような目で俺を見ていた。

 陽太だって、心配で俺にそう言ったんだ。別に、今日じゃなくたっていい。時間はいくらでもある。だから俺は、陽太の意見を受け入れた。


「分かった、今日はおとなしく帰るよ」


 月野は俺のそばに近寄り、肯定と信頼を示すように頷いた。それを見た陽太は安堵の息をつき、覚悟を決めたような目で俺を見た。


「ありがとう」


 陽太の感謝が小さく聞こえた。そして、いつのまにか廊下に居た小陰が、怯えるようにこっちを見た。俺が微笑みかけると、小陰は教室に入って行った...




「はぁ... なんか気分下がるな〜。部活しよ部活!」


 俺と月野は先に部活に行くことになった。夏休み2日前でも、普通に部活があるのがサッカー部だ。最近は基礎練だけでなく、夏の大会に向けての実践練習も増えてきた。

 実践練習はチームを11:11に分け、模擬的な試合をすることだ。俺と陽太はもちろん同じチームなんだが...


「先生、陽太が今いません〜。さっきまでいたんで、もう少しで来ると思いま〜す」


 陽太は今日いなかった。どうしよう、アイツは攻撃に強く関わってくるから、結構不可欠な存在なんだが...


「なんだと!? 最近死にかけてたから、ついに逃げ出したかぁ? …いや、アイツは根性だけはあるから、流石に逃げたりはしないか。仕方ない、10:11でやろう!」


 顧問の先生が言う通り、別に逃げ出したわけではないだろう。多分どっかで寝ている... 客観的に見たら、逃げ出した以外の何者でもないじゃねぇか。

 俺は陽太に「早く起きろ〜! 怒られるぞ〜!」と念じていたが、ずっと来ないまま実践練習が始まってしまった。


「ちょっ、あぁ! ディフェンスが固い!!」


 陽太じゃなくたって、フォワードが欠けるのは相当キツい。俺らチームは1ゲームでなんとか1点入れたものの、4点差という大敗北をきっした。

 そんな感じの理不尽勝負が3回も行われ、このクソ暑い中ようやく部活が終わった。結局最後まで、陽太は部活に来なかった。


「いやぁ、おつかれ。惨敗だったね〜」


 月野が水筒を持って現れた。サラリと酷いことを言われてるが、水を持ってきてくれたことは嬉しい。


「なぁ、結局陽太に連絡ついた〜?」


「いや、つかなかった。多分電池切れだね。もしくは電源が切られているか...」


 月野に何回か電話をしてもらったが、全て返答はなかったらしい。...アイツ、本当にどこ行ったんだろう?

 もう午後の5:30を過ぎている。これから陽太を探すのは不可能だ。もちろん、月野とずっと話していることもできない。さっさと家に帰らなければいけないのだ。


「んじゃ、バイバーイ」

「バイバーイ」


 2人で別れの挨拶を済ませた後、独り電車で帰宅する。もう既に違和感すら感じなくなり、小陰のことはもう考えすらしなかった。今頭をよぎるのは、陽太のことだけで......




 <陽太目線>


 光流との話を終えて、俺は教室に戻った。光流や月野が小陰のことを諦めてくれてよかった... だって今から行うのは、優しい彼らじゃ絶対に認めない、()()()なんだもの。


 俺が高校生になって、一番最初にできた友達は光流だった。彼はいわゆる陽キャというやつで、俺にも初日からフレンドリーに接してきてくれた。同じサッカー部員だ。

 しかし、彼は傍らにいつも小陰という人を連れていた。彼はいつ見てもオドオドしてて、それどころか光流にさえも笑顔を見せない。俺はアイツが嫌いだ。

 笑顔といえば、光流は基本的に笑顔だ。仲良く喋ってる時だけでなく、悲しい時にも作り笑いをしていた。

 作り笑いというのは、健気なコミュニケーションの1つであり、そして可哀想なものだ。本当は悲しいのに、相手が心配しないよう笑う、そんなのは許されることではない。

 光流が小陰に嫌われたと自覚した時、光流は笑っていた。作り笑いが多すぎて、本当に笑っていたのだと勘違いするぐらい、作り笑いが上手になっていた。

 俺は光流が許せなかった。あんなに光流に気を使われていたのに、何も言わずにシカトするとか... コミュ障とか以前の問題だ。性格が捻くれている。


「光流は休んでてくれ。俺が小陰を問い詰める。全て終わったら、ちゃんと報告するから... 一旦待ってて」


 俺はこの時から、小陰を友達と尋問するようになった。

 尋問というのは、男子みんなで小陰を囲み、小陰の真意を聞き続けるというものである。小陰はそれだけでも怯えるため、効果は適面だった。

 最初の尋問は、一番頭に残っている。なにせ小陰は、俺らの期待を完全に裏切ったのだから。


「おい、小陰。放課後、お前に来て欲しいところがあるんだ。行けるだろ?」


 光流と月野はちょくちょくデートに行っていた。羨ましいとは思わない。光流は優しいしカッコいいし、当然の結果だろう。そして、そのおかげで尋問はバレなかった。


「えっ...」


 何も返事を返そうとしない態度がムカついた。俺は「体育倉庫に来い」とだけ伝え、小陰を視界から遠ざけた。現在は暑すぎて外で体育をしないため、体育倉庫に人は来ない。


「あっ... あの...」


 体育倉庫で10人ほどで待ち続けていると、ようやく小陰がきた。小陰は怯えて中に入ろうとしなかったため、無理矢理俺が腕を引っ張った。


「先に言う。俺はお前が嫌いだ。できるだけ会話もしたくない。さっさと話さないと... 俺はサッカー部なんだ。蹴りの威力だけは相当高いんだ」


 俺はオドオドとしている小陰に苛立ちが隠せず、その勢いで強く脅す。小陰の顔が青くなり、友達もそれを見て躍起になった。


「光流を最近避けてるよね? その理由を話せ」


 俺は端的に目的を告げた。これさえ聞ければ、もう尋問は終わりにしようと思ってた。たとえ小陰が何と言おうと、正直に話せば許す気ではいた。


「あっ... だって、僕は光流を、信じない... から...」


 既に泣き出しそうな顔で、小陰は理由を話した。しかし、これだけではまだ詳しく理解できない。


「どうして信じないんだよ。なんか嘘でもつかれたか?」


 俺はさらに問い詰めた。これでもし光流が嘘をついたと言われたら、俺はどうすればいいんだろう... そんなネガティブな考えが浮かんだが、それは杞憂に終わった。


「...話せない」


「は?」


「...話したくない」


 俺は小陰の横腹を蹴飛ばした。小陰は体勢は崩し、泣き出しながら横腹を押さえた。


「俺言ったよね? お前、ふざけてたらどうなっても知らないよ?」


 ここまで来たら意地だった。なんとしてでも、小陰から情報を手に入れてやる。そのためなら俺は、傷がつかない程度の暴力なら遠慮なく使った。

 やがて部活が終わるくらいの時間になり、その時には友達も暴力を振るうようになっていた。今までの小陰は息を切らしながらも耐えていたが、ちょうど倒れ込んでしまった。

 俺らは小陰を放置して、学校を出た。この学校はろくに見回りもしないし、閉門も相当遅い。万が一にも小陰が見つかる可能性はなかった。


 その次の日も殴り、その次の週も殴り、その次の月も殴り続けた。俺の溜まっていたストレスも発散し、部活に集中できるようになったと思う。

 小陰は俺を見ると逃げるようになり、それでも俺が近づくと動くのをやめ、俺が放課後来るように言うと、絶望したような顔をして頷くのだ。

 そして今日、小陰が学活の時間中に、ずっと端の方でウジウジしていた。それに加え、ボールが当たっただけなのに被害者づらして空気を悪くした。

 せっかくの楽しい時間が台無しになり、俺は密かにイラついていた。けど、今日は部活がある... 明日にでもぶん殴ろうと思い、俺は一旦見逃そうとした。

 しかし、光流を見て気が変わった。光流は未だなお、小陰を信じようとしているのだ。月野も光流と一緒の立場だった。俺は2人の呪いを断ち切らないといけないと思った。

 俺はなんとか2人の説得に成功し、先に部活に行っててもらった。俺は部活を休んででも、やらないといけないことがある... 俺は小陰を教室に呼び出した。


「な、なに...?」


 いつもと違い、小陰は体育倉庫ではなく教室に呼び出されたことに戸惑っていた。襲いかかるのは未知なる恐怖、何をされるのかという不安だった。


「お前、今日の悪かったところは分かってる?」


 俺は小陰に尋ねた。教室で呼び出した理由なんて、大したことではない。今日は先生たちが夏休み前の用事で全員いないから、バレないと思っただけだ。


「.........」


 小陰は黙って俯いた。俺はサッカーボールを手に持って、苛立ちに任せて思いっきり蹴り飛ばした!


「カハッ」


 みぞうちにボールは入り込んだ。小陰は息を吸えなくなり、そのまま床に倒れ込む。しかし、まだ意識はあるようだ。必死に顔をあげようとしていたため...


「おい、立て」


 俺は小陰の髪を引っ張り、無理矢理立たせた。


「ねぇ、なんか言ったらどうなの?」


 そう問い詰めても、結局返事は返ってこない。クソっ、とことん人をイラつかせる奴だ... めんどうくさくなった俺は、もう決定打となる質問をすることにした。


「今日、光流がお前を幼馴染だから守りたいって言ってたぞ? なぁ、どうしてお前は光流を信じないんだ?」


「・・・」


 やっぱり無言が返ってきた。しかし、その表情はいつもの怯えの表情とは違い、何かを知って絶望したような表情... 俺はその正体が気になり、再び質問した。


「おい、今お前は何を思った? 何か考えたことがあるなら話せ、さもないともう一回ボールを蹴り飛ばすよ」


 俺は脅しにかかる。しかし、小陰はその絶望の表情を崩さないまま、無言を貫いた。


「いい加減なんか話せよ!」


 俺は小陰をドアに投げ飛ばした。小陰の後頭部がドアに激突し、鈍い音が鳴る。俺が一瞬「やりすぎたか?」と心配していると...


 小陰は急に走って、ドアの外から逃げ出した!




 <光流目線>


 翌日、朝のHR。気になることが幾つかあって...


 まず一つ目、月野が男子に囲まれて、みんなでグデッとしている。一番最初から意味不明だが、一旦こいつは飛ばそう。

 次に二つ目、小陰がいない。まぁ、これは別に寝不足かなんかで俺より遅いだけかもしれん。とりまパスしよう。


「おい、大丈夫か寺山? すっごい顔色悪いぞ?」


 そして三つ目、陽太の友達の顔色がなんか悪い。本人の陽太はいつも通りまだいないが... 絶対うちの陽太がなんかやらかしたな。今のうちに謝っとこう。


「ごめんな。うちの陽太が迷惑をかけてしまって...」


「いやお前は陽太の母親か! そうじゃない、陽太のせいでは... 陽太のせいではあるけど、悪いのは陽太じゃない」


「・・・?」


 あんまよく分かんなかった。まぁ、陽太のせいじゃないなら良いんだが... あ、ちょうど良いところに陽太が来た。


「おーい! 陽太... お前も顔色悪いな! 何があった!?」


 周りと比べ物にならないくらい、陽太の顔色が悪かった。青いを通り越して、もはや紫色だ。昨日部活に出てないことと、なんか関連でもあるのだろうか。

 俺の質問に答えようと、陽太が口を開いた。恐る恐るっていった感じだ。何かやらかしたのは本当っぽい。まあ、とりあえず話を聞いてやろうと思い...


「昨日から、小陰が家に帰っていないらしいです...」


「・・・は!??」




 -5章- 偽りの日常


「おい、小陰がいないってどういうことだ!?」


「えーっと、詳しいことは分からないんだけど、お母さんがそう言ってて...」


 目を逸らしながら陽太が話す。...絶対嘘だ、何かこいつが関わってる。その証拠に、先程グデっとしていた月野が急に飛び起きて、救いを求めるような目で俺を見ている。

 絶対昨日の部活中に、友達と一緒になんかしていたんだ。で、俺より早く来てそれを知った月野が、どうすればいいか迷っているのだろう。

 チッ、詳しい事情は後で把握する。とりあえず、今は小陰の捜索が最初だ。俺は月野に「探してくる」と伝え、教室を飛び出す。


 昨日は先生達はどっか行ってたから、学校の見回りもさらに適当だっただろう。もしかしたら、まだ学校内に残っている可能性もあるかもしれん。

 もし誰にも見つからない場所があるとしたら... そして、辛いことがあった時に行きたい場所といえば...


「屋上!」


 俺は階段を登り続け、立ち入り禁止の看板も無視し、屋上のドアに手をかけた。そして、そのドアを開けると...


「ッ! ......」


 小陰が、驚きの表情で俺を見ていた。




 俺は屋上を見渡す。小陰のほかには何にもない。小陰は床の端っこに足をかけて座っていた。柵も設置していないから、少しでも前に出たら落ちてしまいそうだ。


「へぇ、ここにいたんだ。鍵もないなんて、この高校のセキュリティーは大丈夫なのか?」


 俺はあえて、普段通りに話しかけた。いつもはここで無視されるが、小陰は返事を返してくれた。何か悟りを開いたよいな、透き通っていて聴き心地がいい声だった。


「...僕が職員室に行って、鍵を盗んできた」


 さらっととんでもないことを言っている。バレたらものすごい怒られるだろう。けど、それを小陰が恐れない理由を、俺は知っていた。


「...死にたいのか?」


 俺は単刀直入に言った。だって、そうだろう。そうでなければ、どうしてリスクを背負ってまで、屋上なんかに行く必要がある。


「.........」


 小陰はしばらく黙り込んでいた。幼馴染が死ぬかもしれないのに、俺の心は波一つ立てず、ひどく落ち着いている。そんな自分に困惑する俺を見て、小陰は微笑みながら言った。


「ねぇ。僕の話、少し聞いてもらってもいいかな? 1時間目の授業、遅刻しちゃうかもしれないけど」


 小陰が自分から話をするのは、何年ぶりだろうか。俺は普通なら両手を上げて喜ぶだろう。しかし、それが自殺の直前というのが、なんとも皮肉であった。

 小陰は、俺がずっと黙って聞いている中、独り話を続けていた。


「僕は小学校の途中までは、結構話すタイプの人間だったんだ。普通の子供と同じように、みんなと放課後ゲームしたりして、ずっと幸せだったんだ」


 嘘ではない。小陰は昔はそうだった。俺もよく知っている、なんどか一緒に寝泊まりだってしたことあるのだ。彼の目には、確かな懐古の気持ちがある。


「けど、僕のおじいちゃん... 祖父が、病気で亡くなっちゃった。70歳、どうなんだろう、結構若いのかな?」


 シリアスな話をしているというのに、小陰はスラスラと流れるように話し続けた。まるで天使のようなその姿は、俺には輝いて見えた。


「僕のおじいちゃん、覚えてる? 結構おもしろい人で、聞いたこともない遊びを、いっぱい知っている人だった。僕の家に遊びに来た人は、それで僕と遊んでいることだってあったの」


 小陰のおじいちゃんは、元々地方の田舎に暮らしていたらしい。俺も何個か聞いたことがあるが、全てが初めて聞くやつで、そして楽しい遊びだった。


「おじいちゃんが死んで、僕は学校を休んだ。最初は、本当に落ち込んでいただけなの。けど...」


 この時の1週間、何があったか覚えている人は、何人いるだろうか? 少なくとも、俺は...


「僕が休んでいる時に、お前が学校中にデマを流した! 僕の母親が生命保険をかけて殺した!? ふざけてるんじゃねえよ!」


 腹から本気で咆哮するかのような声が響いた。けど、ここは屋上。相当高いところにあるし、防音性も高いから、誰かに聴こえることはないだろう。


「お前は学校でただ目立ちたいがために! 話題を作りたいがために! 僕と僕の家族を侮辱した! 僕はお前を許さない!」


 少なくとも、俺は忘れたかった。思い出すのが嫌だった。だって、これを聞くと...


「俺がクズみたいに聞こえるじゃん。言いがかりはよしてくれよ」


「...やっぱり、お前は変わっていない。最初は、僕に罪悪感を持っているんだと思ってた! 僕だって許したくはなかったけど... 許せると思ってたんだよ!」


 小陰の声が荒くなる。普段慣れていない声を出したせいで、喉が枯れて息がきれている。しかし、そんな状態でもなお、小陰は声を振り絞る。


「お前は、僕を使って自分を優しく見せていた! 幼馴染なんていう便利な理由を使って、自分を良い奴に見せようとした!! なんか言ったらどうだよ!!?」


 俺の中の積み重ね続けた違和感が、ようやく解けた気がした。俺は小陰の言う通り、小陰を友達だと思っていなかったんだ。


「ははっ、ありがとう。俺もようやく自分の心に整理がついたよ。あぁ、そういうことだったのか!」


 小陰はその言葉を聞いて、呆然と目を開きフリーズした。そして、俺の首を掴もうとして...


「お前みたいな冴えねぇやつが、俺に勝てると思ってんじゃねぇよ!」


 俺に顔面を蹴られる。仮にもサッカー部の蹴り。小陰の顔は赤く腫れ、小陰は床にうずくまった。そして恨めしげに俺を見て、吐き捨てるように言った。


「はぁ、いつもみたいに笑顔にはなんねぇのかよ。僕に事実を突きつけられて、そんなにムカつくかよ!」


 ムカつく? この俺がムカつく? 何言ってんだ、俺がそんな野蛮なこと、するわけがないじゃないか。ほら、魔法の呪文を唱えれば...

 にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ。にこやかにこやか笑顔キープ・・・


「どうした? 急に焦りだして、もしや本当に本性を隠せなくなったかよ?」


「......うるせぇ!」


 俺は床に転がる小陰に、もう一発蹴りを入れた。


「はぁ、この俺が怒ってる? なわけねぇだろ!? 身の程を弁えてから言えよ!」


「ふふっ、良い気分だ。僕はこのまま勝ち逃げさせてもらう...」


 小陰が「ざまぁ」と言いながら、弱々しく端へと這いずり始める。こいつ、きっと自殺する気だ!

 俺は止める必要など本当はないはずなのに、本能的にそれを阻止した。小陰の頭を蹴り上げ、小陰は動かなくなる。...そのはずだった。


「ウグっ、おえっ、ふぅ、ッグっ...」


 小陰は嗚咽し、嘔吐物を撒き散らしながら動き続けた。嘔吐物の上を顔面から這いずる姿は、気持ち悪いとしか言いようがない。俺はその汚さから、蹴りすら躊躇われた。

 そしてそのまま、小陰は顔だけ屋上から出して...


「なんだよ、やっぱり怖いかよ度胸なし」


 そのままピクピクと震えていた。俺は小陰の表情すら拝まないまま、小陰の背中に右足を乗せた。そのまま足を背中に蹴り付け、小陰は嘔吐物を上空からこぼす。

 そして、弱々しい声で発した最後の言葉は...


「僕、まだ死にたくない...」


 俺はそれを聞き、右足を退けた。


「僕、まだ月野さんに感謝を言えていない。彼女だけは、いつも僕のことを考えていてくれた...」


 小陰は仰向けに寝返った。顔はもうぐちゃぐちゃになっていて、身体のあらゆるところが傷だらけだ。よく見ると、今の俺の攻撃以外にも傷がある...


「陽太は僕が嫌いだった... 元々良い人のはずなのに、僕だけは好かれることができなかった...」


 もしかしたら、陽太が顔色を悪くしていた理由はこれかもしれん。小陰は普段から、虐められていたのだ。


「お前だって、僕以外には優しかった... 小学校でも今でも、お前は僕だけに嫌な思いをさせる!」


 小陰を傷つけたつもりなんて俺にはない。だってそれは、俺にとっての必要犠牲だったんだもの...


「どうしていつも僕だけが... 神様...」


 俺は右足を後ろに引いて、小陰の足を前に蹴飛ばした。


「許してください... 僕が悪かったです...」


 小陰は情けない弱音とともに、転落した。肉塊が潰れる音と悲鳴が聞こえ、俺は屋上に鍵を置き、ドアを開いた。

 幸い嘔吐物以外のものは散らばっていない。俺の靴にも嘔吐物はついていない。俺がここにいたという証拠は、一切残っていなかった。


「にこやかにこやか笑顔キープ」


 俺は自分の表情筋を触ってみた。

 なんだ、やっぱり笑えてるじゃん。




 <月野視点>


 私は、現在高校2年生。学校で一番の人気者と付き合って、華の高校生活を楽しんでいるところ。


「あーあ、いいなぁツッキーは。私もああいうカッコいい彼氏が欲しいなぁ!」


 この子は私の友達。高校2年生になって新しく転校してきた、隣の席の女の子だ。


「そういえば、私ツッキーに元彼がいたって噂を聞いたんだけど、それって本当?」


 あぁ、その噂、まだ残っちゃってたか〜。私は苦笑しながら、最愛の親友にだけは話してしまう。


「あぁ、うん。彼も同じサッカー部だったよ。諸事情があって、退学になっちゃったんだけどね...」


「へぇ。そういう危ない男の人と付き合っちゃダメだよ? その点、星空君と言えば... 学年中の人気者だもんなぁ」


 そう、光流は凶悪な殺人犯の可能性があるとして、面倒くさくなった学校に退学にされてしまった。


「でも、元彼君も、元は学年一の人気者だったんだよ?」


「えぇ、じゃあ、なんで退学になったの〜?」


 私は今となっては、スクールカーストTOPだ。光流と付き合っていることが、周りにバレてなくて本当によかった。もしバレてたら、今頃は最下位だっただろう。


「私が、チクっちゃったんだよね〜」


 そう、私が言わなければ、今頃光流は退学になっていなかった。なんの証拠もなく推論だけで言ったから、未だ逮捕にはなっていないようだけど...


「えっ、何でチクっちゃったの? 彼氏だったんじゃ?」


 私が人気者になれた理由、それは...


「その時には、陽太の方が人気だったんだよね。顔いいし。それに、私が退学の話を広めれば...」


「なるほど! ツッキーが学校の救世主になると。ツッキーあっくどーい」


 2人の話を、光流は盗聴器越しに聞いていた。




 エピローグ


「俺は彼女に裏切られた。退学した後は、みんな噂だけ知っちゃってさ? 俺は仕事ももらうことが出来ずに、親に散々迷惑をかけて死んだ。哀れだろ? 笑ってくれ」


 俺の話を聞いて、小陰は本当に笑い出した。...イラついてはいけない。にこやかにこやか笑顔キープ。


「おじいちゃんになって、イラつきも治りやすくなったのか? それとも、他にも色々と怒りポイントが多すぎて、とっくに怒りなんて感じなくなったか?」


 最初のオドオドとした態度は既に消え、俺を小馬鹿にするような声が響いた。...陽太が望んでいたのは、こういう小陰だったのか。今ならなんとなく分かる気がした。


「なぁ、謝る。俺は誠意を込めて謝る。だから、やり直させてください...」


 俺は酷い人生を歩み、どこで間違えたのかを考えた。俺が最初に道を間違えたのは、小陰を利用していたことだと思う。それが、全ての引き金となったのだ。

 小陰は素直に謝る俺を見て、まだ高校生の純粋な笑顔で微笑んだ。


「その前に1つ、僕の話も聞いてくれないか?」


 俺は頷いた。小陰の声は、優しく俺の心に響いていく...


「僕って、最後に『神様、助けてくださーい』って言っただろ? そしたら本当に、神様が助けてくれたんだ。この世界は平和で、何一つ不自由じゃなかった」


 神様... 俺は願ったことなど一回もなかった。神様なんて、非現実的なものとして侮っていたからだ。


「じゃあ、なんで光流もここに来ていると思う? 僕が思うに...」


 小陰は雲の落ちるギリギリから立ち上がり、


「お前は地獄に落ちるんだ」


 隣に座っていた俺を、思いっきり押した。




「アアアアァァァ!!!!!」


 重力が全身におしかかり、俺の胃の中が空中でぶちまけられる。俺はなんとか体勢を仰向けに戻し、小陰の顔を見た。

 

「ははっ、今更謝られるとか、ご都合が良すぎるんだよ!」


 小陰は変わらず雲の上にいるのに、小陰の姿は鮮明に見え、声もハッキリと聞こえる。高喜びする姿と声が鼻につく。あぁ、アァ!!


「俺はお前に殺されたのに、お前は老衰で死ぬとか、不公平だ! 地獄に落ちてしまえ!」


 俺は何分何時間何日も落ち続け、ようやく地べたに着いた。それと同時に、ずっと見えていた小陰の姿が見えなくなり...


 肉塊は、咆哮した。


「お前も月野も誰もかも、地獄に落ちてしまえ!!!」

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