相方はデストロイヤー!?(前編)
「まだ、森を抜けないのか? いい加減木は見飽きたぜ」
「あと、1時間半も歩けば、ここから1番近い村に着くわよ。というか今日中に着かなかったら野宿になるんだからブーブー言わずについてくる!」
あと1時間半もあるのか......
俺たちは教会を出て、3時間近く、森を歩き続けていた。
聖法力とかいう力のおかげで体力も上がっているのか、疲れはほとんどないが、それでもこう景色に変化がないと道中が退屈で仕方がない。
念のため、出発してすぐに、車とか自転車とかないのか? とアイシャに聞いたところ、
「車? 自転車? なにそれ?」
とキョトンとした顔で返された(どっちにしろこの森の中では使えそうにないが)。
どうやら、この世界は、魔法がある代わりに俺たちの世界と比べて、化学や機械技術は、あまり進んでいないらしい。
だが、俺が召喚された教会の作りや装飾を見る限り、流石に紀元前というほど文明が遅れているわけでもないようだ。
それにしても、徒歩で旅か......長い旅になりそうだ。
俺は小さく嘆息する。
最も、魔族の企みを突き止めるという目的を達成することができようができまいが、元の世界に帰るための魔力が溜まりさえすれば、俺は、ちゃっちゃと日本に帰るつもりだ。
いくらスタークがこの世界の伝説の英雄だったとしても、だからと言ってその子孫というだけで俺まで、この世界のために戦ってやる義理はないし、そもそもこの世界でなにが起きようが、この世界の住人じゃない俺からすればただの他人事だ。どうなろうが知ったこっちゃない。
そもそも、一時的にアイシャたちに協力することにしたのも、魔力が溜まるまでの2年という期間の暇つぶしになればと思ったからだ。
冷たいと思うかもしれないが、勝手に異世界に召喚されて、勝手な理由を押し付けられてまで、よその世界のために戦ってやるほど、俺は聖人君主じゃない。
第一、今日の今日まで自分の食い扶持にすら窮屈していた俺が、なんでよその世界の面倒まで見なきゃならんのだ。
なぁにが英雄だよ。自分達の世界の面倒くらい自分達で見ろっての......
そんなことを考えながら、俺は先を歩くアイシャに目を向ける。
アイシャは華奢な体つきをしているが、未だ疲れた様子も見せず、ズンズンと俺の前を歩いていた。
まぁ、車も電車もない以上、この世界じゃ、移動手段のほとんどが徒歩なのだろうし、この程度のウォーキングなら、案外し慣れているのかもしれない。
「それにしても......この森。全然生き物いねぇなぁ。動物とまではいかなくとも虫くらい、いたっていいいだろうに」
俺は周りを見渡して、呟いた。
これだけの規模の森なら、虫や動物たちもたくさんいそうなものだが、森に入って3時間、虫1匹見た記憶がない。
「カズヤ。アンタもしかして気づいてないの?」
アイシャは、歩くのをやめて、ジト目でこちらを睨む。
「気づいてないって......なにが?」
俺がそう答えるとアイシャはハァ~とため息をつき、
「アンタがさっきから、その馬鹿でかい聖法力を垂れ流しにしてるから森の生き物たちが怯えて、逃げて行ってるんでしょ!」
「え? そうなのか?」
自分では、何もしていないつもりなのだが、どうやら俺の中の有り余った聖法力が外に漏れ出しているらしい。
アイシャ曰く、この世界の生き物はみな大なり小なり、魔力を感じ取ることができるそうだ。
「ふうん。俺は、別になんにも感じねぇけどなぁ」
「カズヤの世界の人間は魔力を持っていないんでしょ。だから、魔力を感じ取る力も必要なくなって衰えているか、もしくは眠ってしまっているのかもね」
アイシャはそう結論付けると今度は悩むようなそぶりを見せる。
「よく考えたら、これだけの魔力を垂れ流しにしたまま、人前に出たら大騒ぎになるわね。.......しょうがない、今から簡単な魔力制御の方法を教えるわ」
アイシャは近くの木の下に腰かけ、俺に正面に座るよう指示する。
「オイオイ。俺はそんなに器用な人間じゃねぇぞ? その魔力制御とやらは、ちょっと練習したくらいで会得できるものなのか?」
「大丈夫でしょ。確かに魔力の扱いにはセンスがいるけど自分の魔力を抑える魔力制御は初歩の初歩の技術だし、魔力はもう覚醒しているんだから、1度魔力を感じとることさえできれば後は、感覚で出来ると思うわ」
ならいいんだが......
俺は背中に背負ったアーガストを地面へおろし、アイシャと向き合う位置で腰を落とす。
「今から魔力を肌で感じてもらうから」
アイシャは、首下で留めているマントとローブのホックを外し胸元をわずかにさらすと、俺の右腕を取り、そこへ押し付けた。
「エッチなこと考えんじゃないわよ」
「はぁ? なにわけわかんねーこと言ってやがる。俺はロリコンじゃねーんだ。そういうこと言うのは、せめてBカップに届いてからに......」
どがあぁぁん!
その瞬間、アイシャが、手のひらから放った火の球が俺の背後の木を粉々に吹き飛ばした。
僅かに火球がかすった、服の肩の辺りがチリチリと焦げて、煙を上げている。
うぉおい! 森の中で火はシャレにならんって!!
俺は、限界まで顔を引きつらせ、心の中で叫ぶ。
アイシャは、顔を上げると、とびきりの笑顔を作り......
「なにか言った?」
いえ、なにも......
「それじゃあ、時間もないしささっとやるわよ。今から魔力を少しだけ開放するから、手のひらに意識を集中して」
「了解」
俺は、目をつぶりアイシャに言われた通り、手のひらに意識を集中する。
しばらくすると、手のひらに熱を感じた。体温とは違う。
真っ暗な世界の中で、禍々しく燃える紫色の炎の存在を感じる。
「なにかさっきと変わったことは?」
「なにか.......熱い炎の様なものを感じる」
「よかった。少なくとも魔力を感じ取る力は、退化していない様ね。それが火属性の魔力よ。魔力には、火、水、風、地、光、闇の6つの属性があって、属性や大きさ、あと質で感じ方も変わるけど、そこらへんの説明は今は割愛するわ。今度は自分の周りに意識を集中して」
自分の周りに.......こうか?
言われるがままにやってみる。
すると、アイシャのものに比べるとかなり弱くはあるが、草木や河の水、風といった周りのあらゆるものからなにかが発せられているのが感じ取れた。
これも......魔力なのか?
「なにか感じた?」
「ああ......微弱だが、なんて言うか力の流れみたいなものを感じる」
「この世界はマナというエネルギーで満たされているの。マナというのは生命の源の様なもので、マナが多い場所ほど草木や動物といった自然が豊かな土地になるの。魔力も元々はマナが変化したものだから魔力の感知と同じ要領でマナも感知することができるわ。1流の戦士になると、周囲のマナや魔力を感知することで、視力や聴力に頼らなくても周囲の状況を認識し、戦うこともできるの。それじゃあ、最後に自分自身に意識を集中して」
これは、なかなか集中力のいる作業だった。
精神を肉体に溶かしていくように、深く深く意識の底へと潜っていく。
──────どれほど潜っただろうか。
数分......もしかしたら数時間以上経っているかもしれない。
時の流れすらも感じない、闇の世界の中で自己の存在だけが鮮明に浮かび上がる。
と、その時、
!?
突然、熱と光を感じた。
いや、そんな生易しいものではない。
これは太陽だ。
持て余すほどの──────それこそ、精神が焼き尽くされてしまいそうなほどの高密度のエネルギーが、そこで生み出され、周囲へ放出されている。
こんなものを発しながら歩いていたのか俺は......そりゃ森の生き物も逃げるぜ......!
『それが、カズヤの中に眠っていた魔力。聖法力よ。自身から溢れ出る魔力を抑えるには、リラックスすることが大切なの。体の中の火を徐々に鎮めていくイメージをして。焦ってやっちゃダメだからね。深呼吸をしつつ、少しずつやっていくの』
響くように聞こえてきたのは、アイシャの声。
これを鎮めろってか......簡単に言ってくれるな!
とはいえ、今はアイシャの言う通りにするしかない。
俺は、細心の注意を払い、爆発物でも取り扱うかのように慎重に徐々に体の中の火を小さくしていく......
「.......ぷはっ! もう限界だ! と、とりあえずこんなもんでいいか?」
いよいよ限界がきて、俺は集中を解いた。
それと同時に世界は、元の形を取り戻す。
周りを囲む草木の匂いに、木々の間から差し込む夕日の光と熱。
当たり前の感覚に少なからずの安堵感を覚える。
「う~ん。まだちょっと不安定だけど、とりあえず今はそのくらいできていればいいわ」
アイシャはマントとローブを留め直し、立ち上がると、首だけをこちらに向ける。
「それじゃあ先を急ぐわよ。出発したのが遅かったからもう日が落ち始めている」
息を整えてから、俺もアーガストを背負い、立ち上がった。
俺たちは再び村を目指して歩き始める。
しばらくすると森を抜け、更に1時間ほど平地を歩くと村が見えてきた。
既に日はほとんど落ち、辺りはかなり暗くなってきている。
「なんとか今日中についたわね。今夜はあの村の宿屋に泊るわよ」
ようやく休めるのか。今日は異世界に召喚されたり、魔族と戦ったりと色んなことがありすぎた。
別に肉体的には大して疲れちゃいないが、精神的にはクタクタだ。早く宿屋に行って休もう。
そう思ったその時だった。
ドゴォン! という大きな音と共に村の一角で爆発が巻き起こった。
燃え上がる炎とモクモクと上がる黒煙がここからでも視認できる。
「な、なんだぁ!?」
驚いたのもつかの間──────
ドゴォン! ドゴォン!
と、更に続けて爆発が巻き起こり、村全体がオレンジ色に照らされる。
「村が襲撃されてる! カズヤ! 行くわよ!」
そう言ってアイシャは、村の方へと駆け出した。
「こっちは疲れてるってのによ! クソッ! 仕方ねぇな!」
俺もアイシャを追い、走り出す。