その物語、買い取ります
スーツで決めた男が、革靴で軽妙な足音を響かせながら歩いている。
彼の足元には、柔らかく受け止める真っ赤な絨毯。視線の先には、黒服の男、二人に挟まれた両開きの扉。
手慣れた様子で片手を上げて、黒服が開いた扉を潜る。
さながら、劇場のような構造。
そこには、男同様、正装で決めた者、ラフな格好をしている者、裸、ただし、モザイクが何故かかかっている者と、老若男女様々な者たちが数多ある座席に、思い思いに腰掛けていた。
ある者は旧友たちとの談話に花咲かせ、ある者は新たな人脈を得るために挨拶回り、また、ある者は一人静かに目を閉じる。
男がいつもの席に着けば、ちょうどステージの暗幕が開くことを知らせるブザーが鳴った。それを聞き届け、数多いる人々が一斉に押し黙る。
暗幕開かれたそこに、スポットライトが当たる。
道化師の格好をした司会が片手で顔を覆っていた。
司会が息を吸うのに合わせ、もう片方の手に握られたマイクを口元に近づける。
「レェ、ディィィィイイスッ!アェェェェェンッドォ!ジェッントル、メェェェエン!!……大変長らくお待たせいたしましたぁ!これより、物語の競売第○○回を開催致します!」
司会の叫びに、歓迎の拍手。
男は足を組んで、独り言ちる。
「さて、面白い物語はあるかな?」
ここは、人々の無意識が構成する精神世界の一角。
あらゆる世界の人生が、神話が、英雄譚が、日常が、伝説が……売買される、通称・物書の鉱山都市。
物語の原石を採掘するための都市である。
……
君は、面白い物語に出会ったことはあるだろうか?
そして、それのジャンルは?
恋愛?ミステリー?ファンタジー?SF?ホラー?エッセイ?歴史?アクション?政治?日常?宗教?バトル?
何はともあれ、それらを創り上げた物書には、尊敬の眼差しと羨望の眼差しを、大なり小なり向けているのではないかな?
では、彼らはどこからアイデアを閃いているのだろうか?
才能?神の声?霊界通信?外なるモノどもの呼び声?
いやいやいや、どれも違う。彼らは買い取っているのさ。
そう、この世界の一角、通称・物書の鉱山都市でね!
では、今日は特別にここを案内してあげよう。
え?まず、僕の名前を教えろって?
そうだなぁ、では、名乗ろう。僕は、かの有名な魔術の祖、が使役していた魔神の一柱、司書の悪魔ダンタリオンさ!
ん?どうせ、偽名だろ、だって?……はは!
それでは、まずは売買には欠かせないお金の話をしようじゃないか!
この世界で使えるお金は、ズバリ、熱意だ。
迸るパッション!燃え上がる闘魂!抑えきれない愛憎!
ありとあらゆる激しい感情こそがお金となる。
そして、普通の人間たちには、さして熱意というものは意外と無い。
そう、無いんだ。物理法則に支配された世界でも、剣と魔法のファンタジー世界でも、はたまた、弩級ハプニング連発のラブコメ世界であっても、一般人というのは、熱烈な感情よりも取り敢えず、生きることを最低限の目標としているものだ。
しかし、彼らとて山無し谷無しの人生とはいかない!山を登るのにも、谷を降るのにも、熱意は必要だ。
そこで彼らは、熱意を得る一つの手段として、自分たちの半生、経験、妄想ありとあらゆるモノをこの世界で売っ払う。そして、生きるのに必要な熱意を得るのだ。
さてさて、そしてそして、熱意を持て余している選ばれし変態!……ンン、失礼。選ばれし天才たち!
彼らは逆に、熱意を支払うことによって、ありとあらゆるネタを仕入れているのだ!
つまり、つ、ま、り、だ。
僕らが出会った物語は、すべて、すべてがどこがで本当にあった現実なのだよ!!
どうだ!すごいだろぉ!
……え?精神世界なんてホントにあるのかって?
嫌だなぁ、信じる者は救われるんだぜ、きょうだい!
そりゃあ、さ?精神世界のことってのは、プライバシーの関係上、君たちの現実に戻ると覚えちゃいないよ?この世界での君たちの体は、君たちのなりたいアバターなわけだし?つまり、理想像だよ?そんな風に、心の中が色々と丸バレになるところだぜ?
そんなところでの出来事、覚えていたいかい?
SAN値直葬じみた連中だって、出入りしてル死ね!
コホン、失礼。
はい、では気を取り直して、面白い物語はあるかい?
あったら、見せてよ?
その物語、買い取ります、よ?