悪魔か天使か変態か
目が覚めると窓から朝日が降り注いでいた。俺は今なぜかジルの部屋にいる。そしてこの部屋の主はジルはまだ横で寝ている。朝チュンである、まあ冗談だが。昨日のことを思い出す。
ジルに連れられ、この後どうなるのかと思いながら俺は重たい脚でジルと共に飲み屋に入った。
飲み屋は普通の大衆酒場でガヤガヤと活気のある、少し五月蝿い所だった。高級店にでも連れていかれ、全財産を失うんじゃないかと思っていた俺は何でこんな所にと疑問でしかなかった。
お互いに頼んだビールっぽい飲み物を呑み続ける。緊張で飲み物の味がせず、早く話かけてくれと思うがジルはニコニコするだけで話かけてこない。話の主導権を握るため話すのを我慢していたが、この空気に耐えれなくなった俺はジルに話しかけた。
「先程は助けていただいてどうもありがとうございました。ところで、どうして私はここに連れてこられたんでしょうか。」
「どうしてだと思う。」
人の質問に質問で返しやがった。目の前に悪魔がいる。圧倒的な力の上下関係がなかったら帰っている所だが、ここで帰ったらボコボコにされる未来しか見えない。
「私は馬鹿なのでわかりません。馬鹿と一緒にいたら不快にさせてしまうので、お金は置いていくのでもう帰ってもいいでしょうか。」
帰りた過ぎて、思わず言ってしまった。転移1日目でゲームオーバーの予感がする。しかし、返ってきた言葉は予感外の言葉だった。
「まあ、待て。俺はお前をどうかしようなんて思っていない。ただ興味があったから、連れて来たんだよ。この喧騒の中ならいろいろ話をできるだろ。」
いろいろか、、、ジルは俺のことをどこまで知って言っているのか。さて何を話すか、まずはしらばっくれて何を聞きたいか聞き出すか。
「そうですね、いろいろ話せますからね。冒険者になりたての私に冒険者のいろはを教えてください。」
「そうか、お前からは話さないか。まあ、まずは自己紹介だ。俺の名前はジル、Aランク冒険者だ。お前の名前は?」
Aランク冒険者か、あのステータスなら納得だ。なんでこんな人に興味を持たれてしまったんだろう。
「私の名前はコウと言います。ジルさんは何でこんなしがないFランク冒険者に興味を持たれたんですか。」
「何で興味を持ったかって、まあ最初は新入りがいつも通り絡まれているなと思って酒のツマミに見てたよ。普通絡まれた時の対応は2通りだ。まずは怯える人間。これがほとんどだ。そして、動じない人間。これはほとんどいない。お前はこちら側の人間だった。」
「動じないなんてとんでもない。心の中はドッキドキでしたよ。」
「はいはい、そういうのはいい。本当に怯えてる人間は危険な時にあんなに冷静ではいられないんだよ。お前には間違いなく余裕があった。違うか?」
ボコボコにされる恐怖はあったが、余裕があったかと言われたら、どうしたらいいか考える余裕はあった。
「恐怖があったのは本当ですよ。まあ、少しだけ余裕はありましたけど。」
「少しか、、、もうこの辺りでお互い本音で話さないか。俺のことはジルと呼べ。その代わりお前のことはコウと呼ぶ。」
ジルはため息を吐きながら俺にそう提案してくる。まあ相手が諦めず、暴力に訴えられたら白状するしかないのでそろそろ諦めるか。駆け引きも面倒になったのでド直球で聞いてみる。
「ジルさんの聞きたいことは何ですか?」
「えらく直球の質問だな、だがその方が面倒じゃなくていい。お前、鑑定が使えるよな?」
ジルが笑みを浮かべながら、爆弾をおとしてきた。なぜジルが俺のスキルが分かったのか理解ができず、俺のどこまで知られているのかわからず、一瞬頭が真っ白になってしまった。
俺の反応を見てジルはニヤリと笑った。それを見てジルに鎌をかけられたのを理解した。
「その反応、やっぱり鑑定を使えるようだな。コウはどこまで鑑定ができるんだ?」
自分を守るためにスキルは隠したいが、命は大事なので最低限で話をしよう。
「どこまで鑑定ができるかですか。どうして私が鑑定を使えるのか分かった理由を教えていただければ教えますよ。」
「コウが答えてからって言いたい所だが、もう面倒だから先に答えてやる。俺は人の魔力が見える、魔眼ってやつだな。お前があの雑魚を見た時に目に魔力を込めたのが分かったからな。目に魔力を込めるのは鑑定や遠目の魔法位だからな。あんな場面で遠目は無いからな。さあ、コウの番だぞ。」
魔眼持ちであることは分かっていたが、そんな使い方があるのかと勉強になった。さすがAランクといったところか。それに自分が魔眼持ちであることも隠さずに話してきたのに驚いた。ここまで話されたら俺も話さない訳にはいかないだろう。
「どこまで鑑定できるかでしたね、私は人のステータスや物の用途や能力、品質がわかります。あまり人には話したくないので、他言しないでいただきたいです。」
「鑑定持ちは貴重だからな、他言はしねぇよ。俺のステータスがわかるのか、、、それならスキルはBくらいか。俺の持つスキルはわからないんだよな?」
「スキルですか、そこまではわからないです。」
「まあ、そうだよな。まあいい、俺がコウを助けたのはコウが人の鑑定ができるかもしれないと思ったからだ。そして鑑定ができるなら、俺のステータスを教えて欲しかったからだ。報酬は金貨1枚だすから俺のステータスを教えて欲しい。」
そう言うとジルは俺に頭を下げた。鑑定1回で金貨1枚なんて破格の報酬裏があるんじゃないかと思ってしまう。それにAランクの冒険者なら鑑定してもらうなんて簡単にできそうである。とりあえず、理由を聞いてみるか。
「ジルさんはAランクの冒険者ですよね、それなら鑑定してもらうのなんて簡単なんじゃないんですか?」
「Aランクだから簡単か。俺もAランクになればなんでも手に入ると思っていた。だが、実際そんな簡単なものじゃないぞ。確かにAランクだと収入は増えたが出ていく金も増えるし、命の危険も増えるからな。それに鑑定できる人間の数が少なすぎる。金貨10枚位積めばできなくはないが、やはり高いからな。」
Aランク冒険者が金貨10枚で高いのか。けっこう冒険者も世知辛い。と言うか鑑定1回で金貨10枚なんてボロい商売である。そして金貨1枚で破格の報酬と思っていたが、金貨9枚分値切られていた。正直に教えてくれるだけ取引相手としては信用はできるがな。
「金貨10枚が高いってのは納得です。まあ、9枚程報酬が少なかったですが。冒険者も楽じゃないんですね。」
「報酬に関しては多分コウは鑑定士の証明を持っていないだろ、それなら報酬は金貨1枚位のもんだろ。コウは冒険者にどんな夢を見てるかわからないが冒険者なんてそんなもんだろ。それでもC級以上だと一般人より稼げるからな。」
鑑定士の証明があるなら、鑑定士は資格があるのか。士業である、ブラックで働いていた俺には眩しく輝いて見える。証明書があるのなら、資格のない野良の鑑定士なんて報酬が低くても仕方ないだろう。それに報酬を払ってくれるだけ優しい、わりと天使である。
「報酬に関しては納得です。でも何でジルさんは鑑定をしてもらいたいんですか?」
「言いたくない。」
ジルがプイッと横を向いた。これは何かある、俺の感が告げる、この話は絶対に面白いと。だが普通に聞いても教えてくれないだろう。それならどうするか、こうするのである。
「まあ、生きてたらいろいろありますよね。ほらっ、ぐっといちゃってください。」
そんなことを言いながら、お酒をすすめる。会社マンだった時に面倒な上司を酔い潰すだめに身に着けた技術である。
他愛のない話をしながらジルがいい感じに酔っ払ってきたので、話を切り出した。
「ジルさんは何で鑑定して欲しかったんですか?」
「話さないでいいだろ。」
「まあまあ、話すことで楽になることもありますよ。」
ジルは少し考えた後、吐き出すように話し始めた。
「まあ、そうだな。聞いてくれ。何で鑑定したいかだったよな。今、少しだけ将来に迷っていてな。自分の能力を知れれば、少しは将来の道筋が見えるかなって思ってよ。なんでガイなんだよ。」
そう言ってジルはテーブルに突っ伏して泣き出した。将来のことか、俺なんて何もきまっていないのに相談相手には不適格である。それよりも、俺はジルの最後の言葉を聞き逃さなかった。なんでガイなんだよ、、、メシウマな予感がする。
「将来は大事ですよね、それでガイさんって誰なんですか?」
「ガイ?あんな裏切り者、あいつのせいで俺の人生設計めちゃくちゃだ。パーティーを解散するなんて言うし、ジェシーと結婚するなんて言いやがって。何もかもめちゃくちゃだよ。おいっ酒がないぞっ」
ジルから話を聞けば、ジルのパーティーにジェシーという幼馴染がいてずっと好きだった。しかし、幼馴染ということもあり、ずっと告白できなかった。そうしている内にパーティーリーダーのガイと結婚することになり、更に追い打ちをかけるように結婚して落ち着きたいからパーティーを解散すると言われたらしい。
告白しなかったジルの自業自得ではあるが、なかなか悲惨である。だが、イケメンでもこんなことがあるのかと思ったら、少しメシウマである。
「ジルさん女なんていっぱいいます。もっと素敵な人を探しましょう。」
「そうだな、もっと素敵な人を探すか。そして俺はハーレムをつくる。そしてウハウハなハーレム王になってやる。」
そんなことを宣言してジルはまた飲みだした。素敵な人を探すから、ハーレム王になるなんてただの変態である。
しかし、変態ではあるが裏表がないので憎めない。ただのバカ野郎なのだ。こういう人間と一緒にいるのは楽しい。店が閉店になるまで飲み続けた。
店から出た後はジルがまだ飲みたいと言ったため、ジルの借りている部屋で飲み明かした。
転移してきた1日目だったが、ジルのおかげで楽しい日になった。